alt Re: 静かなるベルセルク ( No.2 )

日時: 2009/02/07 18:13
名前: ところてん


 男は歓喜、いや、狂気に近いような声を上げた。
 そして、今、この瞬間に生れ落ちた”意識”が覚醒し声を上げる。それは人間の赤子のうぶ声に近い。もちろん意味的な部分である。
 人間の女のような、それでいて”絶対に人間の声ではないとわかるような声”。
「……ぼくは……おまえは……」
 人間とは違う喉をとおり、空気を歪に揺らした奇跡の”それ”。
「――誰だ?」


 第一章 
 ミナモと白衣と語りネズミ 
 Cogito, ergo sum

 1.マリル


 黒色の蚊帳に閉じ込められたような空の下、一台の車が轍を地面にヘッドライトによる光の軌跡を空に描きながら走っている。何光年も果てから命を燃やして放つ星の光も今夜ばかりは見えず、暗黒だけが我が物顔で世界を支配している、そんな夜だった。

 真っ黒な乗用車の中を覗いてみよう。
 前の運転席、助手席に加え後部座席。前後にわけて二人ずつ人が座っている。
 約一名を覗いた三人がスーツとかそんな感じのキッチリとした、まるで喪服のような服装をしている。特筆すべくはやはりその葬式帰り三人であろう。何がおかしいって、こんな夜中にも関わらずサングラスなんてモノをしている。太陽クソくらえだ。一体、何を見ているのか。そもそも前の奴は運転なんて出来ているのか、甚だ疑問だ。
 後部座席は左側から白衣を着た男、大きな箱、前の二人と同じようにサングラスをしている男の順番で、ずいぶん狭そうに座っていた。
 運転して前を向いている男以外、皆が墨を流したような闇をぼんやりと見つめている。白衣の男だけはたまに、ちらっと自分の右にある布のかけられた物体を気にしていた。
 ぽつりと、
「で、そろそろ何処に向かってるか教えてくれてもいいんじゃないんすか」
 誰かがつぶやいた。
 その問いに答えるべく運転をしている男が、
「いいか、これはな上からの命令なんだよ。しかも極秘中の極秘のな。ランクはBを超えるかもしれない。だから、口外禁止命令が出されているし、仲間うちでもそれは変わらないんだよ」
「えー、そりゃないっすよ。一応、仕事仲間ですよ? チームっていうのは信頼関係から生まれるものですよねえ」
「だからって上の命令を反故にするわけにもいかんだろうが」
「そうですけどー」
「いいんだよ。実際、俺は運搬物の内容っていう共通の認識のほかに、目的地くらいしか情報持ってないしな。言おうが言わないが、結局変わらないだろ」
「ちぇっ」
「それに、科学者(クリエイター)さんもあんまり言わないほうが都合いいんじゃないのか?」
 運転席の男にそう言われた白衣の男は、視線を少し動かすだけで何も言わず、窓方に切り取られた外の闇を見続けている。それは先ほどからのことであり、白衣の男は他の男たちに話しかけられようがさしたる反応は見せず、視線を遠くへ向けているだけであった。そのため、別段男たちも気にすることは無く車はまた沈黙した。
 何か不気味さが漂うくらい静謐で、確かに一日の終わりにふさわしい夜がそこにある。全員の耳に聞こえるのは、機械がガソリンという血液を流して息を荒げる音と鉄の軋みの音だけだった。
 唐突に白衣の男は、はあ、とため息をついた。
 そして、ガラス越しの闇から視線を、正面へと移す。
 
