icon 静かなるベルセルク 更新再開!

日時: 2009/02/07 18:11
名前: ところてん
参照: http://www3.pf-x.net/~green-minamo/
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

このスレッドを開いてくださりありがとうございます。
『静かなるベルセルク』の作者である、ところてんと申します。こちらの掲示板で稚拙ながらポケモン小説を書かせていただきますので、どうかよろしくお願いします。暇なときにでも読んでやってください。

既存の言葉を使って説明するのならば、これはライトノベルよりなものであるかと。そして、王道であり長編です。
巷のポケモン小説サイトでは何かと短編が多く、それも文学よりな小説が多く見られます。そこで私は、アニメのポケモンやマンガのポケモンのように『冒険もので長編』を書こうと思いました。
地の文章含め、未熟なところが多いですがどうぞよろしくお願いします。


※読むにあたって

流行の携帯小説のように、やけにエンターで改行を入れる行為をしたくありません。
そんなわけで、とても見にくい状況になっています。そういう場合は、インターネットエクスプローラーやsleipnirならお気に入りを画面左側にだし、この小説掲示板の映っている画面を調節してください。少し狭くすると、見やすくなると思います。


−小説紹介−

 ベルセルク計画
 そんな計画が、あった。
 悲しくて、儚くて、切なくて、そして静かな計画だった。
 
 一人と一匹は出会った。一人のほうはある複雑でめんどくさい事情で生まれた、どっからどう見ても女なのに男と主張するポケモントレーナーである。間違いなく変人。もう一匹のほうはある複雑でめんどくさい思いつきから生まれた、どっからどう見てもポケモンなのに生意気な口を聞くマリルである。間違いなく異端。
 一人と一匹の出会いが始まりだったのか、それとも久遠の昔から、そうあの悲しい計画の始まった頃から始まっていたのか、それは誰にもわからない。
 自分に生きる意味を見つけてくれた人を探すために、一人は旅をする。自分の生きる意味をこの世界から探すために、一匹は旅をする。
 
 行き着く答えはただ一つ。

 自分は、なんのために――
 
 Dominus tecum.



プロローグ >>1
第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」>>2 >>7-15
第二章「暗闇に浮かぶ瞳」>>19-21
第三章「駆け巡る翼、暗躍する影」>>23
第四章「暗夜行路」


−ヒトコト−

別のところでもこの小説をうpっているわけですが、すっかりこちらを放置しておりました。更新を再開いたしますので、再びよろしくお願いいたします。
メンテ

Page: [1] [2]

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.9 )

日時: 2009/02/07 18:19
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 3.化物使い

 何であんなものを作ったのか、自分でもイマイチよくわかっていない。
 ポケモンを強化し、凶暴化させる。そこら中の組織がやっているそんな研究など、もう飽き飽きしていた。やるならば何か珍しい、自分にしか出来ない、そんなものをやりたかった。
 研究に一番大事なのはやる気なのだ。
 やる気というエネルギーを探究心と好奇心というものに変換しない限り、力は生まれないのである。そこで確か、自分はこう考えたのだ。
「やる気が出るようにやりたい研究をやろう」
 やりたいこと。やりたかったこと。
 そして、脳みそにある子供の頃という名札のついた記憶の引き出しを引っ掻き回してたどり着いた結論が、

「お前と話せたらなあ」
 だったのだ。

 ポケモンを意のままに操る研究とは対極の、ポケモンに意志を与える――それも明確な。
 
「研究体が逃げただと!?」
 でっかい謎のポケモンに襲われて辛くも逃げ延びた後、”あいつ”がいないことに気がついたのはすぐだった。
 すでに襲われた場所からは遠く離れていたし、真っ暗なので探しようが無かった。安心して戻ったところを踏み潰されるなんてしたらたまったものじゃない。任務と命をてんびんにかけたら持ち上がる方など知れているので、男たちはしぶしぶとキンセツにある支部へと戻ったのだった。
 そして報告してみたら、
『お前ら! あれがどんなに珍しいポケモンかわかっているのか!』
 これである。
 大きいモニターの隅まで大きくなった支部長の顔が、怒りに赤くなっている。
「す、すいません! 重々わかっていたのですが……」
『バカ野郎! お前らクビにするぞクビ!』
「……ですが! 謎のポケモンに!」
『お前らポケモンごときにやられるんじゃねえ! お前らもポケモンで対応すればいいだろう!』
「そ、それは……」
 支部長はふんと、近くで当たったら窒息間違いなしの盛大な鼻息をついて、
『もういい、お前らには処分を……』
「――お待ちください」
 一歩踏み出しながら白衣の男が言った。支部長は表情を変え、
『おお、これはホムラ博士。そういえば、あなたも同行していたんですな』
「見てのとおりです」
 ホムラはポケットに手を突っ込みながら肩をすくめた。黒色で無造作に切られた髪と、二枚目な顔が似合っている。おそらくは二十歳台後半くらいの年齢であろう。
「それはそうとして、ホムラ博士。困りますな。あのポケモンに逃げられては。作ったあなたならあれがどれだけ価値があるものかお分かりでしょう?」
「ええ、もちろん」
 ゆっくりと頷くホムラは周りの黒い男たちに比べ酷く落ち着いていた。支部長もその様子を見て、
「ほほう……何か策でもあるのですかな?」
 白衣のポケットに突っ込んでいた右手を出し、
「考えてみてください。水辺に住むポケモンですよ? こんなコンクリートだらけの都会にはまずいません」
 次は左手を抜き出す。
 あいつのことは、なにより自分が一番良く知っているのだ。
「それに、あいつにはあまりにも珍しすぎる特徴がありますから――」


 ビルの屋上の手すりに顎を乗せて、ぼんやりとした目で遠くを眺める。
「ああは言ったものの……」
 正直な話、ホムラには迷いがあったのだ。
 しかし、あいつを作ることには迷いが無かったし夢中でやっていたのは事実であった。小さい頃の夢とかそういう理由と言い訳のおかげで、なんの疑問も不安も罪悪感も覚えることなく、気がつけばあいつができていた。
 もちろん、出来たときは当然のごとく喜んだし、嬉しさのあまりマッハじてんしゃで地球一周できそうなくらいしゃぎまわっていたのだが、すぐに現実へと戻って、

「こいつは何の役に立つんだ?」

 最初に考えなかった自分が、アホであると思った。
 昔にロケット団が作ったバケモノみたいな強さを誇る最強のポケモンではなければ、コンピュター技術が生み出したでんのうせんしでもないのだ。
 確かに、自分の持つ全てを与えた。強化だってした。けれども、やっぱり中途半端に過ぎない。自分は何かに特化されたものを作らなければならなかった。そして、その特化された能力といえば――
「ホムラ、腹が減った。飯」
 話せる程度の――その能力。
 
「……あーあ」
 キンセツシティは、ホウエンの中では十分に都会だ。都会といえば自然が少ないし、自然が少なければ野生のポケモンも少ない。となると食料を調達できないあいつが見つかるのも時間の問題だ。なにせ、未だ一人で外に出したことなんてほとんど無いのだ。人のカツサンドをしょっちゅうパクっていた野郎が外に出て一人で飯を食えるものか。それに、組織の狩人(ハンター)があいつを探し回っている。
「なんであいつにあそこまでこだわるんだかねえ……」
 自分に向けた言葉か、それとも組織に向けた言葉か。
 一応、組織といってもチンケな結社ではないのだ。
 幹部科学者クラスのホムラですらどれほどまで大きいのかわからないくらい謎な組織。名前だってまだ知らない。そんな得体の知れないものから、あいつが逃げられるとは……
 ホムラは白衣を翻し、ふああとあくびを上げる。そして、戻ろうとしたそのときだった。
 空中に浮かぶ、ポケモンと人が目に入ったのは。





 ミナモはひとまず近場のビルの屋上へ逃げることにした。
 ビルの屋上ならばアクタたちが来ることはないだろうと踏んだのだ。なぜなら、いちいちビルを上ってこなければならないためである。あんな怪しい集団がビルに入ることは、凶器を持って交番を通るみたいなものであり、そう考えるとビルは安全な場所になるからだ。
「チルタリス降りて」
 ふわふわとチルタリスが、屋上に降り立つ。
 チルタリスをモンスターボールに戻すと、あたりの様子を見渡してみる。 
 周囲を囲む鉄の手すりにコンクリで出来た地面。下へと降りるための階段。土で出来たバトル場らしきものが中央にある。随分な大きさである。けれども、人影は見当たらなかった。
 と、いうのはミナモの見解であって、ハナからミナモはビルの屋上にまさか人がいるとは思っていなかったのだ。
 だから、ミナモは屋上にある建物――それもすぐ近くにあるそれの影に翻っていた白衣に――とうとう気がつかなかった。
 
 ふう、と一息つく。
 手の中にいるポケモンを見てみる。
 海のような皮膚に丸い体。
 先ほど、自分が貼った絆創膏がある丸い耳。
 すやすや寝ているところだけを見れば、ごく普通のポケモン。
 そう、しゃべらなければ。
 
 しばらくの間、手すりによりかかりマリルの寝顔を見ていると、
「ふあああ……」
 ぶるぶる腕の中でマリルが動いた。
「おはよう。やっと起きた?」
「ぅうん……ん? ……あれ、ここは?」
 眠そうな声でマリルが言う。
「わからないけど。とりあえず変な奴らに襲われたから逃げたんだよ」
「逃げた? 変なやつら? それって……」
 そう言い掛けて、マリルはハッとして、
「お前! 何でぼくのこと持ってるんだよ!」
 丸い尻尾で、ミナモの頬をピシリとはたいた。
「痛っ! ……お前人が助けてやったのに何様だ!」
「へーん、助けて欲しいといった覚えは無いね」
 マリルはミナモの腕からすり抜け、屋上のコンクリの上に降りたって辺りを見渡す。
「にしても、誰に追われていたっていうんだ?」
 ぷいっ、と横を向いていたミナモは、
「知らないよこっちが聞きたいくらいだ。何か僕がお前を膝に置いてたら、いきなりアクタとかいうやつが『マリルを渡すデース』とか言って来たんだよ」
「ふーん……まあいいか」
 マリルはミナモの足をこづくと、
「とりあえず、お礼は言っておくよ。ありがとう」
 このクソ生意気なマリルにお礼を言われる。
 そんなこと、一瞬たりとも考えなていなかったミナモは思わずたじろいで、
「えっ、あ、うん……」
 曖昧な返事しか出来なかった。
「ところで」
 マリルは再度、ミナモのほうを向き、
「何でお前はここに僕を連れてきたんだ?」
「ここって?」
「ここ、このビルだよ。何でお前がここを知ってるのかって」
「え、別に僕はたまたまここがいいかなと思って……って! お前ここ知ってるの!?」
 ミナモが聞くとマリルは、この世には酸素があるよねと聞かれたときのように、
「うん、僕はここで生まれたからな」
 一瞬、この丸いポケモンが何を言ってるのかわからなかった。
「はああ!?」
「なんだよ! うるさいな!」
「それ本当!?」
「ああ本当だよ」
 そもそも、ミナモは考えてみたことなどなかった。野生ポケモンが何処で生まれ何処で育ったか、など。野生のポケモンというのはそこに必ずいるようなものであり、当たり前として存在しているものだとばかり認識していた。
 そして、目の前にいるマリルもそう認識していたのだ。
 『野生』のポケモンであると。
 建物で生まれたという事実から考えられる――それがまさか、人のポケモンだったなんて。
「いや……だとしたなら……」
 そして、ふつふつと色々な疑問が、今更になって蓋を開けたようにたくさん出てきた。
 お尋ねポケモン――アクタたち謎の集団――建物で生まれた――言葉をしゃべる。
 そうだ。
 だとしたら、あのアクタとか言うやつらがマリルを追っているのも説明がつくかもしれない。
 このマリルは『どこから逃げたポケモンであり、アクタたちは取り返すべくこのマリルを追っている』
 今の仮定から考えると、あのお尋ねポケモンの紙だって何らかの理由で逃げたこいつを捕まえるためのものであった。
 今更になって自分が正しいことをしているのか不安になってくる。

「なあ」
 ややこしいことになる前に、ミナモは聞いておくことにした。
「お前にはトレーナーがいるのか?」
 何だそんなことか、という顔をした後にマリルが口にした言葉は、
 うん。いるよ。
 という肯定のものだった。
「それって、アクタっていうやつじゃないんだろ」
「そうだよ」
 ここなのだ。
 あのアクタたちは、トレーナーではない。となると、急に説明がつかなくなる。
 何故アクタたちはマリルを追っているのか。トレーナーではないのならば捕まえる理由は? お尋ねマリルを捕まえるがためにあんなに人数を使うのならば、そのへんの大人でも囲んでサイフを巻き上げる方が数倍速い。ならば、このマリルが珍しいから?

 まさか、こいつがしゃべるのを知っているから?
 
「じゃあ、お前のトレーナーって誰なの?」
 トレーナーがいるのなら、そのトレーナーはこいつがしゃべることを知っているんだろうか、と思った。知っているとしたら、それはいつから? こいつとはどこで出会った? こいつの正体は――
 どんどん、芋づる式で謎が浮かび上がってくる。
 なんだかはまるべきではない深い泥沼にはまってずぶずぶ沈んでいく気分がする。
 とにかく、マリルの言葉を待つことにしようと思考をやめる。そんなミナモは、先ほどの物陰に見えた白衣が無くなっていることなど当然、気がつかない。
「ぼくのトレーナーは――」
 マリルが次の言葉を言おうとした瞬間であった。
 ふいに、ミナモの後ろで靴とコンクリートの擦れる音が聞こえた。同時にマリルが「あっ」と声を上げる。
 何かと思って振り返ると同時に、そいつは言ったのだ。白衣を翻しながら、
「オレだよ。そいつのトレーナーは」
 と。
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.10 )

日時: 2009/02/07 18:22
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 マンガに出てくる、研究室の様を呈していた。
 積み重なる本にわけのわからん機械たくさん、足の踏み場も無い床、白い壁に薄暗い室内。
 白衣の男は広い部屋の一角にあるテーブルを選び、机の上のものを全て床に落とした。物の雪崩が起きる。
「何か久しぶりに見た気がするけど、汚ないよな相変わらず」
「もう整理は三年前にあきらめた」
 ミナモは居心地が悪い風に肩身をせまくし、研究室のドアの脇で突っ立っている。物をどけ終わり、本来の姿を若干ながら取り戻した机の脇にイスを置き、白衣の男はどかりと座り込んだ。
「うん、君も座っていいよ」
「あ、はい」
 ミナモは未だに状況が飲み込めない、といった風だ。当たり前である。様々な謎が解決していないと思ったらいきなり、この『喋るマリル』のトレーナーが現れたというのだから。おまけに、こんな部屋にまで連れてこられて。
 普通のカジュアルな格好の上にまっさらな白衣を着た若い男。目の前にいるこの男が喋るマリルのトレーナーだというのか。
「悪いね、急にこんな汚い部屋に連れて来てしまって」
「いえ、まあ大丈夫です」
 ミナモはビルの内部を通ってこの部屋に来たのだが、どうも普通のビルとは違うようだ。まずは廊下。やはりマンガの極秘科学研究所みたいな廊下をしている。比例するかのように窓が少なく、昼だというのに薄暗い。迷路のような複雑な構造に、カードキーでなければ開かないドアの数々。
 物凄く入ってはいけない場所に来てしまった気がしていた。
「あの」
 かわいらしい瞳を少しばかり鋭くしてから、
「そいつの……いや、そのマリルのトレーナーなんですよね」
 白衣の男は、別段考えるそぶりも無く
「まあ、そうだね。トレーナーというより生みの親とでも言おうか」
「生みの親、ですか」
「そう。君、もうこいつの秘密にはとっくの昔に気づいているんだろう?」
 秘密。
 人間の言葉を話す、ポケモン。
「言葉……ですか」
「そうそれ」
 ふむ、と白衣の男はきれいな長い黒髪をぐしゃりとかき回して、
「――あれ、生まれつきの能力だと思うかい?」
「いえ、そうは思いません」
 即答した。
 生まれつき、ポケモンが人間の言葉を話すわけが無いと思った。ポケモンと人間は関係こそ最近になって深くはなったが、生まれつきイコールでもなければ相似でもないのだ。人間の言葉は人間のものであり、ポケモンのものではない。よって最初から話せるわけが無い。マリルが話す理由の考えるられる可能性としてあるならば、『成長につれて人間の言葉を理解するようになった』特別感性説と『人為的もしくは他の何かによるもの』外的原因説の二つ。
「こいつはね、ある日突然話せるようになったんだよ。もちろん、自然になわけがない」
 となると、前者の説は消える。よって残される答えとしたら――
「マリルに何かしたんですか」
「うん。した」
 別段悪びれる風も無ければとまどうでもなく、自慢げでもなければごく普通に言った。
「俺は一応、科学者および研究者なモンでね。色々やってるんだ。その中の、そうだな、どこまでも悪く言えば実験として出来た産物が、こいつ」
 親指で、テーブルに座って黙って会話を聞いていたマリルを指した。
「酷いね。その言い方はいくらお前でも酷い」
「説明だから我慢してくれ」
「そんなことができるんですか?」
 市販で売られているお高いクスリを使い、ポケモンの能力を強化することは出来る。他にも様々な研究機関やロケット団やらが、なんらかの方法で凶暴化やらにも成功したという話を聞く。ジョウトであった赤いギャラドス事件なんてそうだ。けれども、ポケモンに言葉を喋らせるようにした、なんて聞いたことが無かった。
「出来るよ。深く説明すると恐らく君には異次元の話になっちゃうから、とっても簡単にお子様でもわかるくらい優しく説明するけど」
 一拍、間を空けてから男は、
「こいつの脳の回路にチップを埋め込んでるんだ。脳って言うのは解明されているところ電気の信号を発するところだからさ。それについてはポケモンも人間もさほど変わらない。構造と真相は別としてね。それで、俺はまずマリルの電子信号の一部を研究して、その電子信号に受け答えできる……そうだな、『小さい脳みそ』を作った。後は簡単。そこに膨大な人間の言語のデータを入れるだけ」
「ちょっと待ってください。そんないわいる辞書を脳みそに入れるだけで話せるようになるとは思わないんですけど」
「いい指摘だ。そこはね、ポリゴンに使った理解装置を入れておくんだ」
 本で読んだことがある。ポリゴンといえば、人間が造りだしたバーチャルポケモンのことだ。ポケモンなのだから、それなりにトレーナーの言葉を理解するような能力を持っているのだろう。
「後は手術するだけ。まあ、それが凄い大変なんだけどね。もともと、ポケモンってのはきゅーとかそんくらいしか話せないわけだからさ。人間の言葉を話せないやつだっているの。だから、何度もいろんなポケモンに試してやっと当てはまったのがこいつだったのさ」
 ミナモは黙って聞いていたが眉根を寄せると、
「あの、まさか、失敗したポケモンっていうのは」
 実験に失敗したポケモンたちがゴミのように捨てられているという、最悪な想像が頭をよぎる。
 少し目をそらしながらだが、
「……ああ。心配しないでいいよ。失敗したポケモンはちゃんと生きてるから。うん」
 マリルはふん、と鼻息をついた。
「マリルが喋るようになったのはわかりましたが……しかし、何のためにそんなことをしたんですか?」
 痛いところを付くなあと呟きながら男は苦笑し、
「――さあね。研究者はわけのわかんねーもん作るのが仕事だからサ」
「……なるほど」
 とはいえ、未だにミナモは信じられないでいた。ポケモンを喋らせることができるという事実に。目の前に成功した例がいるので認めざるを得ないわけだが、やはりどうも信じ切れない。
「……あの、もう一つ質問があるんですけど」
「うん、いいよ」
「あなたもバックに何か組織みたいな……そうですね、つまりロケット団とかそういう系のいわいる秘密機関の関係の人なんですよね」
「まあ、そうだね。俺はただ雇われているだけであって、お上が何をしたいのかはしらないけれど」
「じゃあ、何でこいつは追われてるんですか?」
 ミナモはマリルを指で指しながらいった。
 ことの発端である、お尋ねマリルに、アクタと名乗る黒ずくめの集団。
 あーそういうことかー、と頭をポリポリ掻いて、
「それはね。色々事情があるんだけど……まあ、いいか。助けてくれた恩もある」
 どこか、男の言葉は引っかかった。まだ、確証は無いが先ほどのアクタはおそらくこの白衣の男の後ろにつく組織に属しているものだと思う。だとしたら、何故、助けてくれたのか。
 ますます、何かがこんがらがって行く。
「そいつ、もともとは別のところにつれてかれる予定だったんだ。その先でなにが起こるか俺は知らないけどね。んで、その輸送中に手違いがあって逃げ出したんだ――そうだよ。お前、どこいってたんだよ」
「ふん、あんなせまっくるしいところに閉じ込めておいたら走りたくなるってもんだよ。後は、ビルの外に初めて出たものだから探検がしたかった、とかかな。まあ本当はあのでっかいポケモンが怖くてひたすら逃げてたら迷子になったんだけどね」
「それじゃあ、こいつはこの後どうなるんですか?」
「さあ? どうなるんだろう」
 びっくりするくらいに投げやりな態度だ。
 そして、男は続ける。
「俺はね。本当のところ、こいつがどうなろうとどうでもいいと思ってるんだ。組織に従って知らないところに連れてってもいいし、密売してもいい」
 マリルは反応しなかった。変わりにミナモがえっ、と何か言いたそうな反応を示す。
「こいつの好きなようにしてもいいし」
 今度こそはマリルが、
「それ、どういうことだい? ぼくはまた車に乗せられるんじゃないの」
「最初はな、見つけたらそうしようかとも思ってたけど……何だか、どうでもよくなっちまった。お前を作ったのは俺だけど、その身体ももちろん脳みそもチップもお前のものだ。だから、お前の好きにすればいいかなって思うようになった」
「ふうん」
「まあ、考えろ。ただ、ここで暮らすという選択肢はナシだけどな」
「――何でだい? ぼくはここを結構気に入ってるんだけどね」
 男は少し表情に影を落とし、ゆっくりとした口調で言う。
「ここには……何も無いからな」
 ふと、ミナモはこの男に好意を覚えた。マリルに何かを言うたびに、男は少し悲しそうな顔をするのだ。男はマリルのことを第一に思っているのだろう。
「サイエンティストって血も涙も無いイメージがあったんですけど、そうでもないですね」
「誤解だと思うけどね。それに……俺は”化物使い”だし」
「化物使い? ……まあいいや。でも、良い人じゃないとそんな風にマリルにそんなこと言わないと思います」
 ニカッ、と赤い帽子の下で天使も逃げるくらいな明るい笑顔で言った。
 ちょっと怯んだ男は、逃げるようにマリルのほうを向き、
「で、どうするつもりなんだよお前」
「そうだね……何だか、考えるの面倒だなあ」
「お前は俺か。俺みたいなこと言ってるんじゃねえ」
「だって、ぼくは生まれてからずっと選択肢を貰ったことがないんだ。それなのに、いきなり貰っても困る」
「まあ……それもそうだが……」
 くすりとミナモは笑う。二人の掛け合いが面白く、何よりホムラの態度はやはり暖かみを感じた。
「ところで、お前その絆創膏どこでつけたんだ?」
 マリルはきょとんとした顔をして、
「何のこと言ってるのさホムラ」
 ミナモはそこでやっと男の名前を聞いた。と、いうより社交辞令的に最初に聞いておくべきなんだろうなと改めて思ったが、とにかく男はホムラというらしい。
 ホムラはほら、とたまたま近くにあった鏡をマリルの前に持ってくる。
「……うあ、本当だ。何だこりゃ」
「ああ、それ、僕がつけたんです。何か痛々しい傷があったから」
 マリルはそれを聞いて、信じられないという目でミナモを見る。
「手術のときの跡だな。結構目立つからなあれ」
 ところが、すぐにむっつりした顔になって、
「……余計なお世話を」
 ぼそっと、そっぽを向きながら言った。
 わざとなのか運悪くなのか、聞き逃さなかったミナモは青筋を立てて、
「お前! どうしてそういう態度しか出来ないんだよ!」
「知ったことか! そもそも、お前なんでこんなところにいるんだ!」
「それが助けて貰った奴に言うことか!」
「ぼくは別に助けてといった覚えもないし、別にあのまま連れ去られても良かったんだよ!」
「なんてことを言うんだ! 親の顔が見てみたいねまったく!」
 そういってから、ミナモは「あ」と言う。ホムラとしっかり目が合った。
 打ち落とされたようにミナモの視線は墜落して行き、
「す、すいません」
 真っ赤になってあげていた腰を下ろす。
 ついに堪えきれなくなったのか、
「うわ、面白いなお前ら」
 ホムラは腹を抱えて笑い転げる。マリルは勝った、という顔を一人でしていてふんと鼻息をならした。
 一体、何故自分はこんなことをしているんだろうかと悔しさをかみ締めながらミナモは思うのであった。





 驚いた。
 今まで、こいつが自分以外の人間になつくのを初めて見た。いや、なつくというかなんというかであるけれども。
 なぜだろうか。
 恐らく簡単なことなのだろうと思う。
 それは、この子の目が違うからだ。もっと詳しく言うならば、”視線”だ。これまで、こいつは特別がゆえに好奇の目で見られていたに違いがないのだ。こいつへの視線はその人間が無意識でも自覚的であったとしても必ず、普通とはかけ離れた存在を見る視線だっただろう。視線を向けられた本人がどう思っていようが、絶対的にそんな目で見られる。それらの視線は自分がおかしい存在であることを強制的に自覚させられてしまう。
 そうなると終わりである。常に付きまとうのは相手への嫌悪と自らへの劣等、もしくは高飛車な偽者である自分の影。
 こいつは、ずっとそんな視線に晒されてきた。新しくこいつとして記憶を持ったそのときから。
 けれど、この子は違った。
 そりゃあ、最初は皆と同じような反応を見せたのだろう。でも、今となってはこいつをマリルとして認識している。話すポケモンではなく、人間に話しかけるかのように。
 




「なあ」
 笑い終えたホムラは、いきなり優しい口調になり、
「お前、この子についていったらどうだ」
 一瞬、何を言ったのか二人とも……一人と一匹は理解できなかった。
「なんだって?」
「ええっ!?」
 相性が良いのかそれとも神様のいたずらか、同時に言葉を発した一人と一匹は目を合わせてすぐにふん、とそっぽを向き合った。
 ホムラはそれを見てまた笑った後
「どうせ、何も考えるつもり無いんだろう」
 マリルは答えない。
「だったら、この子についていって色んな世界でも見たらどうだ。世界は広いぜ。ビルの中はもちろんこのキンセツよりも、すっげえ広いしな。まあ、この子が良いって言ったらの話しだけど」
 別に問題は無いと思う。一応、これでも街から街を渡り歩く旅人なのだ。色々な理由があってそうせざるを得なくなった旅なのだが、仲間は多いほうが良い。と、いうよりミナモはチルタリス一匹しか持っていないのだから、良いというより必要である。
 それに、ミナモが何より思うのは――旅においての話し相手である。
「えっと……僕は別にいいですよ」
 いくらポケモンがいようとも、寂しいものは寂しいのだ。ポケモンに話しかけたとしても、答えは返ってこない。返ってきたとしてもそれはきゅーとか鳴き声であって、たとえ感情を読み取れたとしても所詮は本当の気持ちであるという確信は無いし、会話が成立しているとは言いがたい。心のどこかで、胸を静かに蝕む虚しさがつきまとう。
 けれど、話すポケモンなら別だ。
「ありがとう。それで、お前はどうするんだよ」
 マリルはホムラが話しかけている間もずっとミナモのほうを見ずに、ツンとした態度でそっぽを向いていた。しかし、今度はちらりと横目でミナモを見る。
 そして、またふんとそっぽを向く。
 ホムラとミナモは顔を合わせ、マリルの海色をした背中をじっと見つめる。何かが破裂しそうな沈黙がいじわるにただよう。
 とうとう、耐え切れなくなったのかマリルが動き、ミナモのほうを向いた。
 それと、同時にである。

『さっきから、何をしてるんデースかね。ホムラ博士』

メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.11 )

日時: 2008/02/04 01:47
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-122-153.tky.mesh.ad.jp



