alt Re: 静かなるベルセルク 第二章「暗闇に浮かぶ瞳」完結 ( No.23 )

日時: 2009/02/07 18:27
名前: ところてん

「シダケってこんなに遠かったっけな」
 遥か彼方の緑色と青色の混じった景色を見つめる。つまりシダケまでそんな感じであり、公式道路が実は自分の後ろにまで繋がっているのではないかとすら錯覚する。朝からぶっ通しで歩いているおかげで、体も心もだいぶ疲れてきていた。
 赤い帽子を被って、黒い髪を揺らして、白い肌を汗で濡らして息を速く吐き出しながら、ミナモは公式道路に歩を刻み続ける。キンセツからシダケは都会から田舎なので、コンクリートから広々とした草原と土の道になっていて、本当にミナモの足跡が刻まれていき、
「いい加減疲れてきたぞ」
 その足跡の上に、より小さい足跡が刻まれる。


 第三章 
 駆け巡る翼、暗躍する影 
 Cura posterior.

 1.黒い馬

 ミナモとマリルは相変わらずシダケタウンを目指して、今日も日課だよっこらせと空で仕事中の太陽の下を歩き続けている。そろそろ太陽の昼休み、つまりのところ南中時刻であり、ミナモとマリルがシダケへと歩き始めてとうに二時間がたった。
「それにな。腹が減った」
「しーっ」
 ミナモは視線を前に向けたままで、人差し指を唇に当てる。言うまでも無く、彼らのさわやかな自然の中での朝食は、喧嘩を売っているように限りなく人工的なカロリーメイトであった。それも一本をミナモとマリルで分けた。
「なあミナモ」
「なに」
「チルタリスで飛ぶのが一番いいとぼくは思うんだけど」
 チルタリスといえばミナモが一番初め手に入れたポケモンであり、物心ついた時からそばにいたポケモンである。綿雲のような翼を持っており、空を飛ぶことを得意としている。歌がとても上手いというのはポケモン図鑑の情報だが、一度でも歌声を聞いてみれば間違いではないことがわかる。
 首を振り、ミナモはため息のように言う。
「僕のチルタリスはな、上昇速度じゃそこらのポケモンの中ではダントツなんだよ」
 それはマリルも知っている。ミナモが逃げる際に使う手段だ。開閉スイッチを押して数秒もせずに、空中へと浮かぶことが出来る。確かに、あれのおかげで何度も窮地を救われた。
「けどね、何故か知らないけどあんまり速く飛べない」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。僕のチルタリスは上昇速度は速いけど、移動速度は遅い。気流があったら話は別だけどね」
「”つばめがえし”の時は何で?」
「わかんない。十年間も付き合ってきて未だ謎なんだよね。先天的なのか後天的なのかもわかんないし。チルットの時は普通に飛べたんだけどさ」
「えー」
 マリルは不満そうな声で言う。しかしながら、実に不思議な話である。仮にもチルタリスはドラゴンポケモンに分類されており、羽があるドラゴンポケモンは大体とんでもない速度で飛んでみせるのだ。そして、ミナモのではないチルタリスも同じように飛ぶことが出来る。これは、ミナモのチルタリスが亜種であると考えるほかはないだろう。
「……ったくよー、だったら地上を速く移動できるようなポケモン持っておけよな。ウィンデイとかさ。だいたい、何で一匹しか連れてないんだ」
「そりゃ不便だけど……あんまりたくさんのポケモンを持ちたくなかったんだよ」
「なんで」
 一拍のためらいを置いてミナモは、
「……仲良くなるの、面倒でしょ」
 マリルはその言葉を聞いて、盛大にため息をつく。
「それに、今まで負けたことなんて滅多になかったからチルタリスだけでもやっていけるかなとか思ってたんだ。結局、負けたけどね」
「バカだな、バカ」
 ミナモは立ち止まって、むっとする。
「あーもう。ぼくは疲れた。休もうっと!」
 見てみぬフリをして、マリルは道路わきの草むらへと体を投げた。
「あーあ……本当、これから先が思いやられるぜまったく」
 かっちーん、という音が頭の中で響いた。とうとう、ミナモがぷうっと顔を膨らませると、
「はいはい、わかったわかった。そこまで言うなら、大きな乗れるポケモンを出してあげる」
 言うと腰のベルトに手を回し、なんとモンスターボールを取り出した。話の流れのからすると、ミナモの持っているポケモンはマリルを抜いてチルタリス一匹のはずである。けれども、ミナモの腰と手にあるモンスターボールは合わせて三つ。
 つまり、ポケモンがもう一匹。
 マリルはモンスターボールを見て、もともと丸い目を丸くした。
「ま、待て! それは……!」
 マリルの言葉を聞かず、ミナモは空中にそれを投げ、
 こう口にする。
「バンギラス」
 モンスターボールは地面につくと同時に、唖然と口をあけているマリルのようにあっけなくパカッと開いた。中から光が出て、巨大な生物を形作る。
 背中の凶暴すぎるトゲ、鋼を凌駕する鎧の皮膚、一振りで山を崩す暴虐の尻尾、木々を軽々超える巨躯、振りかざし全てを圧砕する両碗。
 なにより――
 睨みつけただけで相手の戦意を奪い、震え上がらせる血色の双眸。
 普通のバンギラスならば、白い目をしているはずであるのだが、この目の前にいるバンギラスは違う。充血どころではない、目の組織の色が間違いなく赤色なのだろう。
「……本当、でかいな」
 自分で出しておきながら、ミナモは呆れに近い驚きを示す。浅黄色をしている鋼並みに頑丈な岩肌に、通常よりも大きい体、そしてなにより真紅の目。バンギラスではないようでバンギラスなそいつが放った第一声は、
「グガアァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 随分と大きい声であった。山を崩すなどと言われているバンギラスだが、声だけで山が吹っ飛んでしまいそうだ。
「……これはポケモンなのか本当に」
「たぶん、ね。バンギラスにしては珍しい目の色をしてるけど」
「珍しいどころじゃないぞ。ぼくのメモリにもこんな目をしたバンギラスのデータは入ってない」
「じゃあ、一体?」
 バンギラスは距離をとりながら、おずおずと自らを眺めているミナモとマリルを振り返った。それだけで凶器になりうる目に射止められた二人は、びくっとあからさまに体をこわばらせる。
「――あれ乗っていいよマリル、僕は歩くから」
「そんなことするなら、リニアに鉄橋から飛び乗る方がましだ」
「だよね。あんなのでシダケ行ったら、まるで世界征服しに来ましたってかんじだもん」
 