 それと、同時のことである。

『おい! お前らこんな狭いところに閉じ込めるな! とっととだせ!』
 いきなり、そんな声が聞こえた。
 ガタガタと後部座席の二人の間に挟まれた大きな箱が揺れる。
 どうやら、中に何かいるらしい。
「うわっ。こいつ本当にしゃべんのか」
 後部座席に座っている、白衣じゃない方の男が驚きを口にする。前の男が、
「そりゃあなあ。それが、車使って真夜中に移動するだけの理由だからな」
「まーそれもそうだが……にしてもよー、何でこんなものを作ったんだ? もっとさ、他にやることあんじゃねえの? よう『化物使い』のクリエイターさん」
 化物使い――そんな風に呼ばれた白衣の男は、今まで何を言われても黙っていたのに今度は表情を変えた。
「――他の研究って言えば、なんだよ」
 急に反応したので、サングラスの男は少し戸惑いながらも、
「そうだな……例えばコイキングやイーブイを強制進化させるーとか、ギャラドスを薬漬けにして強力で強暴なベルセルクにしちまうーとか、史上最強の人工ポケモンを作るーとかいっぱいあんだろ」
 黙って聞いていた白衣の男は、ふんと鼻で笑うと、
「――そんなもの、今まで数知れない裏組織がやってきただろうによ。最近じゃ、ロケット団とかな。でもよ、そんなもの作っても結局は意味がねーだろ」
「意味がないってか? 力になるじゃねえか」
 一つため息をつき、
「その出来た力ってのが上手くいってれば、ロケット団なんて滅ばなかっただろうによ。しかも、ガキに消されたんだぜあの組織。その、発明した力があってしても。つまりはその手の力なんざ見かけだけで何の役にもたたねえってことだよ。ったくよ、くだらねえ。おめえ、いつもカップ麺を買う時にフタでだまされてるタイプだろ」
「そ、そんな話関係ねえよっ。でも、強くするような研究じゃないとしてもだな……」
 先ほど揺れた箱を見やり、
「――これ、だってのか」
「あーそうだよ」
 ぶっきらぼうに返事して、白衣の男はまだガタガタしている箱を「静かにしろ」という風に叩いて、再び、はあ、とため息をついた。
 
 そして、そのときだった。
 地震のような振動と、何かの咆哮のような音が聞こえたのは。
 


「うわ!」
 空気が悲鳴を上げる、轟音。
 白衣の男が思わず声を洩らした。
「な、なんだっ!? 地震か!?」
「そんなバカな!」
 男たちは慌てふためきながら、
「やばい! と、とにかく地割れでも起こったら洒落にならねえ、車を止めろ!」
 車は耳障りな急ブレーキをかけて止まった。止まった途端、四人は車外へとまろびでる。
 そんな彼らを包んだのは、車から見ていたのとは比べ物にならないくらい――いや、比べようがないくらいに圧倒的な夜色。もはや、自分が地上に立っているのかすらわからない正真正銘の宇宙。けれど、振動が伝わってくるのだから地面に立っていることは間違いがないはずであって、
――グアアアアァァァァァァッ!!!
 飛び切り獰猛そうな声が夜をかけ抜ける。
「――ポケモンか!」
 誰かがそう叫び、それに答えるように闇にまぎれたポケモンが叫びを上げた。
 真っ黒な中に浮かび上がる、さそり座のアンタレスを思わせる唐紅の双眸。

 また、大きな音が響いた。





 キンセツシティはいわゆる都会である。
 街の中心部ともなれば夜になっても眠ることのないビル街があったりする。他にも、年中無休二十四時間営業の巨大なカジノが金の価値を知らないギャンブラーどもを飲み込むべく街の中央に佇んでいたり、夢から希望からもポケモンからも見放された中年トレーナーとかサラリーマンとかがよく路地で飲んだくれていたりする。遭遇すればもれなく三十分は愚痴に付き合わされる仕組みだ。そんなキンセツシティは、良く言えば都会らしい街、悪く言えば治安の悪い街といった感じだ。
 東西南北から公式道路が通っているキンセツシティはホウエンでも有数な都市のひとつである。ホウエンにひとつしかないサイクリングロードのおかげで、トライアスロンに訪れる人たちが多く、様々な人物が縦横無尽にメインストリートを行きかう。
 そんな都市を支えるのはニューキンセツという一般人の知られざる地下街だ。発電される無尽蔵な電気のおかげで住人たちは不便なる言葉を知らず、今日も欲望を満たすために動き働き、生きるために金を稼ぎ、当たり前のように呼吸する。

 ――キンセツシティ、ポケモンセンターの中。
 どれだけ大きな街でも、ポケモンセンターは必ず街に一つしかないから実に不思議である。
 そんなポケモンセンターには、ポケモンの治療やら以外にも様々な機能が備わっている。例を挙げるのならばトレーナーの宿泊施設。この世の中ではポケモントレーナーが街から街へと強さを求めて旅をするのは珍しいことではない。そんな旅するポケモントレーナーの年齢は最低で十歳であり、そんな尻の青いガキが街中の値段も背も高いホテルに泊まれるわけ無いのは必然のことである。そして、ポケモンが確認されているだけで四百匹近くもいるんだから変態でイエローファンキーなロリコンとかショタコンだってたくさんいるに決まっている。だから、キンセツシティのような危険な夜の顔を隠し持つ街で野宿などさせたら、次の日には身ぐるみをはがされていたりもうお嫁に行けなくなってるかもしれない。そんなことを危惧した政府と協会は、ポケモンセンターに格安の宿泊施設を作った。そういうわけである。その他にもポケモンセンターには食事が出来る食堂があったり、他のトレーナーたちと談笑を交わすことの出来る大きなロビーなど様々ある。
 そして、たくさんの機能の一つである『外部連絡』の機能を使って、一人の若い人間が相手と対話していた。