 マンガに出てくる研究室の様を呈していた。
 積み重なる本にわけのわからん機械たくさん、足の踏み場も無い床、白い壁に薄暗い室内。おまけに、生活臭すらするのだから、ある方面からの視線で見たら完璧とでもいえるかもしれない。
 白衣の男はそれなりな広さのある部屋に四つ並べられた大きいテーブルのうち、一つを(全部物が載っていてテーブルとしての機能を持っていなかった)選び、机の上のものを全て床に落とした。物の雪崩が起きる。人が住んでいたら死者多数だと思う。
「何か久しぶりに見た気がするけど、汚ないよな相変わらず」
「もう整理は3年前にあきらめた」
「3年って……」
 ミナモは何だか居心地の悪い風に肩身をせまくして研究室のドアの脇で突っ立っている。物をどけ終わり、本来の姿を若干ながら取り戻した机の脇にイスを置き、白衣の男はどかりと座り込んだ。そして
「うん、君も座っていいよ」
「あ、はい」
 ミナモは未だに状況が飲み込めないといった風だ。当たり前である。様々な謎が解決していないと思ったらいきなりこの『話すマリル』のトレーナーが現れたというのだから。おまけに、いきなりこんな部屋につれてこられて。
 普通のカジュアルな格好の上にまっさらな白衣を着た、おそらくはまだ若い男。目の前にいるこの男が喋るマリルのトレーナーだというのか。
「悪いね、急にこんな汚い部屋に連れて来てしまって」
「いえ、まあ大丈夫です」
 ミナモはこのビルの内部を通ってこの中に来たのだが、どうもこのビル普通のビルとは違うようだ。まずは普通の廊下ではない。良く巷の映画などで出てくる科学研究所みたいな廊下をしている。そして、それと比例するかのように窓が少ない。というか無いかもしれない。おまけに、迷路のような複雑な構造に、カードキーでなければ開かないドアの数々。
 ミナモは何だか物凄く入ってはいけない場所に来てしまった気がしていた。
「あの」
 ミナモはかわいらしい瞳を少しばかり鋭くしてから
「そいつの……いや、そのマリルのトレーナーなんですよね」
 白衣の男は別段考えるそぶりも無く
「まあ、そうだね。トレーナーというより生みの親とでも言おうか」
「生みの親、ですか」
「そう。君、もうこいつの秘密にはとっくの昔に気づいているんだろう?」
 秘密。人間の言葉を話すポケモン。
「言葉……ですか」
「そうそれ」
 ふむ、と白衣の男はきれいな長い黒髪をぐしゃりとかき回して
「あれ、生まれつきの能力だと思うかい?」
「いえ、そうは思いません」
 即答した。
 生まれつき、ポケモンが人間の言葉を話すわけが無いと思った。ポケモンと人間は関係こそ最近になって深くはなったが、生まれつきイコールでもなければ相似でもないのだ。人間の言葉は人間のものであり、ポケモンのものではない。よって最初から話せるわけが無い。マリルが話す理由の考えるられる可能性としてあるならば、「成長につれて人間の言葉を理解するようになった」特別感性説と「人為的もしくは他の何かによるもの」外的原因説の二つ。
「こいつはね、ある日突然話せるようになったんだよ。もちろん、自然になわけがない」
 となると、前者の説は消える。よって残される答えとしたら――
「マリルに何かしたんですか」
「うん。した」
 男は別段悪びれる風も無ければ躊躇う風もなく、自慢げでもなければ酷く平然と、ごく普通に言った。
「俺は一応、科学者および研究者なモンでね。色々やってるんだ。その中の、そうだな、どこまでも悪く言えば実験として出来た産物がこいつ」
 親指でテーブルに座って黙って会話を聞いていたマリルを指した。
「酷いね。その言い方はいくらお前でも酷い」
「説明だから我慢してくれ」
「そんなことができるんですか?」
 市販で売られているお高いクスリを使ってポケモンの能力を強化することは出来る。他にも様々な研究機関や有名な話ロケット団やらが、なんらかの方法で凶暴化やらにも成功したという話を聞く。ジョウトであった赤いギャラドス事件なんてそうだ。けれども、ポケモンに言葉を喋らせるようにした、なんて聞いたことが無かった。
「出来るよ。深く説明すると恐らく君には異次元の話になっちゃうからとっても簡単にお子様でもわかるくらい優しく説明するけど」
 一拍、間を空けてから男は
「こいつの脳の回路にチップを埋め込んでるんだ。脳って言うのは解明されているところ電気の信号を発するところだからさ。それについてはポケモンも人間もさほど変わらない。構造と真相は別としてね。それで、俺はまずマリルの電子信号の一部を研究して、その電子信号に受け答えできる……そうだな、『小さい脳みそ』を作った。後は簡単。そこに膨大な人間の言語のデータを入れるだけ」
「ちょっと待ってください。そんないわいる辞書を脳みそに入れるだけで話せるようになるとは思わないんですけど」
「うあ。いい指摘だ。嫁にしたいくらいだ。そこはね、ポリゴンに使った理解装置を入れておくんだ」
 ミナモは本で読んだことがある。ポリゴンといえば、人間が造りだしたバーチャルポケモンのことだ。ポケモンなのだから、それなりにトレーナーの言葉を理解するような能力を持っているのだろう。
「後は手術するだけ。まあ、それが凄い大変なんだけどね。もともと、ポケモンってのはきゅーとかそんくらいしか話せないわけだからさ。人間の言葉を話せないやつだっているの。だから、何度もいろんなポケモンに試してやっと当てはまったのがこいつだったのさ」
 ミナモは黙って聞いていたが、いきなり何かを思い出したかのような顔になり
「……まさか、失敗したポケモンって」
「……ああ。心配しないでいいよ。失敗したポケモンはちゃんと生きてるから。うん」
 マリルはふん、と何かを掃き捨てるように言った。
 だが、そんな様子にミナモは気がつかない
「何のためにそんなことを?」
 一瞬ばかり、男が表情に影を落としたのにも。
 男は苦笑しながら
「さあね。研究者はわけのわかんねーもん作るの仕事だからサ」
 ミナモは未だ信じられないでいた。そんなことができるということを。実際に、目の前に成功した例がいるので認めざるを得ないわけだが、どうも信じ切れなかった。
「あの、もう一つ質問があるんですけど」
「うん、いいよ」
「あなたもバックに何か組織みたいな……そうですね、つまりロケット団とかそういう系のいわいる秘密機関の関係の人なんですよね」
「まあ、そうだね。俺はただ雇われているだけであって、お上が何をしたいのかはしらないけれど」
「じゃあ、何でこいつは追われてるんですか?」
 ミナモはマリルを指で指しながらいった。
 事の発端である、お尋ねマリルにアクタと名乗る黒ずくめの集団。
「それはね。色々事情があるんだけど……まあ、いいか。助けてくれた恩もある」
 どこか、男の言葉は引っかかった。まだ、確証は無いが先ほどのアクタはおそらくこの白衣の男の後ろにつく組織に属しているものだと思う。だとしたら、何故、助けてくれたになるのか。
 ますます、何かがこんがらがって行く。
「そいつ、もともとは別のところにつれてかれる予定だったんだ。その先でなにが起こるか俺は知らないけどね。んで、その輸送中に手違いがあって逃げ出したんだ。そうだよ。お前、どこいってたんだよ」
「ふん。あんなせまっくるしいところに閉じ込めておいたら外を走りたくなるってもんだよ。後は、ビルの外に初めて出たものだから探検がしたかった、とかかな。まあ本当はあのでっかいポケモンが怖くてひたすら走ってたら迷子になったんだけどね」
「それじゃあ、こいつはこの後どうなるんですか?」
「どうなるんだろう」
 びっくりするくらいに酷く投げやりな態度だった。
 そして、男は続ける。
「俺はね。本当のところ、こいつがどうなろうとどうでもいいと思ってるんだ。組織に従って知らないところに連れてってもいいし、密売してもいい」
 マリルは反応しなかった。変わりにミナモがえっ、と何か言いたそうな反応を示す。
「こいつの好きなようにしてもいいし」
 今度こそはマリルが
「それ、どういうことだい? 僕はまた車に乗せられるんじゃないの」
「まあ。最初はな、見つけたらそうしようかとも思ってたけど……何だか、どうでもよくなっちまった。お前を作ったのは俺だけど、その身体ももちろん脳みそもチップもお前のものだ。だから、お前の好きにすればいいかなって思うようになった。何だか、どうでもよくなったんだよ」
「ふうん」
「まあ、考えろ。ただ、ここで暮らすという選択肢はナシだ」
「何で?」
 男は少し、表情に影を落とした。ゆっくりと、口を開く。
「ここには……何も無いからな」
 ミナモは少し不思議な感覚を覚えた。それはこの男に対してである。マリルに対して、の態度。
「サイエンティストって僕、悪いやつのイメージがあったんですけど、案外そうでもないんですね」
「とんだ誤解だと思うけどね。それに……俺は『化物使い(モンスターマスター)』だし」
「モンスター……マスター? ……まあいいや。でも、良い人じゃないとそんなこと言わないと思います」
 ニカッ、と赤い帽子の下で天使も逃げるくらいな明るい笑顔で言った。
 一瞬、怯んだような表情を見せた男は、逃げるべくマリルのほうを向き
「で、どうするつもりなんだよお前」
「そうだね……何だか、考えるの面倒だなあ」
「お前は俺か。俺みたいなこと言ってるんじゃねえ」
「だって、僕は生まれてからずっと選択肢を貰ったことがないんだ。それなのに、いきなり貰っても困る」
 ミナモは、男が少し苦そうな顔をしたのを見逃さなかった。そして改めて、やっぱりと思う。この人はマリルを大切にしている。ポケモンに優しい人で悪い人がこの世にいるか、とミナモは思う。
「ところで、お前その絆創膏どこでつけたんだ?」
 マリルは「えっ?」という風にきょとんとした顔をして
「何のこと言ってるのさホムラ」
 ミナモはそこでやっと男の名前を聞いた。と、いうより社交辞令的に最初に聞いておくべきなんだろうなと改めて思ったが、とにかく男はホムラというらしい。
 ホムラはほら、といいたまたま近く(部屋の散らかり様から奇跡的)にあった鏡を持ってきてマリルの前に持ってくる。
「……うあ、本当だ。何だこりゃ」
「ああ、それ、僕がつけたんです。何か痛々しい傷があったから」
マリルはそれを聞いて、信じられないという目でミナモを見る。
「手術のときの跡だな。結構目立つからなあれ」
 ところが、すぐにむっつりした顔になって
「余計なお世話を」
 ぼそっと、そっぽを向きながら言った。
 わざとなのか運悪くなのか、それを聞いたミナモは青筋を立てて
「お前! どうしてそういう態度しか出来ないんだよ!」
「知ったことか! そもそも、お前なんでこんなところにいるんだ!」
「それが助けて貰った奴に言うことか!」
「僕は別に助けてといった覚えもないし、別にあのまま連れ去られても良かったんだよ!」
「なんてことを言うんだ! 親の顔が見てみたいねまったく!」
 そういってから、ミナモは「あ」と言う。苦笑していたホムラとしっかり目が合った。
 打ち落とされたようにミナモの視線は墜落して行き
「す、すいません」
 真っ赤になってあげていた腰を下ろす。
 ついに堪えきれなくなったのか
「うわ、面白いなお前ら」
 ホムラは腹を抱えてこれでもかと笑っている。マリルは勝った、という顔を一人でしていてふんと鼻息をならした。
 悔しい思いをかみ締めながら、何だかとても稀有というか不思議な光景であるなとミナモは思った。何で、自分はこんなところにいてこんな恥ずかしい思いをしているんだろうと思うのだ。







 驚いた。
 今まで、こいつが自分以外の人間になつくのを初めて見た。いや、なつくというかなんというかであるけれども。
 なぜだろうか。それは恐らく簡単なことなのだろうと思う。
 この子の目が違うからだ。もっと詳しく言うならば、視線だ。これまで、こいつは特別がゆえに好奇の目で見られていたに違いがないのだ。こいつへの視線はその人間が無意識でも自覚的であったとしても必ず他とは違う普通とはかけ離れた視線だっただろう。視線を向けられた本人がどう思っていようが絶対的にそんな目で見られる。そして、それらの視線は自分が稀有な存在で逸脱していることを強制的に本人に自覚させてしまうのだ。
 自覚してしまうと、終わりである。常に付きまとうのは相手への嫌悪感と自らへの劣等感もしくは高飛車な偽者の自分の影。
 こいつは、ずっとそうだった。新しくこいつとして記憶を持ったそのときから。
 おそらくは自分も同じであろう。意識してそうなるまいと思っても、余計に空回りするからに決まっているからだ。
 けれど、この子は違った。
 そりゃあ、最初は皆と同じような反応を見せたのだろう。でも、今となってはこいつをマリルとして認識している。話すポケモンではなく。人間に話しかけるかのように。
 変な奴だと思う。自分もこいつも全て含めて。





「なあ」
 笑いを終えたホムラは、いきなり酷く優しく言った。
「お前、この子についていったらどうだ」
 一瞬、何を言ったのか二人とも……一人と一匹は理解できなかった。
「え?」「ええ!?」
 相性が良いのか、それとも神様のいたずらか、同時に言葉を発した一人と一匹は目を合わせてすぐにふん、とそっぽを向き合った。幼馴染の男の子と女の子みたいである。
 ホムラはそれを見てまた笑った後
「どうせ、お前何も考えるつもり無いんだろう」
 マリルは答えない。いや、沈黙が肯定の意思表示だったのかもしれない。
「だったら、この子についていって色んな世界でも見たらどうだ。世界は広いぜ。ビルの中はもちろんこのキンセツよりも、すっげえ広いしな。まあ、この子が良いって言ったらの話しだけど」
 別に問題は無いとミナモは思った。一応、これでもミナモは街から街を渡り歩く旅人なのだ。色々な理由があってそうせざるを得なくなった旅なのだが、仲間は多いほうが良い。と、いうよりミナモはチルタリス一匹しか持っていないのだから、良いというよりか必要である。
 それに、ミナモが何より思うのは……一人旅においての話し相手である。
「僕は別にいいですよ」
 いくらポケモンがいようとも、寂しいものは寂しいのだ。ポケモンに話しかけたとしても、答えは返ってこない。返ってきたとしてもそれはきゅーとか鳴き声であって、たとえ感情を読み取れたとしても、所詮は本当の気持ちであるという確信は無い。ゆえに、どこかそうは思わなくとも心のどこかで虚しさがつきまとう。
 けれど、話すポケモンなら別だ。
「そうか。ありがとうな。で、お前はどうするんだよ」
 ホムラがそうマリルに言い。
 マリルはホムラは話しかけている間もずっとミナモのほうを見ずにツンとした態度でそっぽを向いていたが、今度はちらりと横目でミナモを見る。
 そして、またふんとそっぽを向く。
 ホムラとミナモは顔を合わせて無言で笑い、マリルの青色をした背中をじっと見つめる。何かが破裂しそうな沈黙がその場に、いじわるにただよう。とうとう、耐え切れなくなったのかマリルが動き、ミナモのほうを向いたときだった。


『さっきから、何をしてるんデースかね。ホムラ博士』
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.12 )

日時: 2009/02/07 18:22
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp


 どこかで聞いたことのある声だった。
 ミナモは声を聞くまで、自分が追われている身であるということをすっかり忘れていた。というより、本来マリルを捕まえてどうするつもりだったのかも忘れているのだろうが。
 同時に、疑問に思う。何故、このビルにアクタがいるのか。そもそも、このビルに入った第一の理由はアクタと名乗る集団が入ってこないからだ。ここがビルという怪しげな格好では進入し難い場所だったからなのであって、なのにアクタの声がするのは何故なのか。
「スピーカー……?」
「アクタか!?」
 そして、あ、とミナモは間抜けな声で漏らした。
 アクタが何故いるのか。
 ホムラの研究室があること、そしてマリルの生まれた場所であること、ホムラは組織に雇われているものであり、マリルは組織に追われているものである。アクタはマリルを追っていて、恐らくは後ろに組織がある。
 糸がすべてつながった。
 簡単なことだ。
 アクタたち組織のアジトがこのビルだからではないか。
「な、お前! どこから見てるのか!」
 ホムラは真っ白な天井の隅を、もしくは虚空を睨みつけながら言う。
『ハーイ。そのとおりデース』
「監視カメラ!?」
 ミナモが叫ぶとアクタはオー! と鼻にかかるその声で声をあげ
『そこにいるのはやっぱり先ほどのお嬢さんじゃないデースか。それに、ユー察しがいいデースね』
「そんなバカなっ! 組織のお偉いさんはここにはカメラをつけないと言っていたはずだぞ!」
『そんな口約束、組織が守るはずがないデース。全く、おバカな科学者デースね』
 クソが、とホムラは掃き捨てるように言った。
 ミナモは何か不満にあったことがあるらしく、無実なスピーカーを瞋恚の目で睨みつけながら「うるさいんだよこのチリチリ頭!」と叫んでいる。
「おい、逃げるぞ!」
 ホムラはドアの方へ向かいモノを蹴散らしながら走った。慌ててミナモもマリルを抱えて後に続いた。ホムラはドアを開けて飛び出そうとしたが、
「!?」
 気味が悪いほどにまで黒ずくめで、更に全員同じ格好をした集団に阻まれる。
「なっ!」
 極めつけは、
「逃げるなんてそうはさせませんデースよホムラ博士。それに、裏切りものはよくないデース」
 黒いハットを被り、おしゃれにそろえられた顎鬚と茶髪でパーマな男――アクタは鼻にかかる言い方で言った。
 こんなふざけたような野郎でも、どこか近寄りがたいような雰囲気がある。組織の中でリーダー格を担っている人物の威厳なのだろうか。
 ホムラは嘲笑するようにふんと鼻息であしらい
「別に裏切ったつもりはない。ただ」
「ただ何デースか?」
「……気が変わっただけさ」
「――ホムラ」
 マリルが言った。
 アクタはマリルの声を聞いて、なんともいえないような驚いた顔になる。
「ぼくは別に大人しく捕まったっていいんだよ。こいつにもホムラにも迷惑はかけたくない。それを答えにしたって……」
 マリルの言葉を最後まで聞かずに、ホムラは先ほどとは打って変わった大声で振り向かずに叫んだ。
「生意気なこといってんじゃねえ! ちっぽけな身体して偉そうなことを抜かすな!」
 あんまり様子が違ったで、ミナモは思わずびくっと身体を震わせてしまった。
「でも……」
 マリルは小さい声でそう言うだけだった。自分の腕の中にいるポケモンが酷く小さくなった気がして、胸が詰まる。
「……ワンダフルデース、本当に話すんデースね。驚きデース……これはもっと研究に役立てるべきデース。さあ早く! そのマリルを渡すデース!」
 アクタに指を向けられたミナモはマリルを渡すまい、と動作で表現する。アクタはオーノーと大げさにやれやれと首を振った。
「あなたもその気デースか……しょうがないデース」
 残念そうな口調とは裏腹、獰猛な笑みをしてアクタはモンスターボールを掲げた。
「組織にたてつくことがどれだけのことか思い知るデース!」
 綺麗な顎鬚がゆがむ。
「ちっ――おい! マリル! 例の出口から逃げろ!」
 ホムラはアクタを睨んだままそう叫ぶ。
 ミナモの腕の中でマリルがピクリと反応した。
「例ってまさか! 本気かい!」
「そうだよ! いいから逃げろ! その後はお前が全部決めろ! お前は人間に作られた道具じゃねえ! お前は生きてるんだからな!」
 果たして作られた命は道具なのか、それともこの世界で呼吸をする生物なのだろうか。作られた理由は生きる意味にはならない。けれど、生きる意味を求める権利があるかは曖昧だ。
 そしてホムラは、マリルを生きる存在であると改めて認めた。
「君、マリルを頼むよ」
「は、はい!」
 マリルは、ひょいとミナモの腕から飛び出した。
 そして、ぴょんぴょんと物の間を跳ねながら研究室の奥の壁まで行く。
「おい、お前も来い!」
「う、うん!」
 ミナモは慌てながら、マリルの方に続く。
「待つデース!」
 アクタは眼光を鋭利にし追いかけるべく飛び出すが、
「おっとここは通さないぜ」
 ホムラは白衣で隠れている腰についたモンスターボールを取り出して、アクタの前に掲げた。
 それを見たアクタはニヤリと笑い、
「クリエイターふぜいがハンターにたてつこうっていうんデースか?」
「ふん、俺はクリエイターなんかもう辞めたぜ。”化物使い”のホムラだ」
「やっぱり裏切り者デース!」

 アクタとホムラの争い声は、ミナモとマリルの耳にも聞こえていた。
「ねえ、どうするつもりなのさ!?」
「いいから、ぼくについてくればいい!」
 マリルはある棚の前に立つ。天井の二分の一くらいある、上は本棚で下は扉になっているものだ。
「下の扉を開けて!」
「え!? う、うん!」
 マリルに言われたミナモは力任せにトビラを開け放つ。金属音が響き、内部があらわになった。
 だが、そこには本来ならあるべき書類や薬品などひとつも存在していなかった。
「何もないよ!?」
 思わずミナモはマリルのほうを見てそう叫ぶ。
「物はないけどね。穴はあるんだよ」
 ミナモは疑問符を浮かべた。何を言っているんだという風に、もう一度首を棚の中に戻し、中を確認して、

 穴を見つけた。
 どこまでも落ちて、吸い込まれそうな黒色。
 何もないのは当然だ。なぜなら、棚には何かを入れられる状態ではない――重力を支えるものがないからである。
 棚の四角い形と同じ大きさで切り取られた、地獄へとつながっていそうなほどに闇黒な穴がある。ここに落ちたら一瞬であの世へと行ってしまうのではないか、と不意に思った。そう錯覚させるくらいの暗黒が、恐怖をかき立てる。
「ホムラがもしものときのため、組織から逃げ出せるように改造したんだよ。早く飛び込め!」
「え!? これってどこに落ちるの!?」
「ダストだからゴミ捨て場だな。大丈夫。死にはしないよたぶん」
「や、やだよ! ここ何階だよ! ダストって凄い気密が……」
「いいからいけ」
 マリルはミナモの形のよい尻に向けて”たいあたり”をした。案の定、穴を覗いていたミナモは「うあ!」と間抜けな声を出してブラックホールに吸い込まれ、跡形も無くなった。
 それを確認したマリルは見納めのようにもう一度、ホムラのほうを振り返る。

「ガルーラ耐えろ!」
「サイドン! 押すデース!」
 アクタの出したサイドンとホムラのガルーラが力比べをしている。
 だが、力の差は圧倒的だった。じょじょにガルーラが押し返されえている。当然だ。相手はこの大きさすらわからない組織で幹部の人間なのだ。手持ちだって強いに決まっている。
 マリルは悲しそうな目つきをして、蚊の鳴くような声で「ホムラ……」と呟く。
 そして、果てしない闇の向こうへ自らの身を投げた。

メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.13 )

日時: 2009/02/07 18:23
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 
 4.グラエナ

 死ぬかと思った。
 何が起こったのか、いまいちわからなかった。
 と、いうより実はもう死んでいてここは地獄かもしれないと思う。地獄といえば何だか暗いとかくさいとかそういうイメージであったし、ミナモがいる場所もそう当てはまる。積年の恨みのごとく降り積り、これが最期とでも言わんばかりに空中で咲き誇っている埃のおかげで、視界はおろか呼吸もほとんど出来ない。どうやら、このダストシュートは随分前に使われなくなったものらしくゴミというゴミはほとんど存在しなかった。ただ、しぶとく埃は積もっていたので、運よく上に落ちてきたミナモのクッションとなり幸いにも五体満足だ。
 ただ、本人は今にも死にそうである。
「……」
 あんまりに勢い良く落ちてきて埃に埋まったミナモは、身動きが取れないでいた。
 力をこめて立ち上がればいいのだが、あまりの埃の激しさに呼吸が出来なさ過ぎてそうもいかない。
 死ぬ。やばい、息が出来ない。酸素が無い。死んでしまう。
 ミナモは覚悟した。
 ああ、なんてむなしい死に様なんだろうかと思う。
 結局、自分の人生は虚しいものだった。気がついたら孤児院にいる。そういう時点でもうダメだ。最初から普通の人生を踏み外してしまったがために、その後も普通の人生を送っていない。孤児院にいる間は楽しいと思ってみたけど、一人で旅立ってみるとこうだ。僕だって、普通に……
 と、そこで思考は途切れた。
 水を勢い良く顔面にぶちまけられたからである。
「おい、いつまで寝てるんだよ」
 絆創膏を耳に貼り付けた青いネズミが仏頂面でミナモの顔を覗きこんでいる。水をかけられたことで水分を持った埃は飛散しなくなり、呼吸が楽になった。
「あ゛ー。死ぬかと思った」
「何がさ」
「こんなところでよく呼吸が出来るね」
「ポケモンだからね。人間は不便だな」
「話せるくせに何を言うんだ」
 ミナモは身体に力をこめて立ち上がる。
「で、どうするのさこれから」
「とりあえず、ここから出よう」
 マリルは薄暗い闇の中をちょこまかと動き周り「あった」と呟いた。
「おい、こっちこい!」
 何とか体を持ち上げるとマリルの声がするほうに向かった。ダストの中は思ったよりも狭く、すぐに暗闇の先にある壁に手がつく。
「ここ。ここを開けろ」
 壁を手でさわり、金属質の取っ手を見つけた。それを思い切り引っ張ると、金属音がダストの中で反響する。
 そして、光が一面にあふれた。
「外……?」
 歩く人々。街と街の間では珍しいとはいえど、街中では普通に走る車の音。日常の喧騒が一人と一匹を出迎える。
「あたりまえだろ。このダストは地上に向けてつけられているんだから」
「なるほどね……」
 地上に出た途端にミナモは酷く疲れてしまった。
 今日は異常に一日を長く感じる。いろいろなことがありすぎなのだ。空腹から始まって……そうだ。今日は何も食べていない。思い出さなければ良かった。空腹の後にお尋ねネズミで話すマリル。絆創膏から黒ずくめにグラエナ。チルタリスとビルの上と白衣の男。挙句の果てにはゴミの中ダイブ。
 このまま、何もなければと思う。
 とは言っても、ミナモは追われる身だ。これから逃げなければならない。下手をすれば、明日になっても今日は終わらないかもしれない。そう思うと、足が鎖でも巻きつけられたかのように重くなり、ずぶずぶと地面に沈んでいく気がする。
 覚悟を決め、ぶるぶると顔を振り、足元にいるちっぽけなマリルに目を向ける。
 絆創膏を貼ったそのときから、巻き込まれていたのだと思う。
 なあ、これからどうしようか。
 ミナモはそう言おうとした。現になあ、という言葉までは声になったし、マリルも大きい耳で聞き取って反応し、ミナモのほうを見上げた。
 だが、そこから先の言葉は遮られる。
「いたぞ!」
 すぐに声のするほうを向く。
 黒ずくめの集団。
 そこまではよかった。
 だが、足元には真昼でも光る恐怖を与うる血色の瞳。
「追え、グラエナ!」
 猛々しい唸り、烈火の如くグラエナが一人と一匹のほうに駆け出してくる。
 ミナモは驚く間もなく、マリルを腕に抱きかかえて、グラエナとは逆の方向へ一目散に走る。
「もう来たのかあいつら!」
「ホムラは!?」
「アクタがいなかったから……まだ上だと思うよ!」
 大きすぎるビルの裏側には建物が無く、また道路が見えた。ミナモはなんとなく右側を選び、歩道へと転がり出る。
「きゃ!」
 いきなり飛び出してきた埃で白く汚れたミナモとマリルに、女性が悲鳴を上げる。ミナモはそんなもの塵にもとめず、ひたすらに走った。ところどころ白くなりつやをなくしたミナモの長い髪が、汗を纏って背中で激しく踊る。
 やばい。
 普通に考えて、このままでは追いつかれてしまう。相手はグラエナだ。ハンティングにも使われるポケモンなのだから、間違いなく自分よりも速いに決まっている。
「来た!」
 脇に抱きかかえられながら後ろを向いているマリルが叫んだ。
 案の定だった。
「何匹!?」
「えーと……四匹だ!」
 ポケモンバトルには自信がある。けれど、こちらの手持ちはわずかマリルを抜きチルタリスを足して一体。四匹も迎え撃てるとは思わない。
 一度、息を弾ませながらミナモは後ろを振り向いた。
 歩道の脇で呆然と立ちすくんでいる人々の向こうに、恐ろしい速さで烈火のごとく近づいて来る黒い色の逡影が見える。
 そして、ミナモは前を向きなおし――
「なっ!」
 前の集団に目を見開いた。
 身長がミナモの半分くらいしかない人間たち――黄色い帽子に、ランドセルと呼ばれるバッグをしょっている。トレーナーズスクールの生徒たちだった。下校の時間なのか、大勢が道路を歩いている。それだけなら別段問題はないのだ。問題がある理由は、紛れも無く後ろのグラエナであって、
「やばい、前に進めないぞこりゃ――」 
 後ろのグラエナたちは、人間など動く物としか思っていないかのように辺りを気にせず捷然と翔けてくる。自分がこのまま生徒たちの中を通ればグラエナもその後を追ってくるのは当然であって、あの勢いで小さな子供たちに強靭な体がぶつかれば間違いなく、
 そこから先の想像は、頭を振るのと同時に捨てた。
 ならば、迂回するしかない。道路に出ようかとも思うが、四輪自動車がここぞばかり走る都会特有の様子のおかげで、今すぐには向かいの道路へと渡れそうに無かった。
 逆側にはもちろんのこと、建物の壁。
 袋小路だ。
 ミナモはとうとう、立ち止まった。
 後ろではキャーという声が相変わらず聞こえ、獰猛な唸りと地面をゆるがしそうな足音までもが耳に届く。
「おい! どうしたんだよ!」
 脇に抱えられたマリルが、足をぶんぶんさせて言った。
 どうしようもない。
 そして何かを決めたミナモは、グラエナのほうを振り返った。髪の毛が激しく踊り、赤い帽子と髪の毛の隙間から決意の目が覗く。
「ガウガウッ!」
 四匹のグラエナの身を凍らせるほどに毅然とした様子に、ミナモは唾を飲み込んだ。随分前、まだ孤児院にいた頃。先生に内緒で近くの森に遊びに行って、スピアーに襲われた時のことをふっと思い出した。数十匹近いスピアーから追いかけられたのは、世の中で自分だけじゃないのか。そして、今やろうとしていることはあの時、スピアーから辛くも逃げ切ったときに使った手段。
 二度目だけれど――
 追われるものと追うものの距離が縮まる。
 ――お願いっ!
 そして、四匹は見るものを悚然とさせるほどの唸り声と鋭利な牙を見せつけ、ミナモへと殺到して――

