alt Re: 静かなるベルセルク ( No.1 )

日時: 2009/02/07 18:12
名前: ところてん


 『プロローグ』

 Dominus tecum.

 それはそれは、かわいい女の子でした。

 その女の子の名前は、ミナモといいます。かわいい容姿に、かわいい名前。鬼に金棒――いや、ポケモン的に言うなれば、ドダイトスにタウリン、とでもいいましょうか。きっとタウリンを与えられたドダイトスでも、見たら尻尾を巻いて逃げてしまうと思います。それくらいにミナモはかわいい女の子でした。
 
 そんなミナモですが、お母さんを知りません。おまけに、お父さんも知りません。
 小さい頃から、ミナモは先生と皆から呼ばれる人物に育てられていました。
 先生が言うところ、ミナモは孤児というヤツらしいです。つまりは、捨て子。もしくは、なんらかの理由ではぐれてしまった、そんなところでしょう。
 初めてそのことを先生から聞いたとき、ミナモは知らない両親について考えました。一体、どんな人だったのかということからどうして捨てられたのかまで。けれどもそんなことを考えるのはすぐにやめました。
「私の親は、先生だよ」
 そう、ミナモは考えたからです。

 先生という大人は、他にもミナモと同じくらいの年齢の子供を何人か育てていました。
 先生は何の目的も無く、ボランティアで育てているわけではありませんでした。先生はある目的を持って、子供たちを育てています。そして、男の子のほうがその目的には向いていました。だから先生は男の子を育てたかったのですが、何人かのうち一人やむをえなく女の子を育てています。そういうわけでミナモを拾う前、今度こそ男の子が欲しいと先生は思っていたわけですが、どういうわけか女の子のミナモを拾ってしまいました。
 それはなぜか。
 答えは簡単。

 間違ったからです。
 
 人間なんて生まれたときはみんな猿――つまりは、マンキーのように同じ顔をしているのです。
 だから男の子と女の子の区別がつかなかった。
 それだけの理由です。
 単純明快。
 先生もさすがに間違えて女の子を拾ってきてしまったことには、おいおい気がつきました。ですけど、一度自分が育てると引き取った子供を『ミスっちまった』という理由で捨てるわけにもいきません。

 そういうわけで、今のミナモがいるのでした。



 ある日のことです。
 ミナモのいる孤児院では、それはそれは平和な日常が続いていました。
 
 ええ、ほんとにもう。
 その日までは。

 ミナモは二階の自室でいつものように、本を読んでいました。
 ポケモントレーナーになるために行う先生の訓練や授業が無い日は、こうして貪るようにミナモは本を読み続けています。ミナモは本が好きな子供でした。とは言っても、読む内容の本はというと、お喋りをするオオタチと男の人が冒険をするなどという子供向きのモノではなく、難しい漢字が散りばめられた実用書や専門書ばかりです。そんな本ばかり読んでミナモは知識を吸収していきます。ミナモは自分の知識が増える感覚が、たまらなく好きだったのです。

――進化についての現代の考察
――トレーナーとしての極意
――未発見のポケモンの種類
――ポケモンを悪用する集団についての把握

 本には色々なことが書いてありました。なかでも、ポケモンのことに関する本にミナモはひときわ興味がありました。ポケモンの本ならば難しい本も辞書まで使いながら、ミナモは熱心に読んでいきます。
 そうやって、ページをぺらぺら辞書をぺらぺらとしている時に、
「ミナモー、ごはんだよー!」
 という、大きな声が階下からミナモを呼びました。
 良い所だったのですが、仕方がありません。ミナモは本にしおりをはさんで閉じました。
 子供部屋のドアを開けて廊下に出ます。すると、いい匂いがふわっとミナモの鼻をくすぐりました。
 もう、そんな時間だったんだ。ミナモは急におなかが減って身体の力が抜けてしまいました。
 ふらふらとした足取りで一階への階段まで行き、ミナモはああ早く下に行ってご飯を食べよう。今日は何かなあと、最初の段差を降りようとして、

 落ちました。

 ええ、もう。それはそれは、盛大に。

 隕石でも庭に落ちてきたのではないか、と聞いた誰しもが思うくらいの音が響きました。
 現に、ミナモが階段からすごい勢いでゴロゴロとゴローン並みに転がり落ちた音は、階下にいた他の子供たちやミナモを呼んだ先生の耳にも届いていましたし、屋根裏で寝ていたコラッタがあまりの音の大きさに驚いたあまり、天井中をかけずりまわったあげく壁に激突して失神してしまいました。
 思いっきり頭から血を流しぶっ倒れていたミナモを見て、先生は蒼白になりながらポケモンセンターではなく病院へ連れて行きました。
 本気でミナモが死んだと思いました。

 いやしかし。
 幸いというか、しぶといとでもいいましょうか。
 ミナモは無事、助かりました。そりゃあ、チクチクと頭を縫いましたけれども。
 ですが、
 あんまりにも強く頭を打ったために、意識が吹っ飛んでしまったのです。
 ベッドの上で人形みたく寝ているミナモを、孤児院の子供が心配そうに見守っている。そんな光景が何日か続きました。
 そして、頭をぶつけてから大分たったころになってようやく、毒りんごを食べた白雪姫だったミナモは目を覚ましました。
 眠そうな顔でミナモはのっそりと半身を起こします。
 周りで心配そうな顔をしていた子供たちが、わぁと歓声を上げました。
 一緒にいた先生は胸をなでおろしたという風に、
「ミナモ。だいじょうぶかい?」
 と、優しく言いました。
 ところが、ミナモは呼びかけには応じません。ただ、眠そうな顔についた目から放たれる視線がふわふわと部屋をさまよっています。不思議に思った皆が、黙ってミナモの言う言葉を待ちました。
 しばらくして、ミナモはあくびをひとつ。
 そして、こう言いました。

「――僕は、だれ?」

 最初はミナモが悪ふざけをしているのだと思いました。
 ところが、皆でさまざまな質問をミナモにしていくうちに、
「もしかして……ミナモ……」
 予感は確信へと変わります。
 どうやら、意識のついでに記憶まで吹っ飛んでしまったらしいのです。

 さあ、とっても笑えない状況になりました。

 医者の言うところ、頭を強く打ちつけたための記憶喪失らしいです。マンガかアニメでしかありえないと思っていたので、先生は面食らいました。
 しばらくの間、ミナモが記憶を思い出さないかと皆で必死に質問をしたり、皆で遊んだ思い出をミナモの前で話したりと尽力しました。
 ですが、ミナモは一向に思い出せないでいるのか「そうなの?」「そんなことをしてたんだ、その人は凄いね」と言います。ちなみにその人とは記憶喪失前のミナモなわけですが。
 あんまりにも思い出さないので、ああもうだめなのか、と皆があきらめかけていた頃。
 先生はミナモの最初に言った言葉を思い出し、閃きました。

――『僕』は誰なの?

 記憶がないなら、記憶を作ればいいと。
 こうして、ミナモは二回目の人生を辿ることになったのです。
 

 これは、まだ物語が始まっていない頃のことに過ぎません。
メンテ