 そいつはジーパンのような長ズボンと黒いシャツを着ていて、何個か外された襟元のボタンから白い肌が覗いている。真っ赤な帽子を浅く頭に被っていて、帽子の下からは流麗な糸のようにしなやかで漆黒な髪が肩と腰の半分くらいのところまで伸びていた。腰を巻いたベルトにはモンスターボールが一つつけられている。つまりはポケモントレーナーであろう。雪のような白い肌が、人工のライトの下で燐光を放っていた。
「どう、調子は?」
 赤い帽子のそいつは言った。綺麗なソプラノボイス、という感じだ。
 ポケモンセンターにある外部連絡機能は、電話とテレビを足したようなやつである。赤い帽子のそいつは、受話器を右手で持って頬杖をしながらモニタの中を覗いていた。
『いいや、全然だね。ミナモのほうは?』
 ミナモと言われた赤い帽子のそいつは、肩をすくめた。
 モニタの中の短髪をした若い男はうーん、とうなる。
「そう簡単に、見つかるわけが無いよ。何せ、ホウエンにいるかどうかすらわからないんだよ」
『まったくだ。一体、どこへ消えちまったんだあの二人は』
 呆れたように、モニタの男は言った。
「僕もわかんないよ。手がかりなんか、これっぽちもないし」
『ああ、ホントだ。一応、立ち寄る街のジョーイさんとかジュンサーとかに目撃証言とか聞くんだけどな』
「結果は?」
『さっぱり』
「……となると、どこかへ旅に出たとかそういうわけじゃないのかな? てかそもそも、あの二人が消える理由が、こちとらさっぱりなんだけど」
『まあな。手がかりすら一切ねえ、まさに唐突。忽然と姿を消した、そんな感じだよな。二人とも、素振りすら見せなかったし』
「先生はともかく、カスカはカグラですらわからなかったからね」
『そうそう。カグラがわかんなくて、俺らがカスカのことわかるわけなんか無いし』
「まさか……誘拐とか?」
『ありえなくもないなその可能性。けど、先生の部屋の荷物は少し無くなってる感じだったな。先生はあんまり自分の部屋に俺らを入れたがらなかったから記憶は曖昧だけど、少し殺風景になってたし。カスカはモンスターボールしか持って行ってないみたいだった』
「となると二人は自分たちの意志で消えた、ということになるわけだね」
『うん、でもそう考えたとしても理由がわからない。先生が消える理由も、カスカが消える理由も、俺とミナモとカグラが置いてかれる理由も、あの家を放棄する理由も、一切わからない』
 言い終わると同時に、二人とも思うことがあるのか少し俯いて黙る。モニタと人間の間でも流れる、沈黙の空気。
「とにかく、さ」
 最初に沈黙を破ったのは、ミナモだった。
「理由とか原因は先生たちに会わないとわからないんだしさ、僕たちはこうやって手分けして二人探すしかないよ」
『……ああ、それもそうだな』
「ところで、カグラとは連絡取ってる?」
『いんや。まー、あいつはあいつで何とかやってるんだろうから、大丈夫だと思うけどね。カスカのことで少し心配だけど』
「そうだね。ブロムヘキシンだね」
『防御力のきそポイントがあがったね』
 モニタの中の男は、くだらないギャグに呆れたような顔をしている。
「じゃあ、また連絡するよ。なんかあったら、ケータイによろしく」
『りょーかい』
 モニタの画面が黒くフェイドアウトするのを見てから、ミナモは電話を元に戻した。電話が、がちゃりとお礼を言う。
 そして、大きく物憂げな溜め息。
「……いいや。まずは、何か金になる仕事を探そう」
 ミナモは外部連絡のエリアから出て、掲示板を見にロビーへと行った。