「チルタリス!」
 アクタたちから逃げ切ったときのように、光のごとく一瞬にして現れたチルタリスは、ミナモの命令を受けることなく高く浮かび上がった。
 いきなりターゲットを失くした四匹は、勢いのあまりコンクリートで作られた地面に大きな音を立てて仲良く倒れこむ。
 まさに、間一髪だった。
「……っ」
 けれど、ミナモは苦悶の表情を浮かべて、何かに耐えるようにチルタリスに捕まる腕に力を入れ、歯を食いしばっていた。
 次に打つ手を必死に考える。
 下にいるグラエナたちが、うるさく吼えてこちらを睨みつけている。おそらく、飼い主である黒ずくめの男たちに空へと逃げたのをばれるのもすぐであろう。
 そして、問題はそこだ。空に逃げたのはいい。だが、この作戦は数時間前にアクタたちから逃げる際に一度使った作戦なのだ。相手方もアホではあるまい。自分がチルタリスを使い空中へ逃げることだって知っているだろう。だとしたら、相手だって飛行タイプのポケモンを持っているはずだ。
 だからこそ、問題がある。
 チルタリスは上昇速度こそ速いものの、移動速度はあまり速くないのだ。いや、そうすると各地のトレーナーのチルタリスも否定することになろう。あくまでも”ミナモ”のチルタリスの話である。
 原因はこの綿雲のような翼というかもはや、綿雲のせいである。この翼はボーマンダやプテラのようなポケモンのように大きく羽ばたくことが出来ない。ゆえに、スピードが出にくいのだ、とミナモは考えている。けれども、テレビのポケモンリーグで見たチルタリスとかヒワマキのジムリーダーのチルタリスとかはびっくりするくらいに速かった。何が原因なのかミナモにはさっぱりわからない。
 仮にも、翼のある飛行ポケモンに追われたら……
「おい! 何か来たぞ!」
 帽子の上に載っていたマリルがそう言った。ミナモが振り返り、後ろを見る。
 先ほどのビルの屋上程度の高さにしか飛んでいない。が、遠くの上空に何か黒い影が羽ばたいてくるのが見える。
「あれは――ゴルバットだ!」
「本当に!? 何でわかるのさ!」
「耳で音が聞こえるんだよ! ゴルバットは羽ばたく音が独特だから!」
 ゴルバット、翼を持つポケモンだ。ミナモのチルタリスの飛ぶ速度よりは恐らく速いか、同じくらいだろう。となると追いつかれる可能性だってあるし、追いつかれなくとも逃げ切れるとは思えない。
 だとすると、冗談も戯言も誇張も無しで本当に選択肢が無い。
 逃げる選択肢が潰えたならば、
 手段は一つ。
「――よし、チルタリス、降りていいよ」
「え!? どうするつもりだよ!」
「僕のチルタリスじゃ逃げ切れないと思う」
「だから下に降りてどうするんだよ!?」
「――迎え撃つ」
 チルタリスは、降下を始める。降下の際のスピードは上がるときほどではないもののそれなりに速い。
 ミナモが自分が降り立つ地点を確認したとき、思わず苦笑してしまった。
 そこは、一番最初にマリルとミナモが出会った公園だった。

 



「痛っ……」
 ミナモが細い声でそう言った。
 右足のズボンは縦に破けており、血がにじんでいる。誰が見ても痛そうだなと思う傷であった。
「あ、お前。それ……」
「うん、大丈夫。気にしないで、さっき引掻かれただけだから」
 ミナモは見た人全てを魅了するような笑顔で、そう言った。だが、すぐ苦しそうな表情になり歯を食いしばっている。
 とたん、マリルは物凄くいたたまれない気分にさいなまれる。
 自分のおかげで、目の前のやつはこうなってしまったのだ。
 急にマリルは自分が存在していいのかという罪悪感に苛まれた。周りに色々な迷惑をかけすぎている。自分がこの世界に現れて、新たな意識を貰ったそのときから自分は周りを巻き込んでいる。いや、もしかすると……生まれる前から……
 これ以上、迷惑をかけたくない。
 そう思う。
 自分がただのポケモンだったら、こんなことを思わないのかもしれない。ニンゲンの言葉というものを手に入れてから、自分は酷くカンジョウとやらについて思うようになった。普通のポケモンだったらこの心の気持ちをどうやって思うのであろう。ぼく、と自分のことを頭の中で考えるとき、ポケモンはどう「ぼく」を思うのだろう。
 ほらみろ。こういう風にポケモンじゃない考えを自分は生む。ポケモンの常識を持たないポケモンになってしまった。もういやだ。自分は”心も”ポケモンのままでいたかった。
 けれど、生みの親のホムラを恨む気にもなれなかった。ホムラは自分を生んだことに対して罪を感じているのか、自分のために様々なことをしてくれる。少なくとも、ホムラといるときは自分は楽しかったのだと思う。複雑すぎて嫌になる。嫌だと思うこともあれば、楽しかったと思うこともある。だからこそ、自分は言葉を話せなければ良かったとは一言で言い尽くしがたいのだ。
 何も無いのと何かあって苦しいの。どちらがいいのだろう。
 もう、考えることには疲れてしまった。
 マリルはそう思う。
 思う、のだ。
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.14 )

日時: 2009/02/07 18:24
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

5.ハンター

「さあ。観念してもらおうか。お嬢さん」
 ミナモとマリルが降りてすぐに追いついた黒ずくめのうちの一人が言った。他にも黒ずくめの男たちは四人おり、グラエナとゴルバットもおそらくは同じ数だけいる。
「痛い目を見たくなければな!」
 サングラスの奥にある瞳を鋭くし、男は低い声で言う。
 男たちはハナから舐めていたのだ。相手はたかだかしょんべんくさい十五歳かそこらのガキ。そんな野郎を追い詰めることなど、裏の仕事に日頃から就いている自分たちにとっては赤子の手をひねるようなものである。とっととケリをつけてしまおうと。
 けれど、その自信にヒビが入る。
 無言で男たちを睨んでいたミナモが、 真っ赤で古臭い大きな帽子を深く被る。
 ミナモの周囲の空気が変わったかと、錯覚する。
 目深に被った帽子からわずかに覗く目は、夜闇で獲物を狙うべく陰で牙を研いでいる獣のように爛々としており、見たものを凍てつかせる視線を放つ。白い肌に映える真っ赤な舌をペロリと出した。
 今までの雰囲気とは違う、殺気を放つ姿。
 男とポケモンたちがびくりとする。
「――ど、どうしたんだ?」
 マリルがあまりにも超然とした様子を見て言葉を漏らす。
「言っておくけど――」
 それがミナモの”本気”モードだ。
「――僕は強いよ」
 ニヤリと笑って言った。
 脅しをかけたはずの男はごくりと唾を飲み、ぐっと得体の知れない何かを相手にした時のように後ずさりした。
 だがすぐに、
「おおっと――それは楽しみデースね」
 コツコツと音を立てて黒ずくめの男たちの後ろから現れる、黒いハットを被った男。
「――お前は!」
 黒い帽子から出た茶色をしたパーマの髪の毛を払いアクタは言う。
「詰み、とやらデースか?」
「おい! ホムラはどうしたんだよ!」
 マリルがすかさず大きな声で叫ぶ。
「オーウ、安心してくだサーイ。逃げ足の速い奴デース。逃げられてしまいましたデース」
 アクタの残念そうな声を聞いた一方でマリルは安堵の表情を見せた。
「さてそこの『獲物』は大人しく捕まってもらいマース。抵抗はしないほうが身のためデースよ」
 ミナモとマリルの返事を聞く間もなく、モンスターボールを放る。
 音をたてて、現れたのは大きな球体と小さな球体がくっついた姿をした、紫色の毒々しいポケモン。
「マタドガスか……」
 厄介なものを、とミナモは呟いた。
「安心してくれて結構デース。ポケモンバトルは正々堂々やってさしあげるデース」
 そう言うと同時に、黒ずくめの集団はゴルバットもグラエナも全てモンスターボールに戻した。
 先ほどの様子から少し落ち着いたミナモはいつもの顔を少しむっとさせ、
「舐められているのかな?」
「かよわいお嬢さんを、集団でいじめるような趣味なんて持ってないだけデース」
 お嬢さんという言葉に、むかっと来た。
「ふざけるなっ! チルタリス、上昇して”りゅうのいぶき”だ!」
 ふわりという動作と裏腹に一瞬で上昇したチルタリスの頬が大きく膨らむ。と、思いきや一気に収縮し猛烈に熱い息吹がマタドガスたちに吹き付けた。
「くっ……! やるとなったら、こちらも本気デースよ!」
 帽子を押さえつけたアクタは息吹がやむとすぐに、
「”ヘドロこうげき”!」
「さらに上昇だチルタリス!」
 ヘドロを上に飛ぶことでかわしたチルタリス。
「”つばめがえし”!」
 チルタリスが閃光のように動いた。一瞬、マタドガスがチルタリスを見失う。そして、すぐに衝撃が襲った。
 マタドガスはあっというまに吹き飛び、後ろのアクタにぶつかった。アクタとマタドガスは仲良く吹っ飛んで倒れこむ。
「痛たたた……オー……やるデースね! ”スモッグ”デース、マタドガス!」
「させない! りゅうのいぶき!」
 チルタリスにそう命令すると、チルタリスはすぐに頬をふくらませる。
「ふっ――かかった! 今デース! ”どくどく”攻撃!」
 黒煙の奥から、全てを無に返すような闇色のどろどろした液体がチルタリスにかかる。
 チルタリスが猛烈な息吹を吐き一瞬にしてスモッグを払った。だが、すぐにフラフラと苦しそうな顔をして呻く。
「チルタリスっ!」
 ミナモは心の中で舌打ちした。アクタは”りゅうのいぶき”の一瞬の隙をついて”どくどく”を放った。その一瞬を作るために、わざわざ吹き飛ばされるとわかっていた”スモッグ”を使ったのだろう。
「”どくどく”は普通のどくよりも強力デース。さあて、どうするつもりデース?」
「やるじゃん……でもどうってことない。チルタリス、”リフレッシュ”」
 あくまでも、ミナモの舌打ちの理由はアクタに一本取られたことに過ぎない。
 チルタリスの身体を薄い光が纏った。そして、パッとすぐにその光は消える。”もうどく”を受けていた時とは違い、普段どおりの姿を見せて美声で鳴くチルタリス。
「”リフレッシュ”とは……やるデースね」
 ”リフレッシュ”、全ての異常状態を反故にする”わざ”。
「チルタリス”りゅうのまいだ”! 積め!」
「能力上昇効果デースね! させないデース、マタドガス、”くろいきり”!」
 アクタに命じられたマタドガスは、真っ黒な煙に似た霧を一面に撒き散らす。太陽の光と視界が遮られ、辺りはまるで曇天の下のようになった。”くろいきり”は、”りゅうのまい”など能力を上昇させる”わざ”を無効にする”わざ”だ。
「さあ、これでもう能力は上げられないデース! チルタリスはあまり攻撃に向いていないはずのポケモンデースよ?」
「ちっ、厄介なわざを……積めないなら……チルタリス! ”うたう”!」
 ミナモの命令で、チルタリスは目を閉じる。そして、周囲に何ともいえない美しいメロディーが流れ始めた。いや、メロディーではない。本当は歌声である。だが、チルタリスの美しすぎる声とハミングは一つの音楽してしか聞こえない。大空よりも優麗で、涼風よりも爽然で、綿雲よりも優しい。ゆえに、聞くものを無理やりなほどにまで集中させる悪魔のささやき。
「”うたう”なんて”さいみんじゅつ”に比べれば成功率は低いデース。さあマタドガス……」
 が、アクタの意に反してチルタリスの歌を聴いたマタドガスは一瞬にしてまどろみの沼へと沈み込んだ。
「なっ! マタドガス!」
 ミナモが帽子の下でにやりとし、
「チルタリスの”うたう”は普通の”うたう”とは成功率も効果も違うよ」
 マタドガスは空中に浮かびながら目を閉じている。
「ノー! 起きるデースマタドガス!」
「”つばめがえし”」
 チルタリスは先ほどと同じ、目視出来ない速度でマタドガスに体当たりを食らわせる。夢の中で無抵抗なマタドガスは、勢い良く地面に叩きつけられた。これほどまでに大きな衝撃に、起きないはずはない。
 ところがマタドガスは未だに目を瞑って寝息を立てていて、起きる気配は微塵もなかった。
「なっ! まだ、起きないデースか!?」
「チルタリスの”うたう”は普通のポケモンが歌えないような音域で歌うんだよ。だから、より深い眠りにつかせる。だからつばめがえしの衝撃程度じゃ起きない。それがハミングポケモンと呼ばれる所以――もう一発だチルタリス!」
 ”つばめがえし”を放った後、空中に浮いていたチルタリスは再度マタドガスへ向けて降下する。そして、スピードが出て速くなると同時に、
「――しょうがないデース、本当は使うつもりは無かったのデースが……」
 先ほどミナモが帽子を深く被ったことにより”戦闘モード”に入ったのと同じように、アクタは目つきを鋭くした。
 間違いなく、”ハンター”というその名に相応しい眼光。 
 アクタは叫ぶ、
「――マタドガス! ”だいばくはつ”デース!」
 叫びと同時に、寝ているはずのマタドガスが不気味に光り始める。チルタリスが纏っていた柔らかな光とは違う、狂気を孕んだ殺意の威光。
「そんな、寝ているはずじゃ!?」
 そして、チルタリスとぶつかった瞬間。
 光った。
 マタドガスの体内と”わざ”により現れた火薬物質が化学反応を起こした。内部から発生した爆轟波による途方も無い熱が、膨張した気体を音速で燃焼させ衝撃波を巻き起こす。
 自らの身体を炎にした捨て身の”大わざ”。
「うあっ!」
 鼓膜が破れそうな轟音、あまりの激烈な爆発に思わずミナモは耳を塞いで目を瞑った。光焔と煙が周囲に立ち込め、暴走したエネルギーが当たりに向けて放出される。足にありったけの力を込めて、吹っ飛ばされないように踏ん張る。
 しばらくして、煙が晴れた。ミナモは目をこらす。すると、地面にある黒い跡には瀕死のマタドガスに傷ついたチルタリス。
「チルタリス!」
 呼ばれ、チルタリスは鈍い動作ながらのろのろとまた浮かび上がった。それを見たアクタは目を見開く。
「ノー! なんという体力デースか!? マタドガスの”だいばくはつ”デースよ!? ”リフレッシュ”を持っているとはいえ、毒のダメージの追加もあったはずデース!」
「”つばめがえし”の速度を使って直撃を免れたからだよ……」
 だが、このままでは負ける。いくら今まで一筋で育てたチルタリスといえど、連戦が続けば体力が減るに決まっている。
 そもそも、手持ちが一匹の時点で袋小路なのだ。
 けれど、自分はなぜか戦いを挑んでいる。笑える話だった。自分は他にも道はあったのに、厳然たる茨の道を選んだのだ。自分に利益など、何も無いのにも関わらず。
 だが、一度選ぶと決めたのならば突き進んでみせる。
「マタドガスがやられたなんて、ハンティングをしている間では珍しいことデース。褒めてあげるデース」
「――ハンティング?」
「私、肩書きは『ハンター』と言うデース。まあ、良く『自傷(ライクダメージ)』とも言われることが多いデースがね」
「随分と物騒な名前だね」
「悪人、デースから」
 アクタは言い終わると
「さて、仕事デース。次、行くデースよ」
 アクタは”だいばくはつ”で煙を吐いているマタドガスをモンスターボールに戻す。そして、新たなるモンスターボールを投げた。
 モンスターボールが地面につくと同時に開きその中から光とともに現れたポケモンは、先ほど見た岩石のような肌に強大な威圧感のある身体、なによりも見るもの全てを震え上がらせるような角。
「サイドン……」
 先ほど、ホムラのガルーラと対峙していたポケモンだ。スケールから考えて、アクタの切り札はこいつだと思われる。こいつを倒せば、もしかしたらなんとかなるかもしれない。
 だが、チルタリスは先ほど”だいばくはつ”でかなりのダメージを受けている。
 もう、手段は無いに等しい。 
 そして、ミナモは何かを決意する。
「チルタリス――”うたう”」
 すぐにチルタリスは浮かび上がる。
 ミナモが命じるとすぐにアクタは、
「同じ手は二度も通じないデース! サイドン! ”ロックブラスト”!」
 サイドンは地面を勢い良く蹴り上げた。すると、地面のカケラが一メートル近くの大きさになってチルタリスへ飛ぶ。
「よけろ!」
 命じられたチルタリスは上昇して避けるかと思いきや、下降して岩石を交わした。そして、サイドンに接近する。
「なっ! 耳元で歌おうと関係ないデース! ”しっぽをふる”デース!」
 サイドンの強固な尻尾がチルタリスに向けて飛ぶ。それをチルタリスが間一髪でよけ、また耳元でささやくように歌う。先ほどの歌声とは違い、人間には聞こえないくらいに低い音で歌われている歌であった。小さすぎて、アクタたちに歌は届いていない。
 しっぽを振っては避ける、振っては避けるが繰り返される。だが、いい加減痺れを切らしたのか、アクタが「ええい!」とうなりながら 
「うざったい野郎デース! サイドン! ”メガホーン”で蹴散らすデース!」
 尻尾を振るのをやめたサイドンは角にありったけの力をこめ足を踏ん張り、チルタリスのほうを向く。
 そして、勢い良く角を振ろうとして

 倒れた。

 ズシーン、という地面が撃砕する音がしてサイドンは地面へ前のめりに倒れた。
「な、なっ!」
 アクタは何が起こったのかわからないと言った風に、目と口を開く。
 そして、サイドンが倒れたその上にチルタリスがふわりと――それはそれは、羽衣が地面に落ちるときのごとく優麗に――倒れた。
 唖然としていたアクタが、呻きをあげた後で
「……ユー。まさか、”ほろびのうた”デースか?」
「――ご名答。良くわかったね」
 ミナモが”うたう”とチルタリスに命じたのは、相手を眠らせるほうの『歌』ではなく、滅びの『歌』だったのだ。”ほろびのうた”は、聞いてから時間がたつと歌った方も歌を聴いた方も戦闘不能になる”わざ”だ。
「見事デース。いくら専門外とはいえ――サイドンが倒されたのは初めてデース。称賛にあたいするデース」
 アクタはモンスターボールへと、サイドンを戻しながら言った。
 ミナモもチルタリスをモンスターボールに戻す。
「ところでユー、手持ちは他にあるんデースか?」
 ごくりと、つばを飲む。
 もう、どうでもよかった。
「ない……ないよ――僕の負けだ……」
「お前……」
 バトルを静かに見守っていたマリルが、困惑を浮かべて言う。
「まさか、ユー。わかっていて”ほろびのうた”を使ったんでデースか?」
「うん、そうに決まっている」
 アクタはまた、オーと感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい悪あがきデースね。あんまり悪すぎて、逆に賞賛に値するデース」
 チルタリスは自分の意図をわかってくれた。やっぱり、長年一緒にいるとここまで意志が疎通するのだろうか。
 でも、もう打つ手が無い。
 今更になって、ポケモンが一体しかないのを悔やんだ。チルタリスがいればなんとかなるなどというのは、やっぱり普通のポケモンバトルにおいてだけの話だ。”本気のバトル”となると、そうもいかない。
 自分の未熟と甘さが引き出したゆえの、結末。
――ミナモ、君がチルタリスしか持たないというのは勝手だ。事実、君はとても強い。だが、君の自分で決めたその意志と行動に、責任を持つことを忘れてはいけないよ。
 
 先生に言われた言葉が、今更になって身にしみる。
 だから、自分の選んだことは最後までやってやる。
「さあて……」
 アクタはそういいながら、三つ目のモンスターボールを投げる。
 出てきたポケモンは、群青の皮膚に所々雷を連想させるような浅黄色をしたたてがみを持ったポケモン――ライボルトである。
「これが私の三体目デース。さあ、抵抗する気がないならばそこの『獲物』を渡して貰うデース」
 ライボルトとアクタは、じりじりとマリルとミナモにつめよった。
 もう、後は無い。
 だから、ミナミは意を決して叫んだ。
「マリル! 逃げるんだ!」
 びくっ、とミナモの足を掴んでいたマリルが反応する。
「で、でも……」
「お前が逃げるために、僕とホムラさんは散々迷惑な目にあったんだ。それでお前が逃げられなかったら意味がない。だから逃げろ!」
「う……お前……」
 ミナモがちらりとマリルの方を見る。すると、マリルは今まで見たことも無いくらいに困った表情を浮かべていた。
 自分は何故ここまでするのだろうかと思う。
 こんなたまたま出会った一匹のポケモンに何故、自分は世話を焼くのだろうかと思う。それも、こんな得体の知れない連中を敵に回してまで。
 人間の言葉を話せるからだろうか。人間の言葉を話すことができるポケモンをポケモンではなく、人間であると認識し、相応の対応を取るべきだと思ったからだろうか。
 いいや、違う。そんな大層な理由ではない。
 ただ、こいつが似ていたのだ。
 特殊すぎるその性質が、特殊だった自分の境遇に似ていたからだ。親がいない自分。孤児院にいた自分。そのような理由で、周りから稀有な目で見られた自分を。人の庇護がなければ呼吸することすらできなかったであろう自分の立場や、劣等感に似た感情。
 全てが似ていたから、そんな個人的な理由で自分はそうしたのだと。
 自業自得じゃないかと思う。
 だよね、先生。
「いいから逃げろこの迷惑ネズミ!」
 ミナモが小さい肺を使い、ありったけの声でそう叫ぶ。
 マリルは意を決して、アクタたちとは逆の方向へ走った。
「オー、そうするんデースか。まるで映画みたいな、いや週刊誌に載ってそうなマンガみたいな展開デースね。そして、ミーは悪者ということデースか? そうならば、悪者のこちらにも考えがあるデース」
 アクタが、ミナモの前に立つ。
「くっ……」
「悪者は悪者らしく――さあ、ライボルト」
 
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」更新中( No.15 )

日時: 2009/02/07 18:24
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 6.ミナモとホムラとマリル

 どうして自分はここまで迷惑をかけるのだろう。
 先ほど、何故チルタリスがわざわざサイドンの耳元で”ほろびのうた”を歌ったか。あれは自分が歌を聞かないようにするためだ。そんな理由で、チルタリスは危険を冒してサイドンに接近したのだ。  自分はまた一匹に迷惑をかけた。
 そんなにまでして、自分は生きなければいけないのだろうか。
 多くの迷惑と犠牲を払ってまで生きて自由を得なければいけない程、自分に価値は存在するのだろうか。
 消えてしまいたいと思う。
 倒れるべきは、痛めつけられるべきは、実験として脳みそをいじられるべきは、死ぬべきは自分なのである。
 弱い自分を殺したい。
 無力な自分は殺されたい。
 迷惑な自分が殺したい。
 それでも、心のどこかにはある。人間もポケモンも虫ケラもプランクトンも怪獣も皆が誰しもが持つ命の声。
 やはり、自分は生きたがっている。
 けれど――
「うああああああぁぁぁぁっ!!!」
 いきなりの叫び声に、背筋に冷たいものが走り、嫌な予感がしてマリルは振り返る。
「我慢して欲しいデース……これも任務デース……なんていうと、悪者さも失われるかもしれませんデース。まあ、やっていることは間違いないわけデースが」
 赤色の帽子を被ったミナモ、自分を助けてくれたミナモがライボルトの電撃を受けていた。ミナモの叫び声とともに、空気を奮わせる電気の無機質でそれでいて凶悪な攻撃音が響いている。
 いったん、ライボルトの電撃が止む。すると、電撃を受けたミナモは地面へ音を立てて崩れ落ちた。
 アクタは立ち止まったマリルを見てニヤリと笑い、
「さあて、早く戻ってこないとこのお嬢さんが傷つくことになるデース。私はこれ以上こんなことをしたくないのデースよ。人を殺さないために働くのが、ハンターの任務なのデース。アサシンの奴らみたく私は汚い仕事をしたくないデースからね」
 マリルにはアクタの顔がこれ以上ないくらい笑っているように見えた。悪しき感情を全てを孕んだ笑み。
 身がすくんだ。
 足がふるえた。
 喉がひくつく。
 目を瞑りたい。
「……っ」
 自分なんか生まれなければ良かった。
 自分なんか存在しなければ良かった。
 思わず、マリルは戻ろうとした。だが、先ほどのミナモの言葉が蘇り、それに待ったをかける。
 マリルはまた元のように後ろ振り返った。ミナモの決意と、ホムラの意志を、無駄にできるか……命の声を無視できるか――
 だが、すぐにまた
「うあああああぁああ!」
「――っ!」
 だめだった。
 自分の自由の価値に、あのミナモの命の価値がつりあうとはとても思わなかった。
「――わかった! わかったから!」
 マリルは振り返り、ミナモにかけよった。
「頼むから……頼むから、こいつを傷つけるのはやめろ……」
 アクタは満足そうな笑みを浮かべる――それは間違うこと無き悪人――
「物分りがいい子デース」
 服がボロボロになり、ところどころ火傷を負ったミナモは霞んだ目でマリルを見た。
「お……お前……」
「ぼくには無理だ……お前を犠牲にしてまで自由になりたいなんて思わない……ありがとう。本当にありがとう」
 マリルはこれ以上ないくらに素直で、けれども心に空いた穴を抱えて隠すように言った。
 だが、ミナモはとぎれとぎれながらも必死にマリルに言い聞かせる
「バ……バカ……あきらめるくらいなら……せめて悪あがきしろよ……それくらいしてやるだけやってからあきらめろよ……」
 その言葉を聞いて、マリルはハッとした。
 戦う。
 それは自分の意志を持って、相手とぶつかること。
 自分にはその意志があっただろうか。
 確かに、このまま研究所に連れ戻されて実験体になるのは嫌だ。もしかしたら、自分は実験によって死ぬかもしれない。そんな決められた運命より、外に出て自由になるほうがずっと良いし、自分は現にそうなればいいと思っていた。けれど、それはただの願いに過ぎなかったのだ。自らがそれを実行するために行動を起こさず、なればいいななどと思い、ただ流されてきただけだった。周囲に散々な迷惑をかけても、自分は気がつかなかったのだ。
 自由は貰うものではない、掴み取るものだということに。
「……」
 やらなければならない。
 せめてもの償いとして。恩返しとして。自分のために。自由を掴むために。
「ぼくは……」
 自分はただ言葉が話せるだけのポケモンに過ぎないのだ。
「ポケモンだ……」
 ポケモンはポケモンらしく。
「だから――戦う!」
 生き物は生き物らしく。
「オー。それはそれは結構デースね。今回の獲物は実に狩りがいがあるデース。しかし、私はこんな悪人キャラクターじゃないんデースがね。いくら口調でキャラを作っているからって、あんまり余計な設定はつけない方がいいんデースけど」
 そう言いながらアクタは、黒ずくめの男たちに向かって目配せをする。
 すると、男たちは先ほど戻したポケモンたちを全てモンスターボールから出した。
「もう手加減はしないデース。本気でいかせて貰うデース。それでもいいんデースね? 悪人は正々堂々戦いませんデース」
 猛々しく獰猛なポケモンたちがマリルを睨みつける。
 死ぬほど怖かった。あたりまえだ。今まで、バトルなどしたことなどないのだ。
 でも、ここで逃げるつもりはない。
 あがいてあがいて、最後まであがいてやる。そうでもしないと、自由なんて手に入らない。自由とはそれほどの価値があるものじゃないか。
 マリルは一瞬たじろいだ顔を見せたが、すぐに目つきを鋭くする。
「や……やめろ……」
「いいんだ。ぼくは自分で自由を奪ってみせる」
「――ふん、一丁前なこと抜かすぜ」
 いきなり、マリルにとっては聞きなれた声がした。
 声のほうを振り向くと、そこには白衣をまとい短い黒髪をなびかせる男。
「お前が戦うなんて言い出すとは。雨が降るなこりゃあ」
 ホムラがいた。
「ユー! 逃げたと思ったらこんなところに!」
「おっと。俺はそう簡単には死なないぜ『ハンター』」
「ふん。まあいいデース……とりあえず、この獲物を捕まえた後で、じっくりユダには制裁を加えるデース」
 アクタは狩人の目をして笑い、
「行くデース、ライボルト!」
 ライボルトはさきほどミナモにやったように、”スパーク”をたてがみから発射する。
「うわ!」
 マリルは飛びのいて、ころころと転がって間一髪でそれを避けた。
「マリルなんて、コンテストでしか役に立たないくらいバトルじゃ貧弱デース。さっさとしとめるデース、ライボルト!」
 今度は、間髪いれずに”スパーク”を放った。マリルは辺りを走り回り、ほんのわずかな差で避けて行く。
「おいしっかりやれよ!」
「そんなこと言われても何をしていいかわからないよ!」
「そんなハズあるか! よく考えろ! 俺はお前にチップを植え付ける時にな、ありったけの戦闘の知識やわざを詰め込んだんだ。昔、強化ポケモンを作るための研究成果だ。この天才なホムラ様の研究成果だぞ! お前はそんじょそこらのマリルじゃねえんだ!」
 マリルは必死になって、脳みそに検索をかける。自分の使えそうなわざ。みずでっぽうやら以外の……
「いっけえ!」
 マリルはそう叫ぶと同時にライボルトのほうを向いた。”スパーク”から”とっしん”に切り替えたライボルトがあっという間に眼前まで迫る。
 そして、ぶつかるほんの少し前。マリルは開けた口から凍てつく氷の光線を放った。
「な、”れいとうビーム”!?」
 アクタが驚嘆の声を上げる。それと同時に、ライボルトは一瞬で凍りついた。