 グガアァァァァァァァァァァァァッッッ!!!
 
 とりあえず、ミナモはコミュニケーションを試みることにする。ポケモンと共存していく上において大事なのは、間違いなく仲良くなることだ。フレンドリーになればいい。手をつなげれば争いは無くなる。平和になるのだ。
「……やあ元気?」

 ガァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!

 ズドーン!

 ウソでした。
 向けられた男なら誰でも惚れてしまいそうな笑顔でミナモが言ってみても、バンギラスは獲物を見つけたように猛々しい唸り声を上げるだけだ。そして、間違いなく二階に住めないような足音を立てて、ミナモとマリルに近づいてくる。
「食べられるかな? 僕たち」
「いいから戻せ!」
 ミナモはそう言われてモンスターボールを取り出し、バンギラスに向かって赤い光線を向けた。ほんの数秒後にはミナモたちを踏みつけようとしていた足を宙に上げ、赤き目を空に投げ、叫び声を上げていた巨体は、掌に収まるボールの中に戻っていった。
 嵐の過ぎ去ったような静けさが公式道路をかけ抜け、ミナモとマリルの間をよぎる。
 それにしても、とモンスターボールを眺めながらミナモが、
「お前、よくこんなの一人でやっつけたよね」
 まさしく、問題はそれであった。
 あの後マリルは、本当にバンギラスへと立ち向かったのである。そしてどういうわけか、勝ってしまったらしい。壮絶なバトルが繰り広げられていたにも関わらず、ぐうぐうと死体のように眠っていたミナモが旭日を浴び、優雅に爽やかに起き上がって、まず最初に目にしたのが、
 
 氷付けのバンギラス
 
 そういうわけである。
 横ではマリルが、死んでいるようにうつぶせで寝ていた。一体何があったのかすら考える余裕もなく、なぜか無意識のうちに空のモンスターボールをミナモは取り出していた。
 本能に近いものだ、とミナモは今になって思う。
「バンギラスって岩タイプだから、ぼくでもなんとかなるかなって思ったんだけどね。まさか、本当にどうにかなるとは思ってなかったよ」
「まあ……お前が普通のマリルじゃないくらい強いことは知ってるけど……」
 結局のところ、手持ちが合計三体になったミナモである。だが正直なところ、バンギラスをこのまま連れて行こうか迷っていた。
「な! せっかくぼくが捕まえたポケモンなんだぞ!」
「だってさあ。あいつ見たでしょ? 僕ら殺しかけたぜあれ」
「大丈夫だ。ぼくがやっつけたんだからな。何かあったらぼくが守ってやる」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
 腰にモンスターボールを付けながら、バンギラスについて思う。今まで、チルタリス以外のポケモンなんかほとんど使ったことが無く、それに加えあれだけ反抗的で凶暴なポケモン。上手く扱えるか、先行きが不安になる。
「まあ、なるべく使わないようにがんばってくれよ」
 マリルの反論を受け流し、風の吹く草原にミナモは全身を埋めた。青い匂いが鼻腔を抜け、空色の空が頭上に見え、わたあめのような雲が流れて行く。世界はすでに平和であり、戦争なんか無いのではないかとすら思う。けれども現実の世界の何処かでは、こうやってミナモが横になっている僅かな時間でくだらない理由により、無実な人間やポケモンたちが命を落としているのだ。そう考えると、自分はノンキだよなと思うし、こんなことをしてていいのかと思うのだけれど、行動に起こそうとはさらさら思わない。別に自分は平和だしなあ、と結局のところ思ってしまう。
「あーあ」
 いつのまにかミナモによりかかって、同じように寝転がっていたマリルが、
「このままどこも行かないで、ずっとこうしてたいよな」
 まったくだとミナモは思う。嫌なことや良いことなど全てから遊離している、このひと時こそが何よりも愛おしく、大切なものなのだ。この社会の人々が必ず経験しながら、どこかに落としてきてしまった存在。
「まあ、そういわないの。でも、何か乗り物とか凄く早いポケモンとか飛んでこないかなあ」
 ミナモの切実な願いは、草原をかけ抜けた風によって、彼方へと運ばれていく。
 しばらくしても何も無い現実に、一人と一匹は同時にため息をついた。
 雲が流れて、時が流れて、遠い場所では川が流れて、どこかでそうめんが流れて、世界のどこかで血が流れて、ミナモのところではゆったりとした爽やかな空気が流れていく。
 