 ポケモンセンターから離れた公園のベンチにミナモは座っていた。大体、都会に作られる公園なんてものは利用者のことなどまったく考えていないものだ。国と個人との間で出てきた、使えるようで使えないような土地を名目上有効活用するべく作られた物に過ぎない。だから、この公園はベンチと水のみ場と申し訳程度のドンファン型滑り台とブランコしかない。まだお日様が出ているのにもかかわらず、子供の姿はおろかポケモン一匹見つからない有様である。しかし、そんな様子もでかくて無慈悲で無感動な背の高いビルに囲まれているのを見るとむしろ自然に思えてくるから不思議だ。
「お尋ねポケモンねぇ」
 手に持ってミナモが視線を走らせているのは、先ほどポケモンセンターのロビーにある掲示板で見つけた貼り紙である。ミナモの視線は『見つけた方には報酬金をさしあげます』という文字を追っていた。いわいる、この紙の内容はお尋ねポケモンというヤツで、トレーナーと逸れてしまった行方知らずのポケモンの情報を得るべく作られたものだ。
 だが、そのお尋ねポケモンの紙でトレーナーたちの善意なる精神を狙っているのはごく僅かである。大体が『見つけた方には』というエサがつけられているのだが、稼ぎも効率も悪いこの依頼のような仕事を進んで行おうとするものは、血も涙も無くゴミと酔っ払いしかいない都会には少ない。悲しい現状だった。
 かといって、キンセツなんていう都会には流浪人に近いミナモを雇ってくれるようなバイト先もなく、これ以外で掲示板には金になりそうなことが無かったのだ。
 で、ミナモがなぜそんなものを持っているかといえば、この街に来る道中であまりにも多くの金を使ってしまったためだ。今、ミナモの財布は腹が減ったと悲鳴を上げている。サイフに比例し、ロクに食べ物を食べていないミナモの腹までもが同じような悲鳴をあげていた。
 ぐう、とまた間抜けな悲鳴が上がる。
「お腹と背中がくっつくぞー」
 静寂、
「冗談言ってる場合じゃないよー。腹減ったよー餓死しちゃうよーたすけてー」
 周りに人がいないのをいいことに、ミナモは高く澄んだ声で独り言をつぶやいた。
 田舎ならまだしも、掃いて捨てるほどに人間やポケモンがいる都会なのだ。その中でポケモンを一匹探すというのは、一ヘクタールの範囲にびっしり蔓延ったシロツメクサの群れから一つしかない四葉のクローバーを見つけろ、と言われているようなものである。おまけに見つけたとしてもわずかな金額しか手に入らないのだから、実に効率が悪い。幸せの四葉のクローバーなんてクソくらえだ。

 ミナモはベンチに座りしばらく考え続けた。腹が減っているので、考えることですら大変な作業だが、ミナモは少ないブドウ糖を浪費して必死に悩んだ。今、ここで動いてそのポケモンを探してみるか。だが、もし見つからなかったら無駄足だよなあと思う。けれど、探さなければ自分は飯無しの生活を送ることになる。絶食ダイエットもしくは、本に出てきたどこかの国のラマダーンとか言うやつである。そんなのは嫌だ。まるでホームレスだ。だが、見つかる可能性などあるのか。世の中そんな上手くいくはずがないし、すぐ見つかるようなら自分以外の誰かが既に見つけているだろう。けれど、これ以外に今のところ道は無いし、これから先で見つかる気配はあまり感じられない。ああ、どうしようどうしよう。昨日食べたカロリーメイト半分残しておくんだった。どうしようどうしよう。

 とまあ、そんな感じでしばらく悩んだミナモだが、
「よしっ!」
 と、可愛らしい声で言った。
 心の中で面倒だから、不安だから探したくないという邪な心に餓死したくないという心が僅差で勝利したらしい。
 ミナモはシロツメクサの野原の上、またの名を戦場に降り立つことを決めたのだ。もはや無謀の挑戦である。けれども、ミナモは確率論なんかあてになるかと大して使っていない頭で無茶苦茶な理論を組み立てる。コイキングでライコウに挑むようなものだと思う。けれど、コイキングだって”じたばた”すれば強いのだ。
 ベルトについているモンスターボールをさわり、ちゃんとあることを確認した。
 ふんと、息を吐いて気合を入れる。
 すきっ腹を、どうにか押さえ込む。
 いよいよ、ミナモは立ち上がった。さあ、終わりの見えない戦いの始まりである。
 そう、この物語はミナモが四葉のクローバーを探す話なのだ。
 さあ、物語は動き始め――

 ミナモは、目の前にいたポケモンを見つけて唖然とした。

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