 マリルがれいとうビームを使って凍らせたライボルトが眼前に落ちている。
 ミナモは気を失いそうになりながら、マリルの戦況を見ていた。電撃を受けすぎて体が全く動かない。
「こんなのも使えるのかぼくは」
 マリルは自分がやったことに自分で驚いている。れいとうビームやらの氷系統のわざを水ポケモンが使えるのは別段珍しいことでもないが、マリルが使っているのは初めて見た。
「グラエナ! ”かみくだく”!」
 黒ずくめの男がそう命令するや否や、グラエナは猛々しく咆えて四匹同時にマリルに殺到する。
「マ……」
 マリルと叫ぼうとしたが、思ったように声が出ない。だが、そんなミナモの心配をよそにマリルは体を大きくゆらしたかと思いきや、猛烈な”ふぶき”をはきだしてグラエナたちを返り討ちにした。
 一瞬で、ポケモンの氷付けが四体。
 ついにゴルバットだけになったアクタ含めの黒ずくめたちは、焦りながらゴルバットに命令を下す。
「ゴルバット! ”エアカッター”だ!」
 またも同時に、ゴルバットが空気の刃を放つ。どこまでも鋭利なそれは空を切り裂き、マリル目掛けて飛んで行くが、
「分身の術」
 マリルがそう言うと同時に、何匹ものマリルが地上に出現した。おそらく、分身の術ではない。”かげぶんしん”であろう。
「くそっ! ゴルバット! ”つばさでうつ”だ! 一体ずつしらみつぶしにやるんだ!」
 ゴルバットは翼をばさばさ鳴らしながら、次々と偽者のマリルへと飛び掛った。一匹ならば問題はないのであろうが、流石に四匹もいるのですぐにマリルの分身は消えていき、
「やばいっ、どうしよう」
 マリルは次に何をすればいいのかわかっていないようだ。あたりまえだ。ポケモンの癖にバトルなんてしたことが今の今まで無かったのだ。おまけに本能まで、忘れているのだろう。
 飛行タイプのゴルバットにならば……
「も……もう一回、”れいとうビーム”だ!」
 ミナモの声を聞き、マリルは残った分身とともに”れいとうビーム”をゴルバットめがけて発射した。攻撃に転じていたゴルバットは避ける間もなく、”れいとうビーム”が命中し墜落するように地面に落ちる。
 その場には、一匹のマリルと九匹の氷付けのポケモンが残った。
「オーノー! なんてことデース!」
 アクタたちは慌ててライボルトたちをモンスターボールに戻す。
 得意そうに笑ったマリルは、アクタたちに視線を向けて、
「次は人間を氷付けにしようかな」
 マリルが呟いた一言に、男たちまでもが凍りついた。
 肩をプルプルとさせて、憤懣やるかたない様子のアクタは
「ユーたち……許さないデース……次は本気でいくデース……手加減しているとはいえ……ハンター、アクタ、一生の不覚デース……」
 そう言うと、モンスターボールを取り出し地面に目掛けて勢い良く投げた。それと同時に、黒いハットでアクタは自分の目を隠す。
 ボムッ、と音がしてあたり一面に光が満ちた。
「うわっ!」
 ミナモたちが目を瞑る。光が収まり再度目を開いたときには、
「消えた……?」
 アクタたち黒ずくめの男達は跡形もなく消えていた。
 そして、その場にはヒーローだけが残される。
 マリルがえっへんと鼻息をだしながら、
「ぼくもやればできるんだな」
「ばかやろう。お前そんなことよりこっちの心配しろ」
 いつのまにかマリルの横にいたホムラが、マリルを足で小突く。
 マリルははっと夢から覚めたような顔になって、すぐに倒れているミナモのところへとかけよった。
「お前! 大丈夫か!?」
 そして、ミナモの意識はそんな言葉を聞いたところで、ぷっつりと途切れた。





 ミナモは夢の中にいた。
 それも、小さい頃の夢である。他の子供たちと一緒にポケモンのバトルの練習をしているらしい。自分が使っているのはチルット……今の相棒のチルタリスだ。
 そこで、ミナモは気がついた。これは自分が孤児院にいた頃の夢なのだと。
 たしかこんな状態、つまりのところ夢の中でこれが夢だと気がつくことを自覚夢と言うのだ。本に書いてあった。
 夢の中の過去で、他の子供たちが出すポケモンと自分は戦っている。中々優勢だ。これでも孤児院にいたころポケモンバトルが一番強かったのは自分なのだ。きっとこのバトルも勝つだろう。
 バトルフィールドの中央には一人の大人が立っており、声を上げていた。ミナモと他の子供たちが何かする度にアドバイスか何かをしている。
 そう、あの大人の人は昔の――


 そこで夢が覚めた。
 いや、目が覚めたといったほうが正しいのかもしれない。
 ミナモはパチパチと目を瞬かせた。黄色と白が混ざったようなクリーム色をした天井。白い壁を切り取った窓から陽光が注ぐ。
 本で読んだシーンみたいだ、というのがミナモの第一の感想であった。気を失った主人公が病院に運ばれて、病院のベッドの上で目を覚ますシーン。自分もそのときの主人公と同じことを状況だなあと思い心の中で笑う。
 そして、気がついた。
 じゃあつまり、自分は気を失って病院に運ばれてきたのかと。
 半身を起こして周囲を見渡す。クリーム色の天井に白い壁。昔、一度だけ似たようなところに泊まったことがあるが……いったい、ここはどこなんだろう。てか、今はいつだ?
 そう考え始めた時、ドアが音を立てて開いた。
 現れたのはジョーイさんと呼ばれ、ポケモントレーナーなら必ず世話になるであろう人だった。
 それでミナモは確信した。ここが、ポケモンセンターであり、隣接する人間のほうの病院であるということを。
「あら。起きてたのね」
 ジョーイさんは、業務用であるとは思いたくないほどに優しい笑顔で言った。
「あ、あれ。僕は……?」
「何故ここに運ばれてきたのかは、この子に聞いてちょうだい」
 ジョーイさんがこの子と言った直後に足元からひょっこり現れる、青色の生物。まさか、忘れているわけがない。
「お前、やっと起きたんだな」
 マリルはぴょんと跳ねて、ミナモのいるベッドの上に乗った。
「ほんとう、大変だったのよ。もう三日も目を覚まさないんだから」
「三日!? 三日もですか! 僕は三日もご飯を食べずに、三日もこのポケモンセンターのベッドで寝ていたんですか! おまけに普通は人の病院でやる診察まで!? 一体、何円かかるんですか! 今の僕なら何日か働かないと払うことが出来ませんよ!」
「あのね……とりあえず落ち着いて。三日分のご飯は知らないけど、点滴は打ってるし、何より料金は」
 そう言ってジョーイさんは、金色のそれはそれは高そうなカードを出して、
「例の白衣の男の人が出してくれたのよ。つりはいらないって……そんなこと言われたら、後百年くらいはここで生活できるわ」
「じゃあ、生活して良いですか」
「絶対にだめ」
「笑顔で中々酷いことおっしゃるんですね……って、僕はそんなに寝ていたんですか?」
「お前が三日も寝てくれるおかげで、こっちは死んだんじゃないかと思ってハラハラしてたんだからな。死なれたら、僕の立場が無いし」
「ごめんね、心配かけて」
 マリルはそう言われて急にそっぽを向くと、
「べ、べつに心配していたわけじゃない」
 そんなやりとりを見て、ジョーイさんはクスクス笑っている。
 そこで、ミナモは気がついた。
 人前で、マリルが言葉を話していることに。
「あ、あの。マリルが喋っていることをジョーイさんは知っているんですか?」
「ええ、知ってるわよ」
「何故です?」
「ホムラがな。ジョーイさんをビルに呼ぶんだよ。 ぼくの健康とかをチェックしてもらうためにね。それで、そのときちょっとした手違いでぼくが話しちゃったものだから、バレちゃったんだ」
「ちょっと。ミスったとか何してるのさ」
「だっていきなり尻の穴に注射するとか言い始めるんだ。流石のぼくでも我慢できなかったよ。考えてみろ、尻だぞ尻。尻っていうのはな普通、出すところで入れるところじゃないんだぜ」
「そもそも、マリルに尻があったんだ」
 三日ぶりに起きてから五分もしないで尻の話もどうかと思う。あほな話に少したじろいだ風のジョーイさんは、
「えーと……それで、あなたの看護士も私がやっているのよ。このマリルが関わっていたしね。本来、私はポケモン専門ですから」
 いたずらっぽい微笑みは、室内をいっそう明るくさせた。
「そんなことはいいから、お前、早く起きろよな。ホムラも心配してるんだぞ。ほら」
「ちょっと、僕はケガ人なんだからな! それに、誰のせいでけがしたと思っているんだ!」
「む……それは……」 
 言われて、マリルがしょげた顔になる。
 かわいいやつ、と言ってやりたかったけど、またいざこざが起きそうなのでその言葉は心にしまっておいた。
「あの、僕はいつ頃退院できるんです?」
「もう大丈夫よ。傷という傷は足の外傷だけで、三日も休んだことだし動けるはずよ」
 ミナモは、ありがとうございますとお礼を言った。
 マリルがまだへこんでいたので、ミナモは堪えきれなくなってマリルに話しかける。





 ジョーイさんから回復してもらったチルタリスを貰い、再度お礼を言ってからポケモンセンターから出た。
 借り物のパジャマを着替えるとき服が変わっているのに気がついたけれど、さほどでもないのでそのまま着ることにした。ベッドの上で堂々と服を着替えようとしたら、慌ててジョーイさんにカーテンを閉められたけどそんなに気にするものなのかなあと思った。
 マリルについて、ポケモンセンターの前の”アノ”公園に入るとそこには――そう、三日前見たときとほとんど変わりない姿で、白衣をはためかせながら
「おう。治ったか」
 ホムラが立っていた。
「おかげさまで」
「あ、そうそう。似たような新しいヤツをこっちで調達しておいたんだけど、どう?」
 すぐに服のことかと理解して、
「全然、大丈夫です。ありがとうございます」
「それにしても、女の子らしくない服を着るよね。君も」
 理解に苦しむ、という沈黙が二人の間を通り過ぎてからミナモが、
「え、僕。男ですよ?」
「またまた、そんなこと言ってー」
 ミナモは何を言っても無駄だ、と思ってそれから先の弁解をあきらめた。
「で、後これ」
 ホムラはナップザックをひょいとミナモに向かって投げた。ミナモは手でそれをうけとめる。
 すっかり忘れていた。一体、どこにおいたのだろう。
「それ、研究室にあったからさ。ついでに持ってきたんだ。いやー、忍び込むの大変だったね。何せダスト逆走だからさ」
 らしかった。
 生き別れた兄弟が感動の再開を果たすかのように、ぎゅっとナップザックを抱きしめる。懐かしい匂いがした。
「で、君。これからどうするんだい。わかっているとは思うがこの街に残るのは危険だぞ。あいつらは表立った行動はしないが、アクタは何をするかわからん」
「はい、わかってます。だから、僕は次の街に向かおうかと思ってました。これでも、旅の途中だったので」
「そうか、ならちょうどいいんじゃないか」
 ホムラは頷いた。そして、マリルの方を見る。
「で、お前はどうするか決めたのか。お前が自分で掴んだ自由だ。お前の好きなようにしろ」
 自由。
 マリルは何か考えながらうつむくが、すぐに顔を上げてミナモの瞳を見て、
「な、なあ、お前――」
「何?」
「ええと、だな……その……うん……ぼ、ぼくを一緒に――連れて行って――くれないか?」
 答えなど、考える必要無く決まっていた。
「うん」
 散々迷惑をかけられたのだ。
 旅に連れて行って、こき使ってやる必要がある。
 ミナモは答えた。
「もちろん、いいに決まってるさ」
 聞いた途端マリルは喜色満面という顔をしたが、すぐにその顔をそっぽへ向けてしまい、
「いや、連れて行ってもらうんじゃないな。お前はすぐにやられるからな。僕がついていってやるってことだな、うん、ありがたく思えよ」
「お前、破裂して死んじゃえ」
「――ふっ、マリル。良かったな。これでお前はもう組織なんか関係ない、ただの少し強くて頭のいいマリルだ」
 ホムラにそう言われたマリルは、
「ただ……の」
 と、呟くとそのまま黙り込んでしまった。
 ミナモとホムラはしばらくの間、マリルを見ていた。
 キンセツシティ、午前十一時。職を持つものは仕事を行っている真っ最中の時刻。日は快晴であり、雲は一つもなかった。だが、都会の空気の汚れにより、空は薄くにごって見える。それだけが少しばかりおしい。
「俺はね」
 ホムラがマリルから視線を離し、どんなに高いビルでも絶対に届かない空に向けながら言う
「君に嘘をついたんだ」
 ミナモは何も言わずに、だまってホムラの次の言葉を待つ。
「こいつの前にチップを植え付ける実験をしたポケモンたちのことだ」
 静かな、それでいて都会の午前。
 車の音がうるさく鳴り響く。
「だから、俺は良いやつでもなんでもない。所詮は研究者で最悪な野郎だよ」
「――わかっていました」
 ホムラはえっ、と言いながらミナモを見た。
「あなたが嘘をついていたこと。僕は、嘘を見抜けるんですよ――だから、あなたは最低な奴です。ポケモンの命を何だと思っているんですか、ばかやろう、ふざけるな、死んじゃえ」
「――」
 でも、とミナモは付け加える。
「研究者としてのあなたは最悪でも、こいつを大事にするあなたは良い人だと思います。そんな綺麗な話で終わることではないですが――あなたは、死ぬほど悔やんでいるのでしょう? あなたは変わったはずです、このマリルと出会って。そう、僕が変わったように――ね。失ったものは大きかったですが、得たものも大きい。簡単な話ではないですが、それでもいい気がします」
 ホムラは何を言われたのか理解していないような顔になったが、すぐにふっと鼻で笑う。
 そんな二人を間抜け面で見ていたマリルにミナモは、
「おいおまえ、わがまま言ったら途中で捨てるからな! よーく、肝に命じておけよな!」
 マリルはピクリと反応する。
「なんだってー? まったく、三流トレーナーの癖によくもまあ抜け抜けとそんなことを言えるな」
「あ、お前! まだ言うか!? いっぺんお仕置きしてやらないと……」
 そんな様子を見ていたホムラは白衣を翻して、
「じゃあ、俺はそろそろいくよ。次の職を探さないといけねーからな」
 ミナモとマリルに背を向ける。
 マリルは、慌ててホムラのほうを向く。
 そして、困ったような怒ったような複雑な顔をして言った。
 その表情は、紛れも無く、生き物の表情だった。
「ホムラ」
 背中を見せたまま立ち止まる。
「――絶対に死ぬなよ」
「ふん――そっちこそな」
「色々、お世話になりました」
 ミナモが古臭い赤い帽子を取ってお辞儀をする。帽子を外すと、尚更女みたいだった。
「いーや、こちらこそ迷惑をかけた……あっ、そういえばよ」
 振り返り、ホムラは今更になって遅すぎる質問をする。
「まだ聞いてなかったな、君の名前」
「そ、そういえばそうですね」
 ミナモはこれだけのことがあったのに、名乗っていなかった関係に苦笑した。
 そして、笑顔を弾けさせながら元気な声で言う。

「僕の名前は――」


― Cogito, ergo sum
 (我思う、ゆえに我あり ) ―

 MINAMO & MARIRU NO STORY HA MADA HAZIMATTABAKARI
 KOREKARASAKI DONNAKOTOGA MACHIUKERUNOKA・・・?

→To Be Continued!!
メンテ

興奮のため、いつもよりまとまらない文章でお送り致します( No.17 )

日時: 2007/12/28 15:07
名前: 空豆
情報: nthygo116226.hygo.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp

どうも初めまして、空豆です。
第1章完結お疲れさまでした。
いつもコッソリと更新を楽しみにしていた者ですが、1章完結ということで短いながらも感想なんて書かせて頂こうかなと。
滅茶苦茶に面白かったです。毎回毎回いいところで話が終わっていたので、続きが更新されるまで意味もなく何度も読み返して気になるよう気になるようと呟いてました。怖い
…なんか、他にも言いたい事はあるんですけど、上手く言葉にできません。かといって何も考えないで感想書くとうおおおすげーもん見ちゃったすっげぇすっげぇぇ!としか書けないのですが。
とにかく、こんなに面白いだけでなく文章もテンポが良く、そんな話が書けるなんて羨ましい限りです。
では、2章も楽しみにしております。

か、感想になってない!
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」完結( No.18 )

日時: 2008/02/09 18:52
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-122-153.tky.mesh.ad.jp

空豆さん初めまして。そして感想ありがとうございます。
なんだか、物凄く私には勿体無いような言葉を偉くいっぱい頂けたようで、大変光栄です。
文章を載せて行く際に、いかに良いところで終わらせるかは心がけてやっていたので、良かったです。文章は散文的とよく言われたりするので、まだまだ未熟ですが……

とにかーく。
読んでいただけてありがとうございます。これからも頑張って行きますので、どうか生温かく見守っていただけると光栄です。空豆さんも執筆がんばってください。
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第一章「ミナモと白衣と語りネズミ」完結( No.19 )

日時: 2009/02/07 18:25
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

「これが……あなたの技術」
「まあ、そう言われればそうなんだけどな。これは俺がロケット団で下積みしていた時にやったものの一つだ。他にも作ろうと思えば、いくらでも作れる」
 ただ――と男は言う。
「ただ? どうだっていうの?」
「能力なら、の話だ。感情なんかを操る方法なんかはまだ、俺は知らない。まあ、操れたら操れたで問題ありそうだけどな」
「そう? これだけでも十分に凄い技術だと思う。こんなのを作るあなたはまるで、化物使い――そんな感じね」
「化物までは認めるが――使いってのはやっぱりどうかな。俺はこんなやつを――使いこなせるとは到底思えないけれどね」
 そう言って、ホムラは見上げる。
 つい先ほどまで、普通のポケモンだったそいつを。
 ドーピング剤のオーバートースにより、血液中化学物質の濃度は極限まで上がる。全ての神経は過剰なほど鋭敏になり、体のありとあらゆる器官が悲鳴を上げる。脳みその中のメモリーのマスターコードを奪い直接インストールし覚えられる限り覚えさせられた強烈な奥義の数々。脳内興奮物質の異常分泌と心拍数の危険なほどの跳ね上がりによって、永久に充血した緋色の目。筋肉組織がぶちぶちと音を立てて切れ、大量に作られる成長ホルモンが見る見るうちに再生させ、体は巨大化する。
 まさに、化物(ばけもの)。

 そいつは咆哮を上げる。
 有り余るほどの新しい力を手に入れた喜びか、自らの感覚により世界が萎縮した悲しみか。
 その感情は、わからない。
 
 グアアアァァァァァァッ!!


 第二話 
 暗闇に浮かぶ瞳 
 Nemo fortunam jure accusat.


 1.からだ

 夜の帳と夕の炎が殺しあって出来た空が天の果てで混ざりあっている。落ちてきそうな空の下には森然と木々が生い茂っていて、深夜でもないのにいっそう夕闇の色を濃くしていた。
 森の横には、公式道路がひっそりと延びている。だが人の姿は見当たらなかった。理由は簡単、都会と田舎をつなぐ道、キンセツシティとシダケタウンをつなぐこの道路はもともと人通りが少ないのだ。シダケにコンテストがあるとしても、所詮は初級ランクのコンテストであるし、数年前の騒動でふさがっていたカナシダトンネルが通じたためにキンセツから来る人は大分減ったものだ。
 そして、道路から外れた森林の中へ向かう細い土の道を進んで行くと、そのうち幅が木数本分くらいの川にぶつかる。水底の小石まで明確に見ることが出来る綺麗な川だ。
 川岸では火が焚かれていた。
 
「野宿するのは初めて?」
「当然」
「そっか。野宿だって、山とかでやらない限り危なくないから大丈夫だよ。この辺じゃヤバイポケモンなんかいないしねー。ロゼリアくらいなら僕が踏めば一撃」
「……そうじゃない」
 マリルは不安そうに口を尖らせ夕刻の彼方へ向けて心の内を叫ぶ、
「ぼくが不満なのは、何で夕飯がないのかってことだぁっ!」
 大声が夜闇と木の間を駆け抜けて、消える。
 大音量を浴びたミナモは、目をパチクリとさせていた。
「――あのな、ぼくはな、お腹が減ったんだ」
 そういわれて、我に返ったミナモは顔をぶるぶると振り、
「ああ、ごめん。今、持ち合わせがなくてさー。ポケモンセンターに世話になるまでだって二日はカロリーメイトしか食べてなかったんだ。明日の分しかないし、我慢してよ」
 今度はマリルが唖然として、
「二日それだけってお前……よくあんなに走れたりしたな。ぼくなら途中で、腹が減って死ぬぞ」
「あはは、根性根性!」
 ミナモは赤い帽子を荷物の上に載せて、長い黒髪を揺らしている。綺麗な肌が焚き火により艶やかに見えた。
 ホムラと別れてからまだ半日も経っていなく、とりあえずミナモは行く先もないのでシダケタウンに行くことにした。と言っても、シダケタウンが目的なわけではなく、その北にあるフエンタウンが目的である。公式道路のままハゲツゲタウン沿いに行ってもいいのだが、シダケタウンから山道を行ってもフエンタウンは近いのだ。そのことをミナモは小さい頃のタウンマップ熟読で知っていた。
 焚き火が赫焉と盛っていて、辺りは真昼のように明るい。
「くっそー、飯に不便したことなんかぼくはないのになあ……ちくしょう、しょうがない腹が減ってるのを紛らわすためにぼくは水浴びでもするかな」
 マリルはそう言うや否や、焚き火で照らされたみずみずしい肌を震わせながら緩やかに流れる川へと飛び込んだ。ざぶーんと水しぶきがあがり、ミナモの足元まで届く。
「あ、いいなー。ぼくもしたいな。最近、お風呂入ってないからなー」
 ミナモはそういうやいなや、立ち上がって黒い上着を脱いだ。半そでからのびた白い腕が焚き火の明かりでいっそう美しく浮かび上がる。とても、細い線をしていた。
「ここは水が綺麗だ。やっぱり、上流がシダケタウンのほうにあるからかな」
「キンセツの川はとても見れたもんじゃないしね。都会の水は汚いのさ。いくら水道管理局が管理を徹底しても、空気が汚ければ意味がないし」
 マリルは川の水に目から下をつからせながら、まるでひょうたん島の具合でみなもが服を脱ぐのを見ていた。
 そして、ふと思いつく。
 あいつの性別ってなんだっけと。
 ミナモの外見はまるっきり女のような、というか女そのものである。そういえば、自分も初対面のときは女だと思っていた。けれど、”僕”とか言うミナモの言動も行動も態度も男のように感じる。でも、男の言葉でしゃべるときの声は女の声だし、腕に抱かれるときだって男に抱かれているときとは何か違うようなものを覚える。それに、ミナモはとてもいい匂いがするのだ。そういうところから考えると、ミナモは女のような気がするのだが……
 いや、まさかとは思う。
 だったらば、こんなにどうどうと服を脱ぐはずがない。女の子なら、デリカシーとかいうやつがあるはずである。そんな言葉、頭の中で使ったのすら初めてだったけれども。
「む、マリル、じろじろ見るなよー。オスだろお前、興味あるのかー?」
「う、うるさいな……」
 やっぱり、男なんだろうな。
 脳内の疑問にピリオドを打ってマリルはミナモとは逆の方をむき、視線を川の水に移す。
 水が流れている。
 水に浸かる、自分を感じる。
 自分は水ポケモンなのに、こんな感覚は初めてだった。いや、初めてというより久しぶりという感覚がする。だが、実際には久しぶりではなく水に全身浸かったのは”この”マリルになってから初めてだ。ホムラが言うに自分には”経験”のメモリも入っているらしく、水ポケモンとしては当然である川や海などの体験はあらかじめデフォルメとなって体の感覚に刻み込まれているのだ。”知識”として知っているものではない。水という物質に触れる感覚を”この体”は知っている。けれど、”マリル”は知らないのだ。
 そして、前世でも遙か昔でもない――自分の知りもしない過去から、随分と間の空いた期間があって――ゆえの久しぶり。
 自分は、”今の自分”の前から存在していた。
 このマリルという容れ物は前から存在していた。
 ホムラが自分を改造する前に自分はいた。
 その頃の自分を、今の自分は知らない。
 その頃の自分は、この水に浸かったこともあっただろう。
 けれど、今の自分は知らない。それは知らないことなのか、知っていることなのか。
 マリルは少し悲しくなる。
 こんなに冷たく、こんなに端麗で、こんなにも大きな自然を自分は当たり前の用に感じてしまっているのだ。本来ならば初めて感じた自然に驚嘆し、打ちのめさせるはずなのに。
 けれども、”意識して”初めて感じる自然は驚くくらいに綺麗で、どんな人工的なものよりも感傷的で、冷たい現実よりも温かだった。それだけはまぎれも無い真実。自分のあられも無い感情。
 自分は、間違いなく、ここに存在している。
 新しく生まれたぼくは、確かにここに生きて、川の流れを感じている。
 
「よっしゃー! 入るぜー僕も!」
 ミナモが後ろで叫ぶ。マリルは雄大な自然を余すことなく全身で味わっている。焚き火が燃えていて、新しい息吹が木の根元で萌えている。綺羅星が踊り、道路からも世俗からも外れた場所の夜が段々と更けこんでいく。
 ざぶーん、と水が踊る音がしたのでマリルは後ろを振り向いて、