 そして、あろうことかミナモとマリルの願いはかなうのだった。





 車が走っているなあ、というのがミナモの第一の感想であった。
 ぶうううう、と頭をくっつけた地面から音が聞こえた。だけど、こんなところを走るなんて珍しいなと思うだけで顔にかぶせた赤い帽子をとることもしなかった。そして、再度うとうとと夢心地を味わっていたミナモは、しばらくしてふと地面からの音に再度気がつく。まさか、まだこの音が続いているとは思わなかったのだ。ミナモは、耳に意識を集中させてみた。すると先ほどよりも、大きな音が聞こえる。車だとしたら、どうやら先ほどより近づいているらしい。
 赤い帽子を取り、ミナモは半身を起こした。ミナモの腰辺りで横になっていたマリルが、目を瞑ったままで、
「二輪だな。大型のやつ。ポケモンじゃないから大丈夫だと思うよ」
「……!! ――凄い、わかるんだ」
 マリルは当然という風に、
「この耳は飾りじゃないんだよ。まあオオタチとかピッピには負けるけどね」
 群青に形どられた丸い器に朱色をたらしたような、そんな耳をピクリと動かした。そうこう言っている間にも例の音は、地面に耳をつけなくとも聞こえるようになる。
 と、いきなりミナモは「んっ?」と何か思い出したように声を出した。
「どうしたのさ」
「ええと……マリル、お前さっき大型のバイクだって言ったよね」
「うん、それがどうした」
 記憶を辿る。大型のバイク。ミナモの脳みその中で大型のバイクとくれば、自然とある人物が出てくるのであって、
「あ、来るぞ」
 返事を聞く前に、マリルが先ほどまで歩いてきた道を見て言う。鳴り響いているエンジンの音と、舗装されていない道路を巻き上げた土埃。
 突如、バイクに跨った黒い影が現れた。
 あんまりにも激しいバイクの勢いに、田舎から都会へ出てきたやつが高層ビルを見てポカンとしているのと大差ない表情で、ミナモとマリルは近づいてくるバイクを眺めていた。数秒もすれば激しい土ぼこりをミナモたちに吹っかけ、爆音をキンキンと耳に響かせながら一人と一匹の怒りの視線と文句を追い風に、あっという間にバイクは通り過ぎて行くはずだ。
 だが、次に意外なことが起こった。
 バイクはいきなり速度を落としたのだ。胸の奥を引っかくような不快な音を当たりに撒き散らし、あっという間にスピードを落として、
「えっ」
「うあ」
 急ターンしながら、ぶぶんと音を立てて停止した。まったく土の中の微生物もいい迷惑である。もちろん、ミナモとマリルにも。
 人工的な金属で形作られた車体。スカーフからは環境に優しくなさそうな、黒くて毒々しい煙が吐きだされている。どんな悪路も容易に走り抜ける強靭なタイヤに、ブロロロとうるさいモーター音。
 運転席に乗っていた――男の目にはごつくて大きいゴーグルがつけられている。髪の毛は茶色の短髪。
 そして、ミナモはめちゃくちゃ驚いていた。っていうか、驚いて目を開いた顔がめちゃくちゃである。
 もしかしたらとは思った。
 けれども、まさか本当にそうなるなんて想像でも思っていなかった。
 思い返す。つい最近会ったのはモニタ越しだった。そして、実際に会ったのは……もう、三ヶ月ぶりになる。今まで、家族のように毎日顔を突き合わせていたゆえに、まるで何年もあっていなかったような感覚すら覚える一方で、つい昨日におやすみとでも別れたような感覚もあった。
 バイクの男は、唸り声を上げる馬を黙らせるかのようにエンジンを停止させ、バイクから降りた。
 
 そして、そいつはゴーグルを取り払いこう言う。

「元気にしてる? ミナモ」

 声が出なかった。
 だから、ミナモは体で表現することにした。
 バネのように飛び上がったミナモは、茶色いバイクウェアを着たそいつに思い切り抱きついた。
「ツバサ!」

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