 とんでもないものをみた。





 得体の知れない闇という表現が正しい。人の気配はあるし、機械の唸る音とか排水溝の音とか生活音だってする。けれども、視界が機能するぎりぎりの暗さや入り組んだ通路のかしこにある研究施設を見ると、ここに人間がいることが奇妙に感じられる。
 施設の一室にある部屋の中には黒い帽子を被った男がいた。ただでさえ薄暗いこの施設なのに、男のいる部屋は視界が機能しない暗さだ。黒い服装をしている男が闇に溶けているようだった。
「狩猟者(ハンター)のアクタ。参りましたデース」
 茶色くパーマのかかった癖毛を帽子からだし、髪と同じ色の髭を生やしたアクタは暗闇で立っている。
 アクタの視線の先には何かが存在している風には見えない。けれども、そちらに話しかける。
「任務1A−Eの件デースが……任務(ハンティング)を失敗してしまいましたデース」
 アクタの脳に浮かぶのは、青色のポケモン。
 奥歯を噛み締め、拳を握る。
 室内に沈黙が流れ、とうとうアクタではない人間が言葉を発する。
「――珍しいこともあるものね。あなたが失敗するなんて。初めてでしょ?」
 アクタのすぐそば、それでいて暗闇の彼方からの言葉。声色は女のものであると推測できるが、妙に違和感を感じる。
 アクタは女の言葉を耳にして、顔が強張った。
「……申し訳ないデース」
「なあに、失敗なんて誰にでもあるわ……ところで、1A−Eとはどんな内容だったの?」
 闇の先にいる声の主は、酷く興味がなさそうであった。そうなのにも関わらずアクタの顔が緊張しているのは相手がよっぽど恐ろしいのだろう。
「”化物使い”ホムラが作ったマリルについての件デース」
「ふーん、彼のことだったのね。それで?」
「任務の内容は別施設への運搬途中に逃げ出したホムラが作ったマリルを捕まえることデース」
「えーと、マリル? ホムラったら、今度はどんなマリルを造っていたの?」
「全能力の大幅強化はホムラのデフォルトとして、その強化に重ね――」
 少し間を空け、言葉を紡ぐ。
 思い出すのは、絶対に人のものではないとわかるような声。
「脳にあらゆる仕掛けを施した、人間の口を聞くマリルデース」
 暗闇の向こうにいる人間の息を呑んだ様子を感じ取った。当たり前だ。凶暴化させることなど今の人間の技術じゃ簡単だが、人間のですらわかっていない脳を弄繰り回したあげく、言葉を話せるようにしたなんて実験は前代未聞だ。そのような前代未聞さが、”化物使い”と言われる所以なのだろうが。
「――それで?」
「申し訳ないデース……ホムラ博士の裏切りと余計なお邪魔虫(アクシデント)のおかげでマリルを取り逃がしたデース」
 再度の沈黙。アクタは逃げ出したいくなった。自分に与えられた任務と結果を思い出す。最初はいつものような任務だと思っていたのだ。と、いうよりポケモン一匹を捕獲するなんて任務はいつもより簡単な任務だった。だからアクタは近頃使いっぱなしのメインポケモンを休ませるつもりで手持ちをいつもの半分にしたあげく、サブポケモンで任務へと向かった。
 そう、簡単な任務だったのだ。
 あのマリルが喋りさえしなければ。
「あのホムラが……裏切ったのね……まあいいわ。彼には既に必要ことはやって貰っていたし。ユダの方は他の奴に任せるとしましょう。追跡者(チェイサー)でもつけておけばすぐ見つかるはずよ」
「申し訳ないデース」
「そして”そのマリル”は貴重な存在ね……今後の計画にも役立つかもしれないわ――なにより、彼がいなくなった今、彼の残した資料は大切だもの。探索者(シーカー)の一人でもつけておきましょ」
 そして、
 不意にアクタの感じていた女の違和感が無くなった。
 アクタは眉根をよせる。一体、何が起こったのかと内心で疑問を思う。
 すると先ほどまでの声色とは違う女の声が、
 「それにしても」
 と言った。
――声が変わったデース……
「きみ、次の任務からは手を抜いてもらっちゃ困るよ」
 アクタはどきりとした。表情に出したつもりは無かったが、女はそれをやすやすと見抜いたようだ。
 しかも、先ほどとは声色どころか喋り方まで違う――違和感はなくなったのだけれども。
「あなたの実力でそうやすやすと負けるわけないでしょ? いつも万全の体制で行ってもらわないと困るよ。遊びじゃないんだから? わかってるね? ”自傷(ライクダメージ)”」
 その名で呼ばれて、目つきを今まで見せなかったような鋭いものにした。
「――返す言葉もないデース。けど、あのマリル。ただのマリルじゃないデース。レベルが違う――今後も何をするかわからないデース」
「そのあたりの情報収集はシーカーに任せることにするわ。何かわかるまで、あなたは別の任務についてもらうことにしましょ。しばらくしたら、また誰かを通して伝えることにするわ」
 いつのまにか、女の声色と口調は違和感のあるそれに戻る。
――さっきのは一体……?
「……了解デース」
 そして、報告が終わったことにアクタはほっと胸をなでおろした。噂に聞いていた、この闇の先にいる組織を動かす人物はもっと恐ろしいものだったからだ。失敗したという報告をした瞬間ストライクに首を切られるとか、部屋に入った瞬間にエスパーで全身を破裂させられるとか。おかげで久しぶりに冷や汗を流した。
「あ、そういえば」
 アクタはまだ何かあるのか、と身体を強張らせる。
「あなた、さっきホムラと――そう、アクシデントって言ったわね。一体、誰なの? 組織にたてつくんだもの、聞いておく必要があるわ」
「ああ」
 脳裏に浮かび上がるその姿。
 アクタは闇に向かって、まるで幽霊にでも話しかけているように言った。
「赤い帽子を被った少女のことデース」

メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第二章「暗闇に浮かぶ瞳」開始( No.20 )

日時: 2009/02/07 18:26
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 2.くしゃみ

 マリルは手に持ったカロリーメイトが恥ずかしくなって動き出してしまうくらいに凝視しながら、普通のポケモンよりずっと凄い脳みそで考えている。一匹以外のもう一人はタオルを巻いたままびしょびしょになった髪の毛を焚き火で乾かしていた。
 月と星と焚き火の色をした夜がある。
 思う、
 今までずっとホムラの研究室で暮らしていたし、人間の身体についてなどホムラによって植え付けられた”何か”の一つである『知識』と『経験』のメモリによって何かがついているとかついていないとかそういうことを知っているだけであった。それに、自分は服の上からでしか見たことが無い。
 けれど、あれは、間違いなく、
 女の身体
 であるとマリルは凄く思う。
 下半身の物凄く確信的な部分は付けていたからいいし、タオルだってしてた。けれど、マリルのことなど気にしていないかのように、油断すれば大事なところだって見えて
 うあ
 思い出すだけで青いからだが赤くなっていく気がする。起伏はなかったけど、下から上へ向けてしなやかで艶やかなあの白いライン。焚き火に照らされる肢体と、水で濡れそぼる髪は
 うああああっ
 それでも意識しないようにと思えば思うほど意識してしまうものなのである。思い返してしまう。幼さの残る儚げさと、女という生き物が生まれつき持つオスを魅了するためにその体に秘めたなまめかしさ。
 目の前にいる、焚き火越しのやつを覗き見る。黒くて長いロングヘアは女の子だし、真っ白な肌も女の子だし、っていうかもう女の子にしか見えない。
 けれども、何故かミナモはあたかも自分が男であるような言動と行動をする。
 ただし、それには例外もあってトイレの仕方は知ってるし胸だってそれなりに隠す。後者は、意識が薄いのかただの本能的なのか知らないが、前者に関しては理解しがたい。トイレを座って済ますということは、自分が女の体をしているという認識をミナモが持っていることになる。ただ、男子トイレに入ってたりするわけだから、ますます理解しがたい。
 マリルの頭ですら、こんがらがってしまう。
 まさかこいつ、
「お前はバカなのか!?」
「な、なんだよいきなり!」
 髪の毛をかわかして、服を着終えたミナモはまだ湿り気のある髪の毛を揺らしながら言う。
 相変わらず顔を直視できない。先ほどの裸体を思い返してしまう。そして、再び思考の沼に沈み始める。体は間違いなく、女である。そして、ミナモは女のトイレの仕方を知っているのだろうし、女として隠すべき場所はおぼろげながら認識しているようだった。
 何故、おぼろげなのか。
 何故、男子トイレなのか。
「何? 僕の顔になんかついてる?」
 いつのまにかマリルはミナモをずっと直視しており、きょとんとした顔をミナモはしていた。曖昧な返答をして、ぶるぶると顔を振ってある決断をする。
「なあ」
「何?」
「お前さ……」
 ここで、女だよな、と単刀直入に聞くのもどうかと思ったので、マリルは何重にも聞きたい質問をオブラートに包み、
「女、ってよく言われないか?」
 それで思い出した。
 ホムラの研究室で、ミナモがアクタに『お嬢さん』と言われる度に怒っていたことを。
 すると、ミナモは男なのかという話になるわけであって、
「あーそうそう!」
 ぶんぶんとミナモは首を縦に振って肯き、
「ホント、会う人みんな僕のことを女みたいに扱ってさ! 僕もいい加減うんざりしているところなんだよね!」
「まあ……無理も無い気がするけど」
「何が無理も無いんだよ!」
「じゃあ、聞くよ」
 とうとうマリルは、真相を聞くことにする。自分がどんなに仮説を立ててもきりがない。
 けれど、ここで何を言われても結局はどうしようもないということに今更気がついて――
「お前は、男なんだな」
 ミナモはぷうっと白くて女みたいなかわいい顔を膨らませて、女みたいに長くて綺麗な髪の毛を揺らして、それはそれはもう女みたいな表情と声で、
「きまってるでしょ」
 と言ってのけた。

 マリルはまた、悩み始める。





 アクタの去った部屋で、女は息を殺して潜んでいる見たく静かにパソコンを睨みつけている。画面の仄かな明かりで女の顔は浮かび上がると思いきや、パソコンの前には誰も座っていないように感じるほど人影が無い。もしかしたら、もともと存在していないのではないかとすら思われる。
 画面では、動画が再生されていた。街中の風景やポケモンセンター内部の様子が映し出されていて、画面の隅には数日前の日付と時間に『キンセツシティ』とある。
 そして、何度か画面に映る動画が流れては変わっていった。
 しばらくして女がやっぱり、と声を漏らし、
「まさかとは思ったけど……ややこしいことになりそうね……」
 マウスを動かし、再生されている画面を止める。停止された画面には、赤い帽子に黒い髪。黒い服装に細い体躯をした人物が歩行している姿の横側が写っている。そして、画面の下のほう。ちょうどその人物の足元あたりにいるポケモン。
 青色と白色と赤色を持ったみずねずみポケモン。
 電話の受話器を取り、番号が音を立てて光りだす。





 あんなに煌いていた炎は、”みずでっぽう”であっさり消えた。
 あたりを本当の闇が駆け巡る。けれども、限りなく黒に近い紺色の空では綺羅星とレモン型の月が世界とミナモたちを照らしていた。
「ねえ起きてる?」
「……死んでる」
「あそ」
「……」
「……」
 夜の静けさの中で聞こえる虫やポケモンたちの鳴き声。 
 結局、負けたほうはマリルであって、
「なんだよ」
 ミナモはぼそっと、
「うん。お前ってさ、喋れるじゃん」
「何を今更」
 それでさ、と続けて、
「喋るってどんな感覚なの?」
 毛布にくるまって、ミナモは暗夜の空に浮かぶ星を目でつないでいる。
 ミナモとは焚き火の跡を挟んで逆側にいるマリルは、切り株によっかかって焦げた炭素の塊を見つめていた。
 ミナモは先ほどのマリルのように、マリルが喋ることに関して死ぬほど考えてなどいなかった。既に馴れてしまったというのもあるし、戦闘の時以外のミナモの脳みそはちゃらんぽらんでマリルの方がよっぽどかしこいというのもある。だから、なんとなく口に出た言葉だった。
 しかしマリルはため息を一つ吐いて、
「――お前、自分がどういう仕組みで喋るかわかるか?」
 不意を疲れたミナモは戸惑いながら、
「え、僕? えっと、うーん……そだね、特に意識したこと無いからわかんないかもしんない」
「そうだろ、だからぼくにもわかんないんだよ」
 意識などしたことは無かった。意識をしようとも思わなかった。自分を他とは違う特別な存在であると認識したくなかった。生まれたその瞬間から、何も違和感も覚えず、ポケモンの喉が空気を震わせて出るような言葉を喋れる自分が、この世で一番憎かった。
 普通のポケモンの方が、良かった。
 けれど、ホムラを――
「あんまり」
 マリルは色々な感情を殺した平べったい声で
「そういうことは、聞かないで欲しいな」
 特別視はされると一番嫌なことだ。自分の場合、どちらかといえば他のポケモンよりも優れているのだが、優れていると見られることが嫌だった。まるでポケモンじゃないみたいに見ることも。けれど、自分がポケモンなのも忘れて欲しくなかった。必ずどこか心の片隅でこいつは得体の知れないやつと思われている。そう思うと、胸が苦しくなった。
 怒気をはらんでマリルは言ったわけではなかったし、なるべくそんな胸のうちを悟られないように喋った。むしろ、ミナモはそういう目で見ていないような気もしていた。だからそこまで本気ではなかったのだけれどもミナモは、
「あ……ごめん……」
 と、消え入るようにそう言うと、しばらくもぞもぞしていた後に毛布の中へと顔を埋てしまった。
 ……
 ……
 ……
 ――野郎、すねやがった。
 マリルは目を閉じて黙っていた。それでも、なぜか気になって仕方が無いので妥協した片目だけを開いて焚き火跡越しに見える毛布の起伏を見てみる。何故か毛布は寂しげで、沈んでいるように見えてしまった。
 ああ、くそう。
 こんな程度ですねるようなやつなのか。面倒くさい。
 ほうっておけばいい、そう結論付けようとしたのだが何だか足がかゆいみたいに、やっぱり気になって仕方が無い。
 だから、マリルは別の方法を可決する。
「おい」
 返事は無い。
「それじゃあ。ぼくもお前に質問する」
「…………え?」
 やっと、ミナモが毛布から顔を出した。
「答えてくれたら、許してやってもいいよ」
 別にこいつがかわいそうだからというわけではない。あくまでも、自分のためである。ミナモのわけのわからなさを少しでも理解しておく必要があるのだから。
 みるみるうちにミナモの顔は明るくなり、
「うん! いいよ。お兄さんが何でも答えてあげちゃうよ」
 ミナモはゼニガメのように顔をひょっこりと毛布から出している。先ほどの沈んだ様子は夜空の彼方に吹っ飛んでしまったらしい。照らされた白い顔が、まるで月光花のように可憐に微笑んでいる。
 心の中で、ため息を一つ。
 苦笑もする。
「――単純なヤツ」
「へ?」
「――いや。そうだな、質問か……」
 咄嗟に言ったものだったために、当然ながら質問の内容など考えてもいない。何かミナモについて不思議なことはないかと、必死で自分の脳みそを検索する。
 そしてマリルは見つけた。
 お前の性別はなんだ
 いやいやと思う。
 それは先ほど聞いたばかりの質問だ。それに、その頭のパンクしそうな難題を頭の奥底にしまいこんでおくことにしたのだ。考えていたら、日が暮れる。知らなければいけないことだが、知らなくてもしばらくなんとかやっていけるため後に回すことにした。
 マリルは結局、
「ええっと……お前って、旅してるんだろ」
「そうだけど。何を今更?」
「じゃあ、何で旅をしてるんだよ。別に意味も無くフラフラしてるわけじゃないんだろ」
 つまりのところ、マリルの質問は旅の目的である。こんな若いやつが一人で旅に出るなんていうのは、何かと目的があるのだ。ポケモンリーグを目指すしかり、トップブリーダーを目指すしかり、コンテスト制覇えとせとら。
 ああ、そういうことねーとミナモは頷いて、
「別に、答えたくないなら答えなくていいよ」
 マリルは念のためにそう告げておく。だが言った後で、何か矛盾していないかという疑問が浮かんだが力ずくで心の底に沈めた。
「ううん……あんまり話さないようにしてるんだけどね。お前はこれから僕のポケモンなんだ。だから、僕と一緒にいる限りは、お前は僕の目的のために同行することになる。だから、言っておくことにするよ」
 ミナモはそう言うと、目をつむる。
 マリルは、何やら神妙な雰囲気を出したミナモをじっと見つめ、次の一言を待つ。
 永遠に等しいような沈黙がよぎり、
 
 そして、ミナモは口を開いて旅の真相を語り

「はっくしょん!」

 ……旅の目的らしかった。
「おい、お前! ふざけてんのか!」
「ち、ちがうよ! このタイミングで出るなんて僕も予想外だよ! くしゃみ自重しろよ!」
「もういいよ。ぼくは寝る!」
「あ! 待って! 今のは映画が始まるときの効果音だと思って! だから……」
 はっくしょん。
 はっくしょーん、はっくしょーん。
「……じゃあ今のは映画が終わったときの効果音だな」
「……くしゃみ何か嫌いだ……」
 ぐす、とミナモはうつむく。
「わかったよ、わかったって。ほら、話せよ。次くしゃみしたら寝るからな」
「うん……えっとね、僕が旅を始めた理由は……」
 ミナモが先ほど繋いだ綺羅星たちは星座となり、夜空をかざっている。月明かりの下では様々なポケモンたちが自分たちだけの静謐な夜を楽しんでいた。一日の疲れを癒す終わりの夜でもあれば、一日の始まりにもなる夜でもある。その中で一人と一匹が向かい合って座り、手探りのつたないコミュニケーションをしている。

 そしてまた、どこかで誰かのくしゃみが聞こえた。
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第二章「暗闇に浮かぶ瞳」開始( No.21 )

日時: 2009/02/07 18:26
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 3.赤き瞳、蒼き運命

「――二人は消えていたんだ」
 ミナモは、思い返しながらマリルに語る。
 洗いざらい話してしまいたい気分であった。夜になると、何故か何でも話せる気がしてきた。時には恐怖を掻き立てる鋭い闇が優しく心の扉を開けてくれる。そして、普段ならばこの話したいと思う気持ちは心の奥にしまわなければならないのだ。理由は簡単であり、相手がいないからにきまっていた。
 けれども、今回はマリルがいる。
 会話の出来る存在が欲しかった。一人で耐え忍び、夜の冷たい風を受けるのが不安でたまらなかった。何も喋らない日が過ぎ、他人の喋っている声を聞かない日が過ぎ、何も思わない日が過ぎた。何度も帰ろうと思い、その度にどうしようもない苦しさに締められ、草木相手に愚痴をこぼし、暗闇相手に何度もすすり泣きをした。
 そして、ずっとそうなるはずだった。
 けれど、今は違う。
 このマリルの存在に、ミナモは自分の存在を預ける。
 この心にあるもの。いつかは誰かに話そうと思っていたこと。これを話そうと思う。発端から、記憶に無い空白から、楽園の日々から、唐突に終わったそれまで。
 両親から、赤い帽子から、記憶のなくなってしまった日々から、皆との日々から、好きだった人たちがいなくなってしまった日々まで。
 先生。
 カスカ。
 二人は一体――どこにいるんだろう?
 ミナモは静かにマリルに語り続ける。
 




 それから、だいぶ時間がたった。
「――と、そんなところ。僕はこういやって旅をする以外は無いわけなのさ」
 胸の中のものを全て吐き出したミナモは、少し自嘲気味に言って締めくくった。マリルは、眠っていたのではないかと勘違いするくらい瞑っていた目をようやく開き、
「……つまりのところ、人探しってことか?」
「そうだね。手がかりも何も無いからいつ終わるのかわからないし終わりが来るのかもわからないけど」
 今度は寂しそうな様子でミナモは言う。
 マリルはミナモの心情を察して口をつぐんだ。沈黙を紛らわそうと空を見上げる。目に入るのは、こんな話をしても下界のことなど知ったことかという具合で輝き続けている星と月。
「僕は別に、それでもいいんだ」
 上げていた顔を戻し、
「それでも? どういうこと?」
「うん。このまま、ずっと先生とカスカを探す旅をしてもいいなって」
 先生、それはミナモの話によるとミナモの親ではないけど親みたいな人……で大切な人だったらしい。カスカはミナモと同じ存在、言うなれば仲間だ。
「でも、お前はまた皆で暮らしたいとは思わないのか?」
 そして二人はある日行方不明になった、そう先ほどの長い話で言っていた。
「そりゃ、思うよ。思わないわけが無いよ。楽しかったから。今でも時々、寂しくなるとあの頃に戻りたいって思うし、ちょっと泣きそうにもなる」
「じゃあ、何で?」
 マリルは真っ直ぐにミナモの顔を見据えた。ミナモはマリルの方に顔を向けているが、マリルの方を見てはいなく、焚き火の炭を無意識に見つめているようだ。
「結局、いつかはそんな日々は終わるからね」
 あらゆることは、いつのまにか、それでいて明確に、そして察知することが出来て――終わるのだ。本人がそれを望んでいるか望んでいないかなど、微塵も関係なく。いつの時代も、どこの世界でも、変わらない不条理。生物が死ぬように絶対的、それでいて夢のように不安定。
「僕は捨てられた子供だったらしい。そして、先生が僕を拾って育ててくれた。でも、ずっと僕は先生の下で暮らすわけには行かない。僕らは嫌でも成長して、いつかは一人立ちすることになって――だから、楽しい日々は終わる。僕は、それを先生とカスカが消える前から考えるようになっていたんだ」
 マリルは何も言わない。
 全ては終わるために、始まり、続く。
「結局、僕が考えを纏める間もなくそんな日々は終わっちゃったけどね。僕はおかげで自分から現実にぶつからないで済んだんだ。先生とカスカがいなくなっちゃったことで、日々が終わった。僕は二人がいなくなったせいにして楽しい日々が消えてしまった現実を受け入れられるんだ。だから、そう考えるとまた、現実にぶつからないでこうやって旅を続けていくのもいいかなって思う。誰かのせいにした現実と、自分のせいの現実の重さは違いすぎるよ……」
 風が吹いた。
 ミナモの見つめていた炭は、ころころとどこかへ消えてしまう。
 もう、何度目かわからないくらいの沈黙が支配する。だが今度のは、今までよりもいっそう深い沈黙だった。先ほどまで心の紐を解いてくれた闇が、今度は沈黙の重さを掻きたてる。
 随分とたってから口を開いたのは、マリルだった。
「お前、バカだな」
 ミナモはいつもならば大声を上げて反論するだろう。けれど、今回は何も言わず、驚いた顔をしてようやくマリルの方を向いただけだった。
 マリルはやっと目があったミナモに向けて、言う。
「重さとか責任とか、難しいこと言ってるけど、そんなこと関係ないじゃん。お前はその先生とカスカっていうやつに会いたいんだろ。会って話をまたしたり、いろんなことがしたいんだろ」
「うん」
「なら、いいじゃん。あるものがいつ終わるかなんて。そんなこと言ってたらきりがないよ。お前の言い分だと、お前とぼくの関係がいつか終わるのか? そんなことを気にするのか?」
「それは……」
「ほら」
 マリルはまた目をつむる。
「お前はバカだ。バカが難しいこと言うなよ。会いたいなら、会うためにがんばればいいんだよ」
 考えることが出来るということは、面倒だなとまた思う。
 言葉を話せなくても、他のポケモンだって自分のように物事について考えるだろう。でもミナモが言う責任とかそういうことについては考えるだろうか。考えないか、それでも少しだと思う。
 考えすぎて、自分の気持ちに嘘をつく。言い訳をする。バカだよな、と心底思う。でも、自分もいつかそういうことを――そう、前の自分のように自由になりたい願望に対して嘘をついたように――なるかもしれない。
 喜びであると考えなければ喜びを感じられないし、悲しみであると考えるから悲しむ。
 考えることは面倒くさい。それは喜びを得ることの代償のように。
 
「ねえ」
 マリルに言われてずっとうつむいていたミナモが、顔を上げながら言った。
「……何」
「何だか、ごめん」
「何が?」
「いや……うん、そうだよな」
 ミナモは今度こそ、自分からマリルに視線を向ける。
 黒い色をした瞳。
「お前の言うとおり、僕は二人に会いたくて旅をしているんだ。だから、変なこと考えずに僕の心に従って行くよ」
「そうか……」
 黙っていたマリルは独り言のように、
「ま、お前がどうしようが、ぼくはお前について行くだけだけどな――」
「え?」
「――なんでもない」
 清夜の中で、
「ふぁ。僕もいい加減寝よう。話しすぎた」
 ミナモは盛大にあくびをしながら、涙目をこする。
「おやすみ、マリル」
 毛布を頭まで被って、ミナモはまどろみに体を預けた。喋りつかれたせいか、たちまちふくらみは動かなくなる。
 ミナモがいよいよ現実から一時的に離脱して夢の世界に入りかけたとき、ふと向かい側で同じように眠りにつこうとしているポケモンが、表情にも動作にも出さず、それでいて心の奥で酷く優しくこう言った。
       
「オヤスミ、”ミナモ”」

 二人の夜が閉じ、また朝がやってくる。
 




 と、思ったら大間違いであった。
 二人が寝てから数時間たち、月も夜の仕事を終えてそろそろ帰ろうかなという具合になった頃である。
 ずしん、と何かが聞こえた。
 そして、その音は定期的に聞こえるようになる。まるで何かの足音のように、ゆっくりどこからか響いていた。しかも、音は段々と音量を上げて行くのだ。仮にも、音が本当に足音であり、その音が大きくなっていくということは生物が近づいているということであって、
 いきなりの地震だった。
 まさに、大地の咆哮。
「うあっ!」
 マリルは、本当に跳ね上がって飛び起きた。あまりの振動に、小さいからだが浮いたからである。朝起きたら知らないおじさんが裸で同じ布団に入っていたという人間の目覚めよりも、激しく最悪に起きた直後は、何が起きたのかさっぱりでこれは夢なんじゃないかとすら思った。二度目の激しい揺れでようやく寝ていた意識が覚醒して、現実の出来事であると判断する。意識が戻ったとはいえ、マリルは動揺した。こんなに激しい揺れを感じたのは初めてであって――

 いや。
 初めてではない。
 まさかと思い、マリルは音のするほうを振り向き、
 そこにいた巨大な生物を見た。
 漆黒に浮かび夜を焼き尽くす緋色の双眸。
 見たことがあった。マリルの脳裏によみがえる。車をぶん投げられて、箱から転がり出たときはまさに死ぬかと思った。恐怖のあまりヘタリこみたくなりながらも、辛くも逃げ出した。そして、忘れもしない。新たな施設に送られて研究材料にされるはずであった自分の運命を、あらぬ方向へとひん曲げた原因。
「バンギラス……」
 自然と”知識”のメモリからの言葉を呟いた。
 見ただけでわかる。どんな攻撃でも傷がつきそうにない鎧のような体。背中に猛々しく聳えたつ、狂気と相手を畏縮させるなどいともたやすい鋭い棘のようなそれ。そして何より驚異的なのは、相手を圧倒する巨体。
 ありえなかった。マリルのメモリにはバンギラスの大きさは二メートル程度なハズだ。けれども、このバンギラスは2メートル以上は確実にある。地上のポケモンにしては、尋常じゃない大きさだ。それに、何より不思議なのはその紅炎と燃え盛るような閃々とした赤い目。
 グァアアアアア!
 あまりの咆哮に、木々が鳴いた。
 マリルは声を呑み、戦慄する。
「な、なんでぼくたちを」
 そして、はっとマリルは何かを思い出したように後ろを振り向いて

 今度は呆然とした。
 マリルの視線の先には毛布の起伏がある。
 それも、動こうとすらしていないものである。
「……えー……」
 ミナモは、この状況であろうことかまだ夢の中に居た。
 死ねばいいと、純粋にマリルは思った。このままバンギラスに寝返ってやろうかとも思った。先ほど、こいつについていくなどとほざいてしまった過去の自分がはずかしい。こんなやつについていったら三日で命を落としかねない。たとえば、火山が噴火して逃げなければいけない時とかにも、ミナモは寝ていたりするかもしれないのだ。
 マリルはそんなミナモから視線をはがし、対峙している現実へ目を向けた。
 そこにいるのは正真正銘の化物(バケモノ)。
 血と戦いと破壊しか脳みそにない、ベルセルク。
 皮肉なものだった。作られた二匹はこうして引き寄せられ――運命の上で対峙する。悲しき意識を持たされた者と、悲しき意識を奪われた者。
 二匹は戦わなければならない。一方は運命と、もう一方は――全ての生き物と。

 どうしようか、と思う。
 ミナモを起こそうか。いや、この状況で起きないのに自分が起こしても意味がないのではないかはともかくとして、ポケモンとしてそれはまずすべき選択である。
 けれども、マリルは別の選択をしたかった。
 別にこいつを一人でやっつけて、ミナモに褒めてもらおうという気などカケラもない。
 ただ、こいつは自分が戦うべきなのだと思う。そう、こいつは間違いなく自分の運命にかかわった野郎なのだ。プラスマイナスゼロで何も無かった起伏の無い自分の運命を、甘い汁と苦い汁の混じる波乱の運命に変えてしまったとんでもなく迷惑なやつなのだ。
 これは、責任を取らせる必要があるに決まっている。
 それに、
 初めて運命と対峙する機会なのだから。
 マリルは力を込める。
 勝てないかもしれないと思う。普通に考えてもマリルと最終進化系のバンギラス。伝説と言われていないポケモンでは間違いなく最強レベルのしかも、亜種。それにくらべこちとらかわいいかわいいと巷で言われるのが仕事のようなポケモンであるマリルだ。
 けれど、自分は違う。
 そんじょそこらのポケモンではない、と言われたマリルだ。
 そして――

「かかってこいや、このでかぶつ騒音ポケモン」

 なにより、ミナモのパートナーなのだから。


― Nemo fortunam jure accusat.
 (誰も運命を正しくは非難できない) ―


 WAZUKANA YORUNO KOTODAKEDO MINAMO TO MARIRU NO KYORI HA
 CHIJIMATTANOKANA? SOSHITE MARIRU HA DOUNARUNOKA!? 

→To Be Continued!!
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第二章「暗闇に浮かぶ瞳」完結( No.23 )

日時: 2009/02/07 18:27
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

「シダケってこんなに遠かったっけな」
 遥か彼方の緑色と青色の混じった景色を見つめる。つまりシダケまでそんな感じであり、公式道路が実は自分の後ろにまで繋がっているのではないかとすら錯覚する。朝からぶっ通しで歩いているおかげで、体も心もだいぶ疲れてきていた。
 赤い帽子を被って、黒い髪を揺らして、白い肌を汗で濡らして息を速く吐き出しながら、ミナモは公式道路に歩を刻み続ける。キンセツからシダケは都会から田舎なので、コンクリートから広々とした草原と土の道になっていて、本当にミナモの足跡が刻まれていき、
「いい加減疲れてきたぞ」
 その足跡の上に、より小さい足跡が刻まれる。


 第三章 
 駆け巡る翼、暗躍する影 
 Cura posterior.

 1.黒い馬

 ミナモとマリルは相変わらずシダケタウンを目指して、今日も日課だよっこらせと空で仕事中の太陽の下を歩き続けている。そろそろ太陽の昼休み、つまりのところ南中時刻であり、ミナモとマリルがシダケへと歩き始めてとうに二時間がたった。
「それにな。腹が減った」
「しーっ」
 ミナモは視線を前に向けたままで、人差し指を唇に当てる。言うまでも無く、彼らのさわやかな自然の中での朝食は、喧嘩を売っているように限りなく人工的なカロリーメイトであった。それも一本をミナモとマリルで分けた。
「なあミナモ」
「なに」
「チルタリスで飛ぶのが一番いいとぼくは思うんだけど」
 チルタリスといえばミナモが一番初め手に入れたポケモンであり、物心ついた時からそばにいたポケモンである。綿雲のような翼を持っており、空を飛ぶことを得意としている。歌がとても上手いというのはポケモン図鑑の情報だが、一度でも歌声を聞いてみれば間違いではないことがわかる。
 首を振り、ミナモはため息のように言う。
「僕のチルタリスはな、上昇速度じゃそこらのポケモンの中ではダントツなんだよ」
 それはマリルも知っている。ミナモが逃げる際に使う手段だ。開閉スイッチを押して数秒もせずに、空中へと浮かぶことが出来る。確かに、あれのおかげで何度も窮地を救われた。
「けどね、何故か知らないけどあんまり速く飛べない」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。僕のチルタリスは上昇速度は速いけど、移動速度は遅い。気流があったら話は別だけどね」
「”つばめがえし”の時は何で?」
「わかんない。十年間も付き合ってきて未だ謎なんだよね。先天的なのか後天的なのかもわかんないし。チルットの時は普通に飛べたんだけどさ」
「えー」
 マリルは不満そうな声で言う。しかしながら、実に不思議な話である。仮にもチルタリスはドラゴンポケモンに分類されており、羽があるドラゴンポケモンは大体とんでもない速度で飛んでみせるのだ。そして、ミナモのではないチルタリスも同じように飛ぶことが出来る。これは、ミナモのチルタリスが亜種であると考えるほかはないだろう。
「……ったくよー、だったら地上を速く移動できるようなポケモン持っておけよな。ウィンデイとかさ。だいたい、何で一匹しか連れてないんだ」
「そりゃ不便だけど……あんまりたくさんのポケモンを持ちたくなかったんだよ」
「なんで」
 一拍のためらいを置いてミナモは、
「……仲良くなるの、面倒でしょ」
 マリルはその言葉を聞いて、盛大にため息をつく。
「それに、今まで負けたことなんて滅多になかったからチルタリスだけでもやっていけるかなとか思ってたんだ。結局、負けたけどね」
「バカだな、バカ」
 ミナモは立ち止まって、むっとする。
「あーもう。ぼくは疲れた。休もうっと!」
 見てみぬフリをして、マリルは道路わきの草むらへと体を投げた。
「あーあ……本当、これから先が思いやられるぜまったく」
 かっちーん、という音が頭の中で響いた。とうとう、ミナモがぷうっと顔を膨らませると、
「はいはい、わかったわかった。そこまで言うなら、大きな乗れるポケモンを出してあげる」
 言うと腰のベルトに手を回し、なんとモンスターボールを取り出した。話の流れのからすると、ミナモの持っているポケモンはマリルを抜いてチルタリス一匹のはずである。けれども、ミナモの腰と手にあるモンスターボールは合わせて三つ。
 つまり、ポケモンがもう一匹。
 マリルはモンスターボールを見て、もともと丸い目を丸くした。
「ま、待て! それは……!」
 マリルの言葉を聞かず、ミナモは空中にそれを投げ、
 こう口にする。
「バンギラス」
 モンスターボールは地面につくと同時に、唖然と口をあけているマリルのようにあっけなくパカッと開いた。中から光が出て、巨大な生物を形作る。
 背中の凶暴すぎるトゲ、鋼を凌駕する鎧の皮膚、一振りで山を崩す暴虐の尻尾、木々を軽々超える巨躯、振りかざし全てを圧砕する両碗。
 なにより――
 睨みつけただけで相手の戦意を奪い、震え上がらせる血色の双眸。
 普通のバンギラスならば、白い目をしているはずであるのだが、この目の前にいるバンギラスは違う。充血どころではない、目の組織の色が間違いなく赤色なのだろう。
「……本当、でかいな」
 自分で出しておきながら、ミナモは呆れに近い驚きを示す。浅黄色をしている鋼並みに頑丈な岩肌に、通常よりも大きい体、そしてなにより真紅の目。バンギラスではないようでバンギラスなそいつが放った第一声は、
「グガアァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 随分と大きい声であった。山を崩すなどと言われているバンギラスだが、声だけで山が吹っ飛んでしまいそうだ。
「……これはポケモンなのか本当に」
「たぶん、ね。バンギラスにしては珍しい目の色をしてるけど」
「珍しいどころじゃないぞ。ぼくのメモリにもこんな目をしたバンギラスのデータは入ってない」
「じゃあ、一体?」
 バンギラスは距離をとりながら、おずおずと自らを眺めているミナモとマリルを振り返った。それだけで凶器になりうる目に射止められた二人は、びくっとあからさまに体をこわばらせる。
「――あれ乗っていいよマリル、僕は歩くから」
「そんなことするなら、リニアに鉄橋から飛び乗る方がましだ」
「だよね。あんなのでシダケ行ったら、まるで世界征服しに来ましたってかんじだもん」
 
 グガアァァァァァァァァァァァァッッッ!!!
 
 とりあえず、ミナモはコミュニケーションを試みることにする。ポケモンと共存していく上において大事なのは、間違いなく仲良くなることだ。フレンドリーになればいい。手をつなげれば争いは無くなる。平和になるのだ。
「……やあ元気?」

 ガァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!

 ズドーン!

 ウソでした。
 向けられた男なら誰でも惚れてしまいそうな笑顔でミナモが言ってみても、バンギラスは獲物を見つけたように猛々しい唸り声を上げるだけだ。そして、間違いなく二階に住めないような足音を立てて、ミナモとマリルに近づいてくる。
「食べられるかな? 僕たち」
「いいから戻せ!」
 ミナモはそう言われてモンスターボールを取り出し、バンギラスに向かって赤い光線を向けた。ほんの数秒後にはミナモたちを踏みつけようとしていた足を宙に上げ、赤き目を空に投げ、叫び声を上げていた巨体は、掌に収まるボールの中に戻っていった。
 嵐の過ぎ去ったような静けさが公式道路をかけ抜け、ミナモとマリルの間をよぎる。
 それにしても、とモンスターボールを眺めながらミナモが、
「お前、よくこんなの一人でやっつけたよね」
 まさしく、問題はそれであった。
 あの後マリルは、本当にバンギラスへと立ち向かったのである。そしてどういうわけか、勝ってしまったらしい。壮絶なバトルが繰り広げられていたにも関わらず、ぐうぐうと死体のように眠っていたミナモが旭日を浴び、優雅に爽やかに起き上がって、まず最初に目にしたのが、
 
 氷付けのバンギラス
 
 そういうわけである。
 横ではマリルが、死んでいるようにうつぶせで寝ていた。一体何があったのかすら考える余裕もなく、なぜか無意識のうちに空のモンスターボールをミナモは取り出していた。
 本能に近いものだ、とミナモは今になって思う。
「バンギラスって岩タイプだから、ぼくでもなんとかなるかなって思ったんだけどね。まさか、本当にどうにかなるとは思ってなかったよ」
「まあ……お前が普通のマリルじゃないくらい強いことは知ってるけど……」
 結局のところ、手持ちが合計三体になったミナモである。だが正直なところ、バンギラスをこのまま連れて行こうか迷っていた。
「な! せっかくぼくが捕まえたポケモンなんだぞ!」
「だってさあ。あいつ見たでしょ? 僕ら殺しかけたぜあれ」
「大丈夫だ。ぼくがやっつけたんだからな。何かあったらぼくが守ってやる」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
 腰にモンスターボールを付けながら、バンギラスについて思う。今まで、チルタリス以外のポケモンなんかほとんど使ったことが無く、それに加えあれだけ反抗的で凶暴なポケモン。上手く扱えるか、先行きが不安になる。
「まあ、なるべく使わないようにがんばってくれよ」
 マリルの反論を受け流し、風の吹く草原にミナモは全身を埋めた。青い匂いが鼻腔を抜け、空色の空が頭上に見え、わたあめのような雲が流れて行く。世界はすでに平和であり、戦争なんか無いのではないかとすら思う。けれども現実の世界の何処かでは、こうやってミナモが横になっている僅かな時間でくだらない理由により、無実な人間やポケモンたちが命を落としているのだ。そう考えると、自分はノンキだよなと思うし、こんなことをしてていいのかと思うのだけれど、行動に起こそうとはさらさら思わない。別に自分は平和だしなあ、と結局のところ思ってしまう。
「あーあ」
 いつのまにかミナモによりかかって、同じように寝転がっていたマリルが、
「このままどこも行かないで、ずっとこうしてたいよな」
 まったくだとミナモは思う。嫌なことや良いことなど全てから遊離している、このひと時こそが何よりも愛おしく、大切なものなのだ。この社会の人々が必ず経験しながら、どこかに落としてきてしまった存在。
「まあ、そういわないの。でも、何か乗り物とか凄く早いポケモンとか飛んでこないかなあ」
 ミナモの切実な願いは、草原をかけ抜けた風によって、彼方へと運ばれていく。
 しばらくしても何も無い現実に、一人と一匹は同時にため息をついた。
 雲が流れて、時が流れて、遠い場所では川が流れて、どこかでそうめんが流れて、世界のどこかで血が流れて、ミナモのところではゆったりとした爽やかな空気が流れていく。
 
 そして、あろうことかミナモとマリルの願いはかなうのだった。





 車が走っているなあ、というのがミナモの第一の感想であった。
 ぶうううう、と頭をくっつけた地面から音が聞こえた。だけど、こんなところを走るなんて珍しいなと思うだけで顔にかぶせた赤い帽子をとることもしなかった。そして、再度うとうとと夢心地を味わっていたミナモは、しばらくしてふと地面からの音に再度気がつく。まさか、まだこの音が続いているとは思わなかったのだ。ミナモは、耳に意識を集中させてみた。すると先ほどよりも、大きな音が聞こえる。車だとしたら、どうやら先ほどより近づいているらしい。
 赤い帽子を取り、ミナモは半身を起こした。ミナモの腰辺りで横になっていたマリルが、目を瞑ったままで、
「二輪だな。大型のやつ。ポケモンじゃないから大丈夫だと思うよ」
「……!! ――凄い、わかるんだ」
 マリルは当然という風に、
「この耳は飾りじゃないんだよ。まあオオタチとかピッピには負けるけどね」
 群青に形どられた丸い器に朱色をたらしたような、そんな耳をピクリと動かした。そうこう言っている間にも例の音は、地面に耳をつけなくとも聞こえるようになる。
 と、いきなりミナモは「んっ?」と何か思い出したように声を出した。
「どうしたのさ」
「ええと……マリル、お前さっき大型のバイクだって言ったよね」
「うん、それがどうした」
 記憶を辿る。大型のバイク。ミナモの脳みその中で大型のバイクとくれば、自然とある人物が出てくるのであって、
「あ、来るぞ」
 返事を聞く前に、マリルが先ほどまで歩いてきた道を見て言う。鳴り響いているエンジンの音と、舗装されていない道路を巻き上げた土埃。
 突如、バイクに跨った黒い影が現れた。
 あんまりにも激しいバイクの勢いに、田舎から都会へ出てきたやつが高層ビルを見てポカンとしているのと大差ない表情で、ミナモとマリルは近づいてくるバイクを眺めていた。数秒もすれば激しい土ぼこりをミナモたちに吹っかけ、爆音をキンキンと耳に響かせながら一人と一匹の怒りの視線と文句を追い風に、あっという間にバイクは通り過ぎて行くはずだ。
 だが、次に意外なことが起こった。
 バイクはいきなり速度を落としたのだ。胸の奥を引っかくような不快な音を当たりに撒き散らし、あっという間にスピードを落として、
「えっ」
「うあ」
 急ターンしながら、ぶぶんと音を立てて停止した。まったく土の中の微生物もいい迷惑である。もちろん、ミナモとマリルにも。
 人工的な金属で形作られた車体。スカーフからは環境に優しくなさそうな、黒くて毒々しい煙が吐きだされている。どんな悪路も容易に走り抜ける強靭なタイヤに、ブロロロとうるさいモーター音。
 運転席に乗っていた――男の目にはごつくて大きいゴーグルがつけられている。髪の毛は茶色の短髪。
 そして、ミナモはめちゃくちゃ驚いていた。っていうか、驚いて目を開いた顔がめちゃくちゃである。
 もしかしたらとは思った。
 けれども、まさか本当にそうなるなんて想像でも思っていなかった。
 思い返す。つい最近会ったのはモニタ越しだった。そして、実際に会ったのは……もう、三ヶ月ぶりになる。今まで、家族のように毎日顔を突き合わせていたゆえに、まるで何年もあっていなかったような感覚すら覚える一方で、つい昨日におやすみとでも別れたような感覚もあった。
 バイクの男は、唸り声を上げる馬を黙らせるかのようにエンジンを停止させ、バイクから降りた。
 
 そして、そいつはゴーグルを取り払いこう言う。

「元気にしてる? ミナモ」

 声が出なかった。
 だから、ミナモは体で表現することにした。
 バネのように飛び上がったミナモは、茶色いバイクウェアを着たそいつに思い切り抱きついた。
「ツバサ!」

メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第三章「駆け巡る翼、暗躍する影」開始( No.25 )

日時: 2009/02/07 18:28
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 2.再会と逃走


 ジグザグマ、というポケモンがいる。
 そいつは茶色とベージュのような毛並みと、つぶらな目をしている。鼻がよく効いて、匂いを嗅ぎながら良くジグザグに歩くため、そういう名前がついたらしかった。
 それにしてもポケモンの名前というのは、実に適当である。話は変わるが、カントーからシンオウまで広がったポケモン正式図鑑化の中で、銅鐸という昔の道具に似たポケモンが『ドータクン』と名づけられたらしい。もう少し捻りを入れるべきではないのか、関係者でてこいであった。
 そんなジグザグマは今日も今日とて黒い鼻をくんくんと動かし、まるで空から落ちる雷のようにジグザグと歩き続ける。今日は一体、何が見つかるのだろうか。そんな期待はもちろん持ってはいるもののここ最近このジグザグマ、ロクなものを見つけていない。それがゆえに、少し不安もある。
 参考までにも、おととい見つけたものを例にあげてみると、それは昼寝中のバンギラスであった。ジグザグマがこの巨体はバンギラスであると気がついたときには、既にそいつは寝起きの機嫌の悪さという横暴を発揮し、ジグザグマに襲い掛かってきた。まさに死ぬかと思った。そして、昨日見つけたものはケッキングのハナクソである。仮に自分がトレーナーに飼われていて、そんなもの持って行ったとしたら二秒でボックス行きだろうと思う。
 だが、ジグザグマはあきらめない。
 いつかは必ず良いものが見つかると信じて。
 ジグザグマは期待と若干の不安と切実な願いで、鼻をくんくんとさせ続ける。
 しばらくして、ジグザグマの鼻が反応した。
 何だか、珍しい”におい”がしたのである。
 別にいい匂いではなかった。むしろ、臭いと言われればそうであるが、悪臭というわけではなかった。でも、これは自然で作られたものではないかもしれない。そんな気がジグザグマはした。もしかしたら、人工のものかもしれない。もしかしたら、人間が――そうジグザグマが思った瞬間である。
 爆音が響いた。
 ジグザグマは顔を上げる。そして、目の前に迫り来る黒い鋼の馬を見て

 その後、彼はマッスグマに進化する未来のその日まで、絶対にもの探しなどしなかった。





「ねえ! 今、なんか吹っ飛ばしたよ!」
「え?」
「だ、か、ら! 何か弾き飛ばしたよって!」
 ゴーグルをつけ、前方の彼方を見据えながら間違いなく速度違反な速さでバイクを運転しているツバサに、ミナモはせいいっぱいの大声で叫ぶ。あんまりにも激しいスピードと風のため、ツバサの痩躯に手をまわしがっちりと掴んでいないと、今にも振り落とされそうだ。ヘルメットからはみ出た髪の毛が凄いことになって空中で踊り狂い、服の裾が千切れそうなくらいにはためく。
「気がつかなかった!」
 ツバサは相変わらず前を向いたまま、大声で同じように言った。つまりはそれくらいの速度で走っているのであり、警察に見つかったら大目玉であることは間違いが無い。
 こうなることはとうに予想していたことだが、まさかここまでとは思わなかった。ツバサのバイクの運転は暴れたケンタロス並に危険であることは熟知していたし、実際何度か乗ったときは髪の毛が”だいばくはつ”を起こして、しばらくの間は景色が動き回っていた。しかし、久しぶりに乗ったら余計に酷くなっている気がする。
 そう思っている矢先、ツバサはまたスピードを上げた。ミナモが「うあ」と声を漏らすが風に呑まれてて消える。力をぎゅと腕に込めた。地面の茶色い土が川のように流れていき、景色が”こうそくスピン”のようにめまぐるしく動いて行く。
「マリルー! 大丈夫!?」
「落ちる! 落ちるって! いや、やばいって! 尋常じゃないって!」
 モンスターボールに入ることを拒否したマリルはミナモの上着のシャツの中に入り、ツバサに捉まるミナモのように捉まっている。ミナモを女なのではないかと疑っているマリルにとって、これは反省会並みのことなのであるが、今はどうもそれどころではないらしい。先ほどから叫びまくっている。ツバサに聞こえていないことが不幸中の幸いか。
 そして、
 やっぱり乗るんじゃなかった、ミナモはそう後悔する。





「ツバサ!」
 ツバサと言われた茶髪の男は、キンセツシティの外部連絡エリアでミナモとモニタ越しに対話していた人物だった。
 ひしっ。
「お、おいっ!」
 いきなり抱きつかれたツバサは狼狽した。
 とにかく、ミナモと距離を開け、
「――……えっと、うん……こうして生で会うのは久しぶりだな」
「本当だよね、全然会ってなかったもんね! モニタ越しだと全然会ってる気しないし、このバイクウェアの革の匂いは……」
 くんくんとポチエナのようにツバサの匂いをかいで、
「やっぱツバサだー」
 また、抱きつく。
「……な、なんだよ。とりあえず落ち着けミナモ」
 たじろぎながらもツバサはミナモを押し返す。
「えへへへ……でも、何でこんなところにいるの? ツバサは僕とは違う方向へ行ったはずじゃなかったっけ?」
「――うん、そうなんだけどね。ミナモがキンセツにいるって言うからね、せっかく俺もカイナシティにいたし近いから、かっ飛ばしてきたわけ。そんで、ミナモ……シティの方ね。そっちかシダケのどっちかにしようかと思ってたんだけどさ」
「そっか。つまりは運が良かったってことだね」
「ああ、そうだな。まさか、こんなにすぐ会えるとは思ってなかった……」
 ツバサは若干目を伏せながら言う。何か裏があるらしいがそんなことに微塵も気がつかず、ミナモはにこにことしていた。
「で、何でシダケなんかに行くんだミナモは? あんなところなんもなさそうじゃねえか」
「うん、まあそうなんだけどさ。ちょっとフエンの方に行ってみようかなって思ってさ。近道知ってるから、それでね」
「フエンって言うと確か――今年は百年祭か何かだったっけ? 」
「そうそう。結構、有名な祭だし行ってみようかなって思ってさ。いつ終わるかわからない旅だから、観光もついでにって」
 自分が何で旅をしているのか、そう思い出して少し笑みがミナモの顔をから消える。ツバサもそんな様子を見てか声を少し落とし、
「そっか……俺はさ、カナズミのほうに行ってみようかって思うんだ。トンネル通ったらしいしな」
「へえ……ってあれ、あそこって確かゴニョニョがかわいそうとかそんな理由でトンネル工事やめたんじゃなかったっけ? 随分前にニュースでやってたよね?」
「ああ、そうだったんだけどな、いわいる大人の事情ってやつらしくて、今はもっと各所へつながるように広める作業中らしいよ」
「どういうこと?」
「何でも、別の会社が新たに工事を始めることにしたらしくてさ。住民の反対とかそういうので色々もめてるらしいよ。まあ騒がれるのも無理ないね。でっかい機械が凄い持ち込まれてさ、前やってた工事とは雲泥の差だって言われてるよ。毎日、大きな騒音がトンネル内からシダケとカナズミの方に聞こえてくるほどうるさいらしいし」
「……酷い話だね」
 ミナモはむすっとした顔をして腕を組む。
「どうせまた、私利私欲でやっていこうとするやつ等のせいでしょ。まったく、そういう人には自然とかポケモンの良さがわかんないのかな」
「わかってはいるんじゃねえの。ただ、目の前の金と比べると優先順位が低いだけであってな。人間ってそういうもんさ。俺だって一千万円積まれたら、思わずうんって頷きたくなっちまう」
「ああ……もう、むかつくなあ」
「それに、その企業評判悪いらしいしな。最近飛躍的に社会の表舞台に出てきたけど、裏では汚いこととか結構やってるらしいし、トンネルのことみたく問題も多いんだよね」
「ホント、最低!」
 ミナモにしては珍しく本気で怒っているらしい。かわいい顔が怒りで少し赤くなっている。
 慌ててツバサは取り繕うように、
「ま、まあ……そんなのもあって、シダケにお互い行くわけだからさ」
 その次の一言を放った。
「ミナモも乗って行くでしょ?」
 ミナモはそう言われてぎくりとする。あえて説明すると、この乗るというのはツバサの運転する大型バイクの後ろに乗っかって二人乗りをするということであり、さらに補足するとそれは死を意味する。
 とはいえ、バイクに乗ったらすぐ呼吸が止まって悶え苦しむとかそういうわけではない。大げさな表現であるが理解するなれば、ツバサのバイクの運転ぶりを目の当たりにする、もしくは一番いいのが一度後ろに乗ってみること。別に死ぬというのが、言い過ぎではないことが二秒でわかる。
「えっと……ね」
 言葉を紡ぐことで考える時間を稼ぐことにする。確かにシダケタウンにこのまま歩いて行くとなるとなかなか遠いし、なにより時間がかかる。だからツバサの爆速バイクで駆け抜けるのは、非常に良い手段である。けれども、とミナモは思い出す。あれはまだ孤児院にいた頃。バイクの免許をいつのまにか獲得していたツバサにせがみ、街まで乗せてもらった。最初の方ではミナモに気を使ってか、ゆっくりとツバサは走ってくれていた。そこまではよかったのだ、そこまでは。ツバサが気を使ってくれていることなど気がついていなかった哀れな自分が、「バイクってあんまり速くないんだね」とかほざかなければ、自分はバイク恐怖症になっていなかったのに。いや、あえてツバサの本気(マジ)を知っておいてよかったのかもしれないが。
「うーん、でもツバサに迷惑じゃ……」
 ミナモがないかな、と続けようとしたとき、足に
 
 あいたっ、

 痛みが走った。
 何事かと足元を見ると、青くて丸いポケモンが足を踏んでいる。主の足を踏みつけるようなポケモンであるそいつと、目があった。
 その目は、こう語っている。
 いいから、乗せてもらえと。
 このクソマリルが、と心の中でミナモは思った。
「あれ、それミナモのポケモンなの?」
 ツバサがマリルを指差しながら言う。
「ええと……う、うん。つい最近、ゲットしたんだ」
「へえ、ミナモが? 前はチルタリスしか持たない、とか言ってたのにな」
 ツバサがまじまじとマリルを見ている。まさかこのマリルを一目見て、『実は人間の言葉を話して、頭がずばぬけてよくて、しかも凄く強くて、でも意外とセンチメンタルで、おまけに性格が悪くて、現在は主人のミナモの足を踏みつけている』などと、ツバサが理解することは到底ありえない。
「で、乗るでしょ? 道は同じだしさ」
「え、う――」
 今度は物凄く痛かった。
 ミナモはうあっ、と思わず声を上げて飛び上がった。理由は明解であり、足元にいたマリルがありったけの力で足を踏んだからである。
 足を押さえながらミナモは大声で、
「このアホマリル! 加減っていうものがあるだろ!」
 けれどもマリルは知らないという風に、フンとそっぽを向いた。
 この状況で呆気に取られているのは、もちろんツバサであり、
「……あん? どうしたんだよ、いきなり」
「なんでもない!」
 ミナモは凄い剣幕でツバサに言うと、もう一度マリルと目を合わせる。
 一方でマリルは、同じ目にあいたくなかったら大人しくツバサの言うことに従え、という顔をしている。
 何でポケモンとこんな駆け引きをしなければいけないのか、ミナモは凄く複雑な気持ちを胸に抱きながら、
「……どうなっても知らないからね」





「バ、バイクってこんなスピード出るんだなああああぁぁぁぁぁっ!」
「誤解したら全国のバイクに失礼だよ! ツバサの運転がおかしいだけだって絶対!」
 バイクはブオンブオン音を鳴らし、ガオンガオン空気を切り裂いて、休むことも息を切らすこともなく、ただひたすらにシダケタウンというゴールへ突っ走っていく。自速二百キロくらい出てるんじゃないかと思う。それくらいに速く、掴まることに集中しないとあっという間に振り落とされてしまいそうだった。
「見えた!」
 唐突にツバサが叫んだ。ミナモは風圧で空けるのすら困難な目を必死で開き、景色を眺めてみる。すると、乗る前は遥か彼方にあった稜線が、いつのまにか近づきつつあった。
「もうそろそろ、シダケにつくよ! 道路も普通に戻るはず!」
 しばらくして、ミナモが見ていた地面は茶色から灰色に変わる。どうやらまた整備された道路に変わったらしい。だがミナモにとって、そんなことすらどうでもいい。今はとにかく落ちないように、死なないようにするだけである。

 そして、いきなりのことであった。
 大きな笛のような音がミナモの耳に聞こえた。
 ツバサにもその音は聞こえたらしく、少しばかりスピードを落として後ろを振り返った。ミナモも、マリルを落とさないようツバサにつられて後ろを見る。
 そこには、ポケモンがいた。
 煌々とする火炎のたてがみに、輝きを放つ白い体を持つ馬。
「――ポニータ!」
 手綱をつけられたポニータは四本の足で固いコンクリートをバイクと同じ速さ、もしくはそれ以上で走っている。
 その上にいるのは、
「……人!?」
 ポニータの背中には確かに人間がいた。遠いのであまり確認することが出来ないが、耳当てのようなもののついた黒色の帽子と、ツバサがつけているゴーグルをつけている。何より目を引くのはミナモの髪の毛がそうなっているように、その人間の髪の毛も空中で激しく踊り狂っていることであった。
 ポニータは速度を上げ、バイクに近づいてくる。ツバサは既に前を向いており、ミナモは風を受けすぎて涙すら出なくなった痛い目を必死に開け、迫るポニータと人間を見ていた。
 とうとうポニータは、ツバサとミナモの乗るバイクに並んだ。
 ポニータの上に乗っている人間――金髪の恐らくは女性――そいつはこちらを振り向き、ゴーグル越しにバイクの上のツバサとミナモを見据え、
「はーい! ちょっとそこのカップル!」
 何を言い出すこのアホは、とミナモは真剣に思った。
 案の定、ツバサはそれを無視するかのように速度を上げる。ミナモはうあっ、と小さく漏らしてツバサの腰にまた捕まった。だがポニータはすぐに、スピードを上げたバイクの横に並んで、
「ちょっと! 逃げないでくれる!?」
 甲高い声であった。だが声質の奥に含まれる上品さと大人っぽさに、ミナモはこの女が年上であるということを感じ取る。
「何のようだ!」
 ツバサが振り向きもせずに言った。
「いやーちょっとお姉さん君たちにお話があってねー!」
「だから!?」
「今すぐ止まって欲しいんだあ!」
 ミナモはツバサが次に言うであろう言葉を予想した。間違いない。百円か二ペソかけてもいい。
「断る!」
 正解である。
 ポニータに乗った女は別段驚いた風もなく、ツバサがそう答えるのを予め読んでいたみたいであり、
「あらそう」
 と笑顔でそう言って、
「じゃあ、これならどうかしら?」
 着ている薄手の白いコートのポケットをがさがさとやり、ひょいと手に持ったそれをツバサたちのほうへと向ける。ツバサはまた顔を横に向けた。そして、今度はすぐに前に顔を戻すことはしなかった。ゴーグルごしでよくはわからないが、ツバサは驚いているように見えた。
 ミナモも見た。女の出した――小型液晶ディスプレイに浮かぶ――ポケモン協会という文字を。
「ポケモン協会だって!?」
 ポケモン協会といえば、政府の次に権限を持つといわれている、ポケモンに関するあらゆることを取り扱う組織の名前である。近頃では、チャンピオンクラスのトレーナーたちが集まる軍のような集団を持っているなどと噂されているほど、権限も規模も大きい組織だ。とりあえず、この場ではポケモン協会については置いておくことにする。問題なのは、その協会の人間が持つ権限。もともとポケモン協会とは、各地方の治安を守ることに重点が置かれている。ゆえに、協会に所属するものは政府から『犯罪者拘束および逮捕』『正当な理由によるトレーナーへの直接攻撃の許可ライセンス発行』などと、治安維持のための様々な権限が与えられているのだ。
 なんといっても、今問題なのはこの権限である。
 犯罪者、というのは必ずしも全てが過去のロケット団のようなものとは限らないのだ。例えば人のわざマシンを勝手にパクったり、自転車で相手をぶち飛ばしてみても犯罪だし、水着の女の尻を無断で触ればビンタとともに真っ先にお縄になる。普段ならば警察が行うようなこともポケモン協会でもそれは出来るのだ。
 やばい、と思った。
 何故、この女が自分がポケモン協会の一人であるということを証明してまで自分たちを止めようとするのか。
 そんなものマンキーにもわかる。
 犯罪をしているからに決まっているじゃないか。
「さ、今度こそ止まってくれるわよねー」
 液晶ディスプレイをしまい、にっこりと微笑む女。
 そう言われたツバサは女から視線を引き剥がし、前を向いた。どうするつもりなのだろうか、とミナモが思った瞬間、
 振動と強風と供に、爆音が響いた。
 女の方を見て油断していたミナモは、本気で死ぬかと思うくらいにバランスを崩した。お腹のマリルが何も言えないくらいにこわばって、ぎゅっとミナモの体を掴んだ。
 だが、そんなこと気にしている場合ではない。バイクは女とポニータに止められる前よりも速いスピードで走り始めた。エンジンの咆哮が、鼓膜をこれでもかと刺激している。
「な、何してんのツバサ!」
「たかだか速度超過で捕まって罰金払うのはごめんなんで!」
 やっぱり、と心の中で呟く。そもそも前を向いた時点で、というよりこんな速度で走っている時点で予想はついていたのだ。今まで法というものを無視して運転し続けてきたツバサが、暴走族なのではないかと思う。けれど今は、そんなことよりも、
「待ちなさいっ!」
 自分の脇の間から僅かに見える後ろを覗いてみると、後方からバイクに負けず劣らずのスピードでポニータが翔けてくるのが見えた。
「そこのいかついバイク! スピード超過と危険運転および権限無視により拘束しちゃうわ!」
 だがツバサは止まることはなく、バイクをこれでもかと加速させていった。エンジンは轟音を鳴らし、地面はコンクリートの灰色をした激流が流れていて、鼻には風の冷たい匂いが差し込む。真っ黒な車体が獰猛な生き物のように、シダケタウンへと続く道路を唸りながら走って行った。あんまりのスピードにもしかしたら、このまま逃げ切れるのではないかとミナモが考えてすぐに、
 バイクから三メートルも離れていないところに、炎が伸びた。
 驚いたツバサが「うあっ!」と叫びながらバランスを崩す。車体は少し傾くが、スピードは緩まない。
「止まりなさい! 止まらないと次は当てるわよ!」
 そう、言っている間にも炎は飛んできた。
「ハナから当てる気でいるじゃねーか!」
 ツバサが文句をたれながらアクセルを精一杯いれ、限界までスピードを出す。ポニータの追跡から逃れられる気配はないが、バイクは段々と遠くにあったはずのシダケへ近づいていった。
「よし! このまま街に入って振り切る!」
 何軒か家がぽつぽつと現れ始める。のどかなシダケタウンの街へと入ったのだ。道路のコンクリートは再び途切れ、街中は若色をした美しい芝生で作られた地面へと変わった。おそらくはこののどかな街を守ろうと、街中の人が協力して作り上げたのだろう。高原特有の風や、周りに聳え立つ緑色をした遙かな山並みが、街を小さく感じさせる。ホウエンで一番空気が美味く、自然の多い街である。
 そんな中を容赦なく爆音を上げ、空気を排気ガスで汚し、丹精込めて育てられた芝生をこれでもかと蹂躙し、バイクは走り抜ける。
 ミナモはまた、自分の脇下から後ろを覗いた。すると、女が人差し指と鋭い目をこちらに向けているところだった。
「ちょっと! この街は排気ガス厳禁なのよわかってる!?」
「じゃあ見逃してくれ!」
「そんなことするわけないでしょ!」
 そう女は叫ぶと、指していた右腕を上へと掲げ、
「我慢できないわ! 今度こそ絶対当てる! 十秒以内に止まりなさい! 十!」
 あんまり女が怒っているので、不安になったミナモは、
「止まらないの!?」
「止まれないの! 最高スピードぶっぱなしといてすぐ止まれるバイクがあるか!」
「九!」
 そうこうしている間にも女は数を数え続ける。八。
「あーくそ! こんな状態じゃポケモンだせねえしよ! どうすんだ! 免許剥奪はごめんだ!」
 ツバサはヤケになり叫んでいる。七。
 そして、ミナモはあることを思いついた。だがそれと同時に、その作戦は成功するのかと思う。
「六!」
 いや、そんなこと思っている場合じゃない。ヘタすれば自分も巻き添えをくって黒こげになったあげく、豚箱行きかもしれないと思う。緑のための共同募金百円が払えないやつに、罰金など払えるはずも無い。
 とうとう五で、ミナモは意を決して叫んだ。
「スピード落として!」
 ツバサはいきなり言われたので焦りはしたが、背中越しに伝わるミナモの並々ならぬ大声と剣幕に押されて、バイクのスピードを落とした。四、三でスピードが落ちなんとか動けるようになったミナモは、自分の服の中に入ってしがみついていたマリルを無理やり外へ引っつかんでだした。
 マリルは慌てた様子で、
「な、なっ!」
 だがミナモはそんなマリルを無視し、両手でがっちりマリルを掴んだ。下半身、特に足に力を入れる。既に女は「二!」とカウントしていた。
 今更、何も考えることは無い。
 そして、あろうことかミナモは恐るべき体の柔軟さを駆使して、まるでバレエの選手のようにマリルを持ったまま大きく体をのけぞらした。
「何やって……!」
 マリルが逆さまになった景色にいたポニータと女を見たとき、丁度、一と女が数えた。
 マリルの視界で、女が掲げていた指を勢い良く振り下ろしこう叫ぶ、
「”かえんほうしゃ”!」
 同時に逆さまになったおかげで外れそうになったヘルメットをかろうじてぶらさげ、長い髪の毛を全て下にたらしたミナモも、
「マリル、”みず”!」
 んなワザねえよ、とマリルは叫びたかったがそうもいかない。目の前には、すぐ炎が迫ってきていたからである。マリルは”みずでっぽう”を発射した。勢い良くマリルのかわいい口から発射された水は、高温の火炎へとぶつかって一瞬で蒸発する。だがその際の水蒸気は、炎のエネルギーが昇華したものだ。女の顔がゆがみ、ポニータは止まりながら足に力を入れて踏ん張った。同時にようやくバイクが止まる。バイクを止めたツバサは、慌てて後ろを振り向いていつのまにかバレエ選手になっていた幼なじみと、”みずでっぽう”を出し続ける青ネズミに唖然とした。
 走っていたために燃料切れのポニータは、苦しそうな顔をしてたちまち炎を吐くのをやめた。それを確認したミナモはすかさず叫ぶ、
「”れいとうビーム”!」
 マリルの吐く水は冷気にかわり、凍てついた光線はポニータの体に当たる。ダメージ。それを見た女はくっ、と声を漏らし、
「戻れポニータ!」
 どさりっ
 と、同時にミナモは相当無理していたらしく、
「いてっ!」
 横向きに傾くとそのまま地面へと落下した。
「お、おいミナモだいじょうぶか!?」
 一方で帽子を外した協会の女が、
「くぉらあ! あなたたち! 自分が何してるかわかってるの!?」
 と、芝を踏みつけながらプンスカとバイクへと近づいて来た。
「ポニータで炎撒き散らされながら追いかけられたら、誰だって逃げるに決まってんだろバーカ!」
 ツバサが大声で反論する。いわいる”逆ギレ”である。
 ミナモはのっそりと起き上がりながら、
「痛たたた……」
 そして、女と言い争いをするツバサに何か言おうとした。
 だが、それよりも僅かに早く、

 ぶーっ!

 先ほどは炎を退けたみずでっぽうが、ミナモの綺麗な顔に炸裂した。ぼさぼさになった髪の毛が一瞬で水分を吸い、ミナモの肩にかかる。
「うあっ!」
 事態を収集するまもなく、マリルが猛烈な口調で、
「お前はアホか! 死ぬかと思っただろうが! 大体な、あんなスピードで走っている中いきなりほっぽりだして、”みず”なんて言われても困るんだよボケ! ぼくがかしこくなかったら今頃、黒コゲだったじゃねーか!」
 これ異常ないくらいの剣幕で、ミナモをまくし立てた。
 興奮しているマリルにミナモは、びしょぬれになりながら、
「ごめん、今回ばかりは……」
 僕が悪かった、そう言いかけて、その場に漂う異様な空気を感じ取った。

 ……

 ……

 マリルが人前で、

「あっ」
「やばっ」

 もちろん、後の祭りである。

 ツバサはゴーグルを右手で外しながら、しかめっ面とアホ面を足して割ったような顔でマリルを呆然と見ていた。外したゴーグルが、余りの驚きに手からするりと音をたてて地面に落ちる。
 女はツバサに非難の指先を向けたまま、さっきのミナモみたくぼさぼさになって顔にかかった髪の毛を払い、瞬きを数回してツバサと同じようにマリルを見て固まっている。
 両者に共通しているのはこの事態の意味を掴みかねていることと、驚きの対象がミナモの目の前にいる、ついさっき水をぶっかけたネズミであるということだ。
「あーあ……」
 この後に起こるであろう面倒な事態を想像して、ミナモは大きく溜息をつくのであった。
メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第三章「駆け巡る翼、暗躍する影」更新中( No.27 )

日時: 2009/02/07 18:30
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

3.シダケタウンにて


 案の定、死ぬほど面倒な日だった。
 ミナモはポケモンセンターの宿泊施設な一室のベッドに、仰向けで倒れこんだ。ぎしぎしとバネのゆがむ音がして、足元にいたマリルもベッドの上に飛び乗った。
 しばらく目を瞑り、疲れをベッドに預けた後でミナモは起き上がり、帽子を取って上着を脱いでベルトを外し、そのへんにほっぽる。ポケモンセンターの宿泊施設は文字通り宿泊だけであり、ワンルームにはベッドとクローゼット以外に何も無い。しかし、都会の方の人が多く集まる場所のポケモンセンターなんてのは、大広間みたいなところに大量にベッドが並べられ、まるで死体安置所の死体みたく寝なければならない場合もあるのだから、シダケのここは上等な方だ。
 部屋から出てミナモはロビーへ向かった。ホテルやらの廊下特有であるゴースの一匹でも出そうなくらいの静けさの中を歩き、途中で洗濯物をコインランドリーに突っ込んでサイコソーダを一本買った。後二日もすれば財布は本当に餓死しそうな按配だったが、あえて気にしないことにする。ちなみにマリルは「ぼくは部屋にいる」とベッドの上で跳ねながら言っていたので、そのとおり部屋に置いてきた。
 ロビーにはあまり人影が見当たらなかった。窓からは緑の多い町並みが、夕闇の色に染まっているのが見える。この時間はコンテスト夜の部の時間であり、シダケに来るトレーナーのほとんどがコンテスト会場にいるのだろうから、ポケモンセンターにあまり人がいないのは理解できた。コンテスト終了の時間まで後一時間弱、その時間ともなればこのロビーもにぎわい始めるだろうが、それまでは上の空調が回る音くらいしか聞こえないほどの静けさだった。
 ミナモはロビーのソファにどかりと座った。サイコソーダのフタを開け、一気にあおる。半分ほど飲み終えて、けぷとかわいらしいげっぷをし今度はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取った。そのまま、真っ黒な画面のテレビに向けてリモコンを向けボタンを押す。

『――タウンへの犯行予告状は政府やホウエン地方ポケモン協会、ならびに各メディアへと匿名のメールで送られてきました。文面には「我々は、自然保護およびポケモン達の安全と安らぎを妨げるカナシダトンネル再開発に遺憾の意を示し、これに抗議する。いかなる批判や弾圧があろうとも、この考えを曲げることはない。我々の意思を世間ならびにカナシダトンネル再開発に関係のある各企業へ示すべく、我々は暴力による解決を辞さない。一週間以内に再開発を中止することを我々は要求する」と書かれており――』
 チャンネル変更。

『――政府およびポケモン協会はこの犯行予告状に対し、悪質ないたずらの可能性もあり、再開発に関わる各企業はこの要求を呑む必要は無いが、万が一の可能性も視野に入れ、作業や周辺の警備を強化し警戒するようにとの声明を発表し、ポケモン協会は内部警察組織から人員を派遣することを決定しました。一方で、カナシダトンネル再開発事業の関係各企業も「工事をやめるつもりは一切無い」と、この再開発問題が提議された当初とほぼ変わらない姿勢を見せており、民間団体からは――』
 チャンネル変更

『――こちら現場です。ここシダケタウンは、自然が多くあり様々な種類のポケモンたちが平和に暮らす緑豊かで閑静な街として有名です。ですが、現在のシダケタウンでは夕刻にも関わらず、ポケモン協会から派遣されてきた警官や局員の姿が多く見られ、ものものしい雰囲気がどこか漂っているように感じられます。ご覧いただけますでしょうか、私の後方には渦中のカナシダトンネルがあります。現在は夜のため作業は行われていませんが、出入り口付近には多くの巨大な機械が顔を覗かせています。予告状が届いてから、シダケタウンでは以前からの再開発事業反対の呼びかけに加え、不審者の目撃情報を募るなどのことも回覧板や街のチラシに載せられる様になり、住民たちの不安は不満とともに――』
 チャンネル変更。

『――だから言ったんですよ。最初から、こんな工事はしなくてよかったんです。もともとはカナズミシティと繋げられれば良かったのにそれを拡大する必要は無いし、人が通れるだけで十分だったんです。それに、何のために工事をやめたと思っているんですか。ポケモンたちが可哀想だからじゃないんですか? なのに工事を今更になって再開するなんて、犯行予告状が来ても仕方が無いんじゃないんですか? これは責任問題になりますよ――』

 数年前に起きた大騒動以来、事件の事の字も出てこないくらいに平和だったホウエン地方に久しぶりに出現した波風は、あっという間に広がった。テレビはこのざまである。おそらくは他のメディアも。ここ最近は金が無くて生きることに精一杯だったり、話すネズミに会ったりしてしまったため情勢にうとかったミナモは、今日になってようやくこの出来事を知ったのだった。
 けれど少なくとも今のミナモにとって、そんなことはどうでもよかった。何が犯行予告状だ。そんなこと勝手にマンガの中ででもやっていてくれればいい。自分はそれどころではないのだ。

 あの後のことである。
「しゃ、喋った!?」
 とツバサ、
「そんなバカな話……」
 と女。
 やっぱり、とミナモは呆れたように再度の溜息をついた。だが無理もないと思う。自分だって、最初に見たときはそう思った。まさかポケモンが人間の言葉をしゃべる、なんて夢でしか思わない。そんな常識をぶち壊す存在がいきなり現れたら、誰だって混乱するに決まっている。
「えーと、えーとだね……」
 だが何て説明すればいいのだろう。考えてみれば、自分は喋るポケモンと話す時の会話を知るわけが無いと思ったが、喋るポケモンについて説明することも初めてであり、そんなことやっぱり知らない。
 だから、
「まあ、こいつは喋るんだよ」
 と言ってみたが、
「な、何で!?」
 当たり前の返答であった。ツバサは驚いたままミナモに問う。ミナモの横であーあ、という風にマリルがめんどくさそうな表情をしていて、他人事のように思いやがってと少し腹が立った。
「そんなこと僕も知らないよ。けど、会った時からこいつ喋ってたよ。うん」
「う……ウソだあ……」
 ツバサは信じられない様子だ。本当にその気持ちをミナモは理解できる。常識なんていうものは、あくまでも生きて行く上で面倒な障害を省くために、存在しているようなものなのだ。崩れない方が、断然ましである。自分にかかわりのない見えない物を、わざわざ見る必要なんか無いのだ。
「ぼく、説明するの嫌だからな。ミナモがやれよ」
「えー、だって……」
 という一方でやっぱり、
「うわー本当に喋ってるよ……」
 しばらくツバサがじろじろとマリルを観察し、何だこのヤロウじろじろ見るなと怒りそうな雰囲気をマリルが出し、ミナモはどう説明しようか悩む光景が続く。とりあえずミナモは少なくとも丸一日はかけなければいけなさそうな説明を後回しにすべく、
「と、とにかくさ、ツバサ。今はマリルがどうとかじゃないでしょ」
 そう言って、女の方を見た。
「えっ? ああ……」
 急に話の矛先が自分に向いた女は一瞬たじろいだが、すぐに目つきを鋭くし、
「おほん……あなたたち、これからどうなるか覚悟はいいかしら?」
 思わず、ミナモは身をこわばらせた。交通違反と執行妨害くらいじゃまさかムショ行きはないだろうと思う。けれども先ほど見せられた女の電子手帳から漂った威圧するような雰囲気に、この女が只者ではないということが確かであるのはわかる。
 女はじっと、ミナモとツバサを睨んでいる。
 二人も次の言葉を待ち、ごくりと唾を飲み込んだ。
 しばらく女は何も言わなかったが、
 不意に、
 ふうっ 
 と、力が抜けたようにため息をついて疲れた表情をし、
「……とまあ、言いたいところなんだけどね」
「……へ?」
「残念だけど、忙しくてあなたたちの相手してる暇がないのよね」
 訝しげにミナモは、
「忙しい? 忙しいってどういうことですか?」
 腕を組んで、女はため息と驚き混じりに言った。
「あら、知らないの? ニュースでやってるじゃないシダケタウンへの犯行予告」





 一番最初にバイクに乗ろうと思ったのは、いつのことだったか。
 思い始めた当初の自分といえば、孤児院でのうのうと暮らしていたはずだ。初めて連れてこられた日から数年がたち、自分にも過去が出来て現在が認識されるようになった、それくらいの頃。自分はただ単にバイクというものに憧れていた。テレビや本の中で見るバイクと言うものに、まず興味を覚えた。黒い鉄の塊のような物体が、人を乗せ、唸り声を上げ、道路を凄い速さで走る。ただそれだけのことに、自分は魅力を感じた。一度でいいから、あれに乗ってみたい。あれに乗って、自分も走ってみたい。風を受けてみたい――そして、そんな思いを心の片隅に持ったまま、当時の現在はまた過去になり、十五歳の現在が訪れた。別に自分は毎日朝起きて一日を感じるたびごとに、バイクが欲しいなどと思っていたわけではない。だからきっかけは別段変わったこともなく、ふとバイクの免許でも取るか、そう思っただけである。
 バイクの免許は十五歳で取れる。ちなみに車の免許は十八歳。車はトラックなどのような大型だと二十歳。バイクは大型だからとか特にそんなことはなく、だから先生に頼み込んで街の店でだいぶ大きくて、だいぶ経済的ではないバイクを買った。先生は「出世払い」ということで頼んだ次の日に、テーブルの上のトーストと一緒にトランプみたくたくさん束になった、いわいる札束を「ぽん」と置いてのけた。いったいぜんたい、どこからこんな金が出てくるんだろうと思ったが、貰った時の自分はあまりの嬉しさにそんな疑問は彼方に置き忘れていて、結局何円だったか今は覚えていない。とにかくゼロが多かった。そしてそれから一週間もたたずに、自分は新品のバイクにまたがり、危なっかしい運転で孤児院へと戻ってきたのである。
 だからが故に、心配なのであった。
 ツバサは先ほどから、ベッドの上で頭を抱えている。小さなワンルームのベッドの脇には、ゴーグルやサイフなどあらゆるものが落ちていた。あんまりにも気になることがあり、脳みそのキャパシティはそちらに奪われてしまうばかりで、持ち物のことなど微塵も気にしていなかったのだ。ただ、三つのモンスターボールだけが机の上に置かれている。部屋の隅では、黒い毛並みに骨のような白く固いものが身体の各所から出ていて、モリの先を連想させる矢印型のするどい尻尾を持ったポケモンが、外見に似合わず大人しく座っていた。全国図鑑二百二十九番目で、基本的にホウエン地方には生息しないとされているポケモンのヘルガーだった。ヘルガーはツバサがどんなにうんうんあーあー唸ってもがこうが、澄ました顔で尻尾をゆらゆら動かして座っている。
 先ほどから、同じことしか頭の中を回っていない。
 ずばり言うと、バイクは大丈夫だろうかということである。
「あああ、死にたい。本当に死にたい」
 ツバサはベッドを転げまわりながら、そう言った。

『もう四回目だ』

 すると、第三者の声がする。
 もちろんツバサの声ではない。この部屋にいるのはツバサとヘルガーだけである。
 つまりこの状況は、おかしいどころの話ではない。
 けれどもいたってツバサは普通だし、ヘルガーも然りだ。
「どうしよ。本当に。免許なんかどうでもいいけど、バイク没収されたらホント生きていけないわ俺」
『何を言う。もともと、予想していた事態なんじゃないのか』
「考えはした事態だけど、まさか本当に起こりうるとは思わなかったんだよ。ちくしょう、一体何がいけなかったんだ」
『それを言えと言うのか? 当てる自信はあるぞ』
「言わねえよ」
『そうか。ならば、運の問題ではないのかとでも言っておこうか。何事も運とか人間なら神様とか、そういう取り留めのなくて偶像的なもののせいにすると、怒りはすっきりするものだ。根本的解決はしないがな』
「後者の注釈はともかく、運ってのはそうに決まってるよな」
 と言ってから、いまいましげに、
「シダケでなんか揉めてるとは知ってたけど、なんでポリ公、それも協会の輩とばったり鉢合わせちまうんだ。いくらなんでも神様いたずらしすぎだ」
 ――あの後、やっぱりといえばそうだが考えていた通りのことが起こった。
 ミナモのマリルのことは、とりあえず置いておく。考えるときりがない。
 あのポケモン協会の女――ユキネと別れ際に名乗っていた。ユキネは最初、自分がシダケに来ている理由を話していた。


「ニュースでやっているあれか」
 ユキネがミナモに言った、シダケの犯行予告という言葉を聞きツバサはぽつりとそう呟いた。運転中に聞いているラジオのニュースのトップバッターといえば、もっぱらそのことしかない。自分が今いるシダケタウンへの、犯行予告声明についてだった。
「そう、それそれ」
 ユキネは腕を組み、まるで呆れるように、
「最初はただのいたずらなんじゃないかって思ったけどね。なにせ久しぶりの事件のニオイだから協会もはりきっちゃってさ。おかげさまでメディアは騒いじゃうしホント、現場につくものとしては迷惑きわまりないわ」
「そんなに大事なの?」
 とミナモ。
「そりゃご無沙汰だもの。ここ何年か事件のじの字もでてこないくらいに、何も無かったんだから。おかげで、暇な私達はそこらのポリと同じように窃盗犯のケツおっかけてるだけの日々のよ」
 見かけによらず、随分と乱暴な口ぶりだなとツバサは思った。
 ユキネは二人の言葉を待つ間を入れずに、
「そーゆーわけで、あんたたちの相手してるほど今日はヒマじゃないのよね。それに、この私から逃げるなんて一万光年速いわ。私を誰だと思っているのまったく」
 んなもんしるか、と言いかけてツバサは言葉を飲み込んだ。このポケモン協会の人間は実に砕けたやつだった。政府関係の人間と聞くだけで、ツバサの脳内でそいつは堅物で冷酷で血も涙も無いような機械人間に成り果てるのに、この目の前にいる女は本当にその手の関係者なのかも疑いたくなるほど、イメージとはかけ離れている。
「まあ、お姉さんは寛大だから今回だけは見逃してあげる」
 その言葉聞いて表情を変えるものか期待などするか、と思っていたツバサだが自然と顔が緩んでしまったらしい。それを見てユキネは目を鋭くすると、
「勘違いしないの、犯罪者。見逃してあげるって言っても、罪に問わないってだけよ。反省はしてもらうわ。こっちも仕事でやっているんだもの」
 そーねー、と顔の前に手をやりしばらく考えた後に、

「そのかっくいいバイクをしばらく預かっちゃおうかしら」

 ツバサにとって表情を変えるなと言うのは、流石に無理な注文であった。
「はあああああっ!?」
 あんまり急に大きな声を出したので、そばにいたミナモはびくっとしてツバサを振り返った。しかしユキネは、ツバサの大声じゃびくともせずに、
「なにもそんなに驚くこと無いじゃない」
「いや! だ、だって!」
「別に、没収してスクラップにしようってわけじゃないの。預かるだけよ。預かるだけ。うーんと、そうね、私がシダケにいる間くらい預かっちゃおうか」
「いやでも! 俺、困るし! 移動手段それしかないですし、ほら、手入れとかもしなくちゃいけないし!」
 いかにも見苦しい言い訳のしようである。だが、言わずにはいれなかった。命の次に大事で、三度の飯より大事なバイクを持っていかれたら、おそらく夜は寝れない。
 だけどやっぱりユキネは、
「ごたごた言い訳すると逮捕しちゃうぞ」
「え、あ、ぐっ……」
 権力の差とは無常であった。


 貰った紙を広げてみる。
『始末書』
 どこからどう見ても、一般市民に渡すようなものではない。ポケモン協会内部のものが何か問題でも起して上から貰い受けるものだろう。その証に『部署』という欄がある。部署とはポケモン協会の内部組織の分割されたものに違いない。
「あの野郎、本当にポケモン協会のやつなのか? これ絶対あいつのだろ……」
 ちゃんと書いておくこと、誤字脱字をしないこと、ペンネームを使わないこと、そう言われた。明日の朝に自分のところに渡しへ来い、とも言われた。まるでスクールのガキじゃねえかと思う。本来ならば誰がこんなもん書くか、とすぐさま良く飛ぶ紙飛行機を一分で作って、窓から広がる大きな空へ目掛けて放ってしまいたいところだが、いかんせん云十万円の自分の形見がかかっているのでそういうわけにもいかない。ああっと頭をかきむしり、死にてえと言って机にその紙を置いた。また、『五度目だ』というあの声がする。
「――まあいいや。とりあえず、これは寝る前に書こう」
 ツバサはそう言って起き上がった。
「ああちくしょう。今日は色々頭を使ったりするめんどうなことが多いぜ」
 靴を履いて、行くぞヘルガーと言うとツバサは部屋から出た。言われたヘルガーは立ち上がり、後をつける。
 バイクのことは考えていても仕方が無い。
 気にしないようにしよう。
 うん、できないけど。
 次に重要な問題、というより謎である。ツバサはそれもまた確かめなければならないのだ。
 すぐ近くにあった、同じ宿泊施設の一室の前でツバサは立ち止まった。
『どこへいくのかと思ったが……例の奴か』
「ご名答」
『私も奴については興味がある。意思疎通をする能力を持つ者は数多くいるが、口からあのように言葉を出すやつは今まで見たことがない』
「宇宙は広いんじゃねえの」
『だが、世界は狭い』
 ツバサはふんと鼻で笑うと、部屋をノックした。





――ミナモとツバサがユキネに追われてシダケに来る、少し前の話である。

「いや、なんというか珍しいねえ。いいねえ、直々に命令貰うなんてえのは、本来あることなのかい。よっぽどな実力者じゃないとこの部屋には入れねえと聞くんだけど、そりゃあ俺様も認められたってことかい。気持ちいいねえ」
「何を今更。貴方みたいなのがここに来ることは既に必然。ただ、暗殺者(アサシン)っていうのは殺しが目的な存在だから、狩人(ハンター)ほど複雑な任務じゃないのよ」
 相変わらず黒のように暗い部屋で、例の女は言った。だが、今回はイスではなく大きな机に腰をかけている。
「おやまあ、殺しを簡単なことだとおっしゃるわけだ。すごいねえ、命をなんだと思っているんだろうねえ」
 きしししし、と耳に障るような笑い声。
「あなたに言われるとは思いもしなかったわ。ハンターは何かの目的でそのミッションを達成するべく動く。ミッションは誘拐だとか不確定要素を予め叩いておくってところかしら? そういうのがハンターの仕事。けれど、ハンターは命を狩るわけじゃないわ。語弊がそこに生じるかもしれないけれど、この場合のハンターはそのままの発音、狩猟行動的要素が強い。ある一定の目標、目的を達成するべく動く。けれど、アサシンは違う。そのまま、とにかく対象の命を狩ればそれでいい。例えば……そうね、ある国が武装していて周囲に危険が及ぶ。それを解決する場合、相手を説得して解決するのと相手を潰して解決するのとでは、どちらが簡単か考えればわかることね」
「つまり、前者がハンターで後者がアサシンなわけだ。確かに、そう考えると随分アサシンの方が楽だねえ。口先より腕力の方がよっぽど便利と来ている。けど、それなりの腕力を持っていないと意味がないんじゃないかねえ。人間っていうのは基本的に力が無いから、脳みそっていうのを使うんだしねえ。ま、ポケモンに頼り切っているアサシンなんて、ファンタジーの世界のアサシンに嘲笑されそうだけどねえ」
「あら、この組織をなんだと思っているのかしら。そんなに弱い奴をアサシンとして使うわけないじゃない」
 それもそうだねえ、きししししっとそいつは笑いながら言い、
 
 ふと、殺気を出した。

「それで――今回、俺様には誰を――殺せって言うんだい」
 びっくりするくらいに真っ白な髪の毛をした男が、獰猛な笑みでそう言った。きしし、と恐らくは男の癖なのであろう笑い方。
 だが、男にとって予想外な言葉を女は言った。
「今回の任務は今までの任務とは違うわ」
 男は意味を捉えかねる。
「なんだいそりゃあ。わけがわからないねえ。ちなみに、ランクはいくつなんだい」
「もちろん、Aランクに決まってるじゃない」
「へえ、Aランクかあいいねえ。いいねえ、燃えるねえ。そんなに重要任務なんだ。でも、所詮Sじゃあないねえ」
「あたりまえじゃない。ランクSの任務の場合それは組織崩壊の危機くらいだわ」
「きししし、それじゃあSランクはありえないってことだねえ。この組織が崩壊するなんて地球が消滅でもしない限りありえないからねえ」
「そう言って、ロケット団やら数々の組織が闇に消えたわ」
 きししし、男は大仰に手を広げて笑った。
「いいねえ、いい冗談だねえ」
「それで、今回Aランクになった理由――それは計画の一部だから」
 それだけね、と続けた。
「へえ、計画ねえ。で、その計画ってなんだい?―――って、まあどうせ下っ端には教えてくれないんだろうけどねえ」
「そうね。けれど、そのうちにわかるわよ。そもそも、この組織がなんのためにあるかぐらいわね」
 女はその後、今回の任務について大雑把に説明した。白髪の男は聞いているんだか聞いていないのかわからない様子でキシシシと、ところどころで笑いながら立っていた。
「――いいわね。とにかく、派手にやる方が良いわ」
「いいねえ。派手っていうのは実にいい。子供の頃を思い出すねえ――って、今回の任務が今までとどう違うかって言うのか理解できないんだけど。あんたはさっきアサシン、ってところでそんなことを言わなかったかい。つまりはそのアサシンの本業とは今回違うとでも言うのかい」
 女は、察しが良いわねと言い、
「で、今回あなたに命令するわ。その命令は今回の任務の本質と関わりがあること」
 そこで一つ間を区切った。
 暗澹とした空間に、一切の音がなくなる。
 再度、女は口を開き、
「”殺し”はだめよ」
 そう言われた男は、急に今までのへらへらした雰囲気を無くし、真顔になった。
 キシシシ、と笑うが随分と乾いた笑い声になり、
「……可笑しなことを言うねえ。あんたの割には珍しい」
 背筋に寒気を感じさせる目で、暗闇を睨みつけ、
「あんたはアホなのかい? ――俺様がどんな職業かもう一度言おうかい? アサシン、殺し屋だよ。まあ、厳密に言うと違うんだけどね。それでも、殺という文字が入っていると言うことは相手の生命を停止させ、この世界の舞台から消すことが目的であり仕事であり使命であり意義であるんだよ。それをしない、どういうことなのかねえ」
「あら、それじゃあ命令に従ってくれないというわけ?」
「おっと、強引だねえ。そんなことは言ってないよ。ただ、質問してるだけさ。先ほど、殺しを行うのがアサシン、と言ったよね。それでも、今回の任務に殺しは無い。つまりは先ほどの例えなら口先で解決しろ、ってこった。んなことハンターにやらせておけばいいことだろう。この俺様が出る幕じゃないんじゃないかねえ?」
「そうね、あなたの言うとおりそういうことになるわ。だから、今回の任務はアサシンとしてのあなたにお願いするんじゃないわ。あくまでも、暗夜行路(ナイトブレード)のあなたにお願いするのよ」
 随分と物騒な――男が先ほど言っていた通り名なのだろう――そう呼ばれた白い髪の毛のアサシンはそう言われキシシシと笑った。
「いいねえ、面白いねえ。確かに、俺様は”ナイトブレード”そんな風に言われているけれどねえ」
「だから、お願いするわ。あなたの”ナイトブレード”としての能力を、相手を殺さずして発動して欲しいわけ」
 女はそれも――と続け、
「――派手に、ね」
「いや、本当に面白いねえ。音を立てず、誰にも知られず、相手を殺すのをアサシンと呼ぶんだけどねえ、音を立てて派手に、皆に知られるように、相手を殺さない。アサシンに喧嘩売ってるとしか思えないねえ」
 キシシシシと今までにないくらい盛大に笑い、男はこう言う。
「いいねえ、受けたよその命令。”アサシン”の”ツルギ”、受け持ったねえ」
「いいわ、その気でいなさい」
 そして、女はまた常に纏っているような”違和感”を無くす。
 ツルギが少しばかりそれに反応をみせた。今までは、この人間と話している中でその違和感を感じていたわけだが、違和感が無くなった途端に、ツルギは離している相手が”人間ではない”という感覚を覚えたからだ。
 いつかアクタに言ったあの時と同じ、少しの濁りも存在しないその声で言う。
「けれど、ここで言ったことを必ず守ってね、さもなくば――」
「……キシシシ、わかってるよ。俺様だって空気くらい読めるさ」
 ツルギはへらへらした口調で、女の研ぎ澄まされた刃をかわした。
 女は例の声で、まるで”少女”のように言った。
「なら――いいけど」
「きししし、期待してくれたまえよ。それじゃあ、俺様はこれから任務の準備を始めようと思うから、失礼するよ」
 言うと、ツルギはモンスターボールを取り出そうと腰に手を当てた。
 だが、
「待ちなさい。まだ、命令は終わってないわ」
「なんだい」
 いつの間にか戻っていた口調と違和感で女は、

「今回は――それも連れて行って貰うわ」

 !?
 途端に、ツルギの表情が硬直した。
 モンスターボールを手に取り後ろをがばりと振り返――ろうとして、止めた。いや、止めたのではない。止めたにしては体の止め方がおかしい。
「――なっ!」
 つまりは、”止められた”と言うことだ。
「あら、さすが”アサシン”の”ナイトブレード”。惚れ惚れするほど速い動きね」
 冷や汗を垂らしながらキシシシと苦笑し、
「――なんだ。何をしたのか言って欲しいんだけどねえ」
 先ほどのような、ツルギの声色ではない。間違いなく、アサシンとしての声。しかし、その声に余裕が無い。当たり前だろう。”その道”のプロであろうツルギが、後ろにいたその存在に、気がつきもしなかったのだ。
 がさり、と音を立ててツルギの後ろの暗闇が動いた。そこには、ツルギよりも背丈の小さい――人間の影。
「キシシシ……一体、いつからそこにいたんだい? 全然気がつかなかった」
「あなたが来る、ずっと前からよ」
「なんだって!? そんなバカな話が……!」
 動いた影は、何も言わない。
「”それ”を連れて行ってちょうだい。なあに、足手まといにはならないはずよ。実力は保証するわ」
「――そりゃあそうだ。俺様の背後にいるもので、俺様が気がつかないことなんて、今まで無かったんだからねえ。ポケモンに頼りすぎなのかな最近。本当、これは何なのさ。感じたことの無い、得体の知れないものな気がしてならないねえ、俺様が怖いなんて感じるのは、人生で一度あるかないくらいだよなんだ、せっかくだからさ教えてくれよ」
 女はふふふと笑い、こういった。

「それは、     よ」
 と。


メンテ

Re: 静かなるベルセルク 第三章「駆け巡る翼、暗躍する影」更新中( No.29 )

日時: 2009/02/07 18:31
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

4.ギシギシ、キシシ、ざわざわ


「俺だツバサだ」
 部屋の中から反応は無かった。ロビーにでも行っているのかと思う。だが、あれだけだるそうにしていたミナモに動き回る元気があるのかという疑問が浮かび、ツバサはドアにぺったりと耳を貼り付け家政婦は見たばりに耳を済ませてみる。すると、部屋の中からはギシギシとベッドの軋む音が聞こえた。
 ギシギシっておい。
 ツバサは条件反射のように想像する。ミナモが何処かの誰かと
 そこから先を、脳みそから抹消した。
「おーい、いないのか!?」
 両手でドンドンと遠慮も無くドアを叩きまくり、必死にツバサは、ありもしない空想を振り払う。
 ようやく、部屋の中のギシギシ音がやんだ。
 しばらくするとカギが外され、ドアが音をたてて開く。
 ところが人は見当たらない。
 人のかわり、といっては何である。留守番している女の子が、ドアをそおっと開いているような按配でドアの下の方におり、女の子が新聞勧誘に現れた親父へと向ける訝しげな視線とほぼ同じような視線を向けた
 ポケモンが一匹。
 一瞬ばかし、ドアが勝手に開いたのかと勘違いしたツバサは思わず、
「……ん、ああ、なんだいたのか。小さかったから気がつかなかった」
 バタンとドアが閉まる。もう、永久に開くことは無いドア。間違いがなく、永久封印呪文、だめよ花子、インターホン越しに変なおじさんがいた時はドアを開いちゃいけないのよ、である。
「あ! ちょっと待てって! 悪かったって!」
 再度、少しだけドアが開き、青色と白色をした皮膚に丸い耳を持った小さなポケモンが、ドアの隙間から先ほどと同じように現れた。
 全国図鑑番号一八三で、みずねずみポケモンで、種族タイプ分類は”みず”で、得意技は”みずでっぽう”な、ミナモのポケモンであるマリルだった。いや、一つ付け加えることがあるだろう。なんて言ったって、このマリルは――
 ごくりと、唾を嚥下し、
「あのさ。ミナモは?」
 ツバサが問う。
 ツバサは思う。
 自分は、どんな返事を”このポケモン”期待しているのだろうかと。
 マリルはしばしの間、ツバサをじっと睨みつけていた。ツバサもマリルの黒くて丸くてつぶらなその瞳を見つめる。マリルの瞳の黒に、ツバサが吸い込まれている。
 そして、マリルは目を瞑りながらふん、と小さい鼻息をならし、
「ぼくは知らない。たぶん、どっかに行ったんだと思う。そのうち帰ってくるんじゃないの」
 ――っ……

 本当に、
 このマリルは、
 喋るのか。
 
 改めて、ツバサはそう確認した。
 そうやって考えることは、無理もないよなあと思う。考えてもみろ、ポケモンが喋るのだ。いや、そう言ってはポケモンに対して失礼かもしれない――言うなれば、ポケモンが人間の言葉を喋るのだ。そんな話はいつだって、本とアニメという空想で出来た世界での話だったはずだ。けれども、今、ツバサがいて、このマリルが存在するのは、少しの疑いもなく、付け入る隙もなく、夢でもなく痛みも感じる意識もある自分が呼吸をする、現代の世界の話なのだ。さきほどコイツが言っていた言葉は、実に的を射ている。『自分の知りうる』世界など、こんなにも狭く、『自分の存在する』世界はあまりにも広い。
 すっかり面食らってしまって何も言わないツバサに対して、痺れを切らしたマリルが、
「で、なんか用でもあるのか?」
「え、いやえーとね――うん。ちょっとさ、話したいことがあるんだけどさ。入っていいか?」
 何で自分はポケモンに圧倒されてるんだろうかと、心の中で思いながらツバサはたじろいでそう答える。
「話? 話っていうのはミナモに対してのことなのか?」
「いや、君に対してのことなんだけど」
「ぼくにか?」
 訝しげにマリルが呟き、ツバサがうなずいてみせる。
 黙りこくるのを三秒間し、またツバサを見つめ、
「うん、まあ、いいけど。とにかく、中に入って」
 まるで人間の按配でそう言うと、マリルはドアのむこうへと消える。支えがなくなったドアが音をたててしまり、廊下に沈黙が戻った。
「……ふぅ」
 思わず、ツバサは安堵のため息をつく。
 しかしまあ、ずいぶん生意気な口調だ。想像してみたものとは、コイキングとカイリューくらいかけ離れていた。ポケモンと明確な――トキワの森の能力者が持つような能力ではなく――言葉を使ってのコミュニケーションを取るということは、こういうことなのかと認識する。
 あまりの迫力だった。
 今まで、自分がポケモンをどんな風に扱っていたのかを思い知らされる。言葉の通じなく、自分の言うことしか聞かず、文句を言われない。
 胸元にぶらさげてある紫色のそれが、
『滑稽だな。ポケモンに怯むとは』
「うるさい死ね」
 ツバサは、ぼそりと胸元へまるで傍から見たら独り言みたく呟いた。
 ふう、と一息。
 意を決して、ミナモの部屋に入る。先ほどのポケモンが喋るという異様な光景を見たのにも関わらず、身動き一つしなかったヘルガーも後ろから続いた。
 ツバサの部屋とさしも変わらないミナモの部屋には、借主であるミナモの抜け殻が幾つか散乱していた。ツバサは見たら死ぬかもしれないので、さりげなく目をそらしながら、
 ――どこへいってもこの調子は相変わらず、か。まあ、今更思うことでもないけど
 一方でマリルはベッドの上にポーンと飛び乗り、先ほどドア越しに聞こえていたギシギシと音を鳴らしながら跳ねている。どうやら、それがお気に入りらしい。なんとも、ややこしい音だ。変な妄想をして鼻血が出るところだった。
 ポンポンと毬のように跳ねているマリルを尻目に、ツバサはベッドの前の床に座り込んだ。
「それで、話って何だ?」
 丸まっちい体は、まったく聞く気がないように思えたが、 
「ん、そうだな。ちょっと君に質問があってね」
 ツバサがそう言うや否や急に、マリルは言っておくけど、と言った。
「ぼくが何で言葉を話すかっていう質問ならお断りだぞ。いちいち話すのが面倒だからな。それ以外なら、気まぐれで答えてやってもいいよ」
 ツバサは何も言えなくなった。
 だが、ミナモのようなヘタレではツバサはない。戸惑いを心の隅に押しやって口からは、
「あん? じゃあ何を質問したらいいっつうんだ。大体、お前を見たらそれ以外に思いつかないんだけどな。他の人間だって、質問していーよって言われて開口一番に俺が聞こうとした質問すると思うぜ」
「ああ、そうかもね。でも、ぼくは質問に答える気はないから、とっとと自分の部屋にでも帰れば。あいにくなんだけど、ぼくは今、跳ねるのにチョースゲーヤベー忙しいから」
 …………
 なんだか、ツバサはポケモンが物凄く嫌なやつのように思えてきた。自分の横にちょこんと座っているヘルガーに「お前はこんなんじゃねえよな」と確認した。何だお前、と言いたげな表情でヘルガーはツバサを臙脂色の瞳で見返している。
 ツバサは溜息ひとつして、自分の部屋に帰るべく立ち上がろうとした。聞くことが無くなった以上、こんな生意気な野郎と一緒にいるだけで心臓がつまりそうだ。
「そんじゃ、俺は……」
「なあ」
 唐突に忙しいはずである跳ねることをやめて、マリルが言った。

「喋ることってのはそんなにヘンか?」

 少し、神妙な声だった。
 ツバサは上げていた腰を再度、床に下ろす。
 そしてツバサは――だろう、とも即答できたはずだ。けれど、ツバサはそうしなかった。
 自分だってポケモン――ということに、この際しよう。この世界じゃどうにも知らない生物は全て、ポケモンなのだから。そして、ツバサはポケモンと話したことがある。つい先ほど、五分以上も前のことでない。先ほど、いや随分と遠い彼方から『コイツ』とは話している。それもコイツは、明確な人間の言葉で話しかけてくるのだ。それが大気を揺らしているものなのか、テレパシーによるものなのかはわからないが、自分は確かにポケモンと喋っているのだ。それは既に、自分が血を廻らせるのと同じくらいにツバサの中では当たり前のことになっていた。ゆえに、ツバサにしてみればそれ、つまりはポケモンが喋ること自体珍しくは無い。だから、ツバサは答えを少しばかりか言い渋った。
「――まあ、世間一般に見たら、ヘンだろうな」
「そうじゃない。ぼくはお前がどう思っているのか聞いているんだ」
 マリルはくりくりとしたかわいい目で、ツバサを見据えていた。その瞳はかわいいだけではない、真っ黒な色にツバサを篭絡し、心の奥までありありと見据える。
 フフフ、と小さく胸元から声が聞こえた。
 ツバサはごくりと唾を飲む。
 ――こいつ、本当にポケモンなのか?
「そうだな……俺からしては、一般人ほど驚く話じゃあない。けど、まあ普通に驚くし、ヘンだと思った」
「へえ、そうか……なんだか、お前はまるでポケモンと話したことがあるみたいな言い草だな」
「まあ、お前見たいのと話すのは初めてだ。喋ったというより、”俺ら”のやっていることは意思疎通に近いしな」
「ふーん、そうか」
 そう言ったきり、またマリルはポンポンギシギシベッドで跳ね始める。丸い尻尾と丸い体が一定間隔で上下するのをぼんやり見つめながら、ツバサは考える。
 ポケモンというのは、ずいぶんかしこいらしい。自分は少なくとも、このマリルと喋るとき所詮ポケモンと喋る、そういう思いが心の片隅にあった。けれどもどうだ。
「そうだ、いいことを思いついた。おい、お前」
「あんだよ」
「取引しようぜ」
 ああん? と呟いたツバサにマリルは、
「お前はぼくに、ぼくが何で言葉を話すか、を聞きたいんだろ? ちょっと気分が変わったからな、ぼくはそれをお前に話してやるよ」
 その変わりに、と続け
「お前はぼくが質問したことに答えろ」
「……へえ、面白い。いいよ、それ呑んだ」
 マリルはまた跳ねるのをやめて、今度はツバサの真正面に来るようベッドに座りなおした。ツバサより少し高い位置にある、マリルの瞳を見つめる。かわいい丸い深い黒色をしたそれ。しかし、瞳の先はかわいくなんか決して、ない。
「よしそれじゃあ、ぼくから質問するぞ、いいか?」
「ああ、いいよ。何でもござれだ」
 うーん、とマリルは少し考える素振りを見せる。そして、

「お前、ミナモと」
 そんな質問の幕開けだった。
「どれくらい親しいんだ?」
 ツバサはその質問に疑念を感じながらも、
「そうだな、親友以上家族以下ってところかな」
「ややこしいな……まあ、ぼくはお前が一緒にミナモと孤児院にいたことは聞いたんだけどね」
 孤児院、という言葉にツバサの眉毛がピクリと動いた。
「――何が言いたいんだ、お前」
「いやさ、孤児院ってどんな感じだった? 部屋とか一緒だった?」
「ミナモと?」
「そう」
「うんまあ、そうだったな。考えれば、つい最近まで俺の横のベッドであいつは寝てたんだよな」
「ふうん、フロとかは?」
「……はぁ!?」
 いきなり、何を言い出すのかとツバサは思い、悲しきかな反射的にミナモの裸を想像して頭がくらくらする。どうも、ツバサはエロいことにことごとく弱い。AVなんか見たらタイトルで致死量に達するかもしれない。
「おい! 聞いてんのか!」
 妄想から救われて、ツバサは再度マリルに目と脳みそのピントを合わせ、
「えーと……フロ? な、なんでそんなこと聞くんだよ!?」
「ぼくが質問してんだろ。いいから答えろ。どうなんだ、入ったのか入ってないのか」
「そりゃな……小さい頃は……一緒に入ってた……な、うん。確かに。フロでかかったしなあ……」
 顔から横のヘルガー並みに火が出そうな表情で、ツバサが密やかに言うのを微塵も気にせず、
「だよな。うん、だろうな。そうか、じゃあやっぱ裸とか見てんだな……」
「ホント、お前何を聞きたいん……」
「よし決めた!」
 断ち切るように、マリルがまたベッドをギシっと鳴らして一跳ねし、
「いいか、こっからがホントの質問だぞ」
 完全にマリルのペースに持ってかれている憐れなツバサは、何をするでもなくポカンとして、
「わかったよ。なんだよ」
 マリルは言う。

「ミナモの正体についてだ」
 





「いいかい、絶対に殺しちゃあだめだ。今回の任務は手前も聞いているんだろうしねえ」
「……」
 真っ暗闇の中で誰かが誰かに話しかける。暗闇は反応を示さないが、そこに人がいることはわかった。おそらく、二人の人間は森の中で木の上にでも立っているのだろう。
「集団の混沌を引き起こすなら、まずは統率者から叩けばいいのさ。もしくは実力者だねえ。その集団にそれ以上がいないとなれば、そいつが倒されたとき、必然的にそこには勝てない相手という事実と認識が生まれる。ただでさえ、集団はリーダーが消えて散り散りなのに戦意喪失と来たら――キシシシ、笑えるねえ。まあこれはいけ好かないショタフェチのクソバカ野郎の受け売りなんだけどねえ」
 その声は女と喋っていた――つまりは暗殺者と言われていた男、ツルギ。暗闇でも目を凝らせば、僅かな光でも輝く白い髪の毛の色が仄かに見える。
「――い――か」
「え?」
 ぼそりと今度こそ見えないやつが言った。それは恐らく、あの闇色の部屋にいた三人目の登場人物だろう。
 ツルギはあのねえと言い、ため息をついて
「手前はよ。もっとちゃんとしゃべれないのかねえ。そりゃね、そういう性格なのはわかるよ。うんうんわかるわかる。それに、手前は”特別製品”だから奇異で変態で意味わからないのも、まあ十二分に理解はしてるさ。けどねえ、今俺様たちはチームなんだよ。暗殺者と手なんか組みたかねえだろうけどねえ、そういうわけでチームには結束力が要るわけなのさ。野球はチームで、とかスポコンマンガが良く売りに出しているじゃん。コミュニケーションは、もっとも重要なわけだ」
 ツルギにそう言われ、その暗闇はなおのこと沈黙した。ツルギが頭をぽりぽりと掻き、呆れた素振りを見せてからようやく
「あいつ、強いの」
 合成の音のような声だった。いや、声と言うより音に近いかもしれない。少なくとも、人間の喉が直接空気を揺らしているのではないだろうと言うことはわかった。ツルギは初めてその”音”を聞いて驚きながらも、
「ん、ああ。あいつはなかなかヤバイねえ。白色雑音(ホワイトノイズ)とか粛清の白とか6F(シックスエフ)とか随分変な名前と物騒名前で言われてっけど、実力は協会中じゃお墨付きらしいねえ。まあ、悪い噂も絶えないらしいけど、それを反故にするくらいの実力は持ってんだろう。事実、あの野郎はホウエンにあった組織を”一人で”何個かぶっ潰してるねえ」
「それって――マグマ団とかのこと?」
「いや、違う。何も、あんな有名どころじゃないさ。あいつらは表向きに活動していただけだから、有名だけど裏社会には、もっとたくさん色んな組織が存在するんだよねえ。俺様たちが言えた話じゃないけど。で、その組織も結構でかくて、そろそろ大きくなって表に出るんじゃないかってところで――」
「あれが潰したの?」
「そういうわけさ。ここ最近ホウエンが平和だったのは、協会が残らずでかい組織をのしちまったってのもあるが――あいつはその組織のうち、随分と多くを”一人で”潰しているねえ」
 ツルギの話を聞き、機械の音声で、
「へえ、強いんだ」
 と呟いた。
 ツルギはキシシシと笑って、
「なあに、俺様でもあいつとは五分かもしれねえけどな」
 こう言う。
「それは、面と向かってポケモンバトルしたら、の話さ」





「それで、どんな感じなの」
 白いコートに身を包み、色の抜いた黄色い髪の毛を垂らし、夜の中を照らしているライトで燐光を放っている女がいた。随分とやる気のなさそうな顔をしているけれど、その顔は随分整っている。それでもやっぱり、やる気が無いみたいなのは確かで、今あくびを一つしたところだ。
「今のところ、何もありません。今日の工事は終了しましたので、トンネル内は誰もいません」
「そうじゃないわ」
 髪の毛をさらりと払い、優雅に女は言う。
「現状を聞いてるんじゃないの。そんなもの自分の目ん球動かせばわかることだわ。私が聞いてるのは、今どういう警戒態勢をしいているか、そういうこと」
「は、はい! 失礼しました……ええっとですね、夜になりましたので、トンネル内よりもトンネルの外やシダケ一帯に人員を多く配備した次第です。それと、カナズミシティ側のトンネル入り口は封鎖しました。そうすることで、こちら側しか攻撃を受ける対象になりませんからね。今のところ不審者の目撃情報はありませんし、犯行声明もあれから一切ないみたいです」
「ふーん」
 自分で聞いたはずなのにも関わらず、女は至極興味がなさそうな返事をした。問われていた警察官は一瞬むっとするが、相手はこの現場では自分より上の立場であることを思い出し、感情を食い殺し平静を装う。
「あーあー、テロが起こるならとっとと起こっちゃえばいいのよね。具体的な犯行時刻とかがわかってないんでしょ? もしかしたらこのまま永遠とここで警備しなきゃならないのかしら。どこぞの企業か知らないけど、広げる限りカナシダトンネルを掘り進めるとかアホなんじゃない。それに今のままだと語呂も四文字で十分だし。一体、何が目的なのかしらね」
「前々から、工事に反対する民間団体や抗議文書は多々あったらしいですが」
「そりゃ、一度『ポケモンと環境のため』っていう名目で工事をやめたのよ。それなのにもう一度始めるなんて『ポケモンと環境なんか知ったことか』って言ってるようなものじゃない。そりゃ抗議も来るわ――」
 それにしてもと女は続け、
「アホな組織だわ。何でわざわざ現場に攻撃を仕掛けようとするのかしらね。本社にマルマイン三十匹くらい送りつけてドカーンと派手にかました方がよっぽど説得力があるわ」
「は、はあ」
 随分と危険なことを考えている女だ、と警察官は思ったことだろう。
 といっても、ただこの白色雑音で粛清の白で6Fな女――ユキネが考えていることは別にそんなことではないのだ。まあ、似ていると言えばそうだが、それはあくまでも独り言なのである。ユキネは頭の中で、この騒動について考えているのだ。
――そもそも、今までこの種の事件が起きなかったのが原因なのかもしれない。ある事業などに対して抗議や団体が設立されるのは不思議なことではないし、それに対して半ば脅迫めいたことを送る輩がいるのもわかる。だがそれで、こんなにも警察や協会の自分のような人間が出動する必要があるのだろうか。確かに、ここ最近のホウエンは”表向き”平和だったと言えよう。裏の世界を知っている自分としては、平和だったなんて言いたくもないが、確かに表向きにした仕事など街の平和を守るその程度のことであった。ゆえに、静かな水面にギャラドスを放り込んだような事態が起きれば、誰しもが気にして、誰しもが騒ぐに決まっているし、だから協会が過剰に反応した、それもわかる。けれど、自分が行くような事態じゃあるまい。他にも、気になるのはやはり、現場を攻撃する意味。どう考えてもそれは”あからさまに自分たちのことを知らしめる目的”があるとしか思えない。本当の悪事はバレずにやるものだ――水面下で、音を立てず、姿を見せず、匂いも痕跡も何も残さず密かにすすめる――本気で何かをするというのならそうするはずだ。脅迫文を無かったことにしても、予告した現場に攻撃をしかけるということは、必ず自分たちに姿を目撃される、その時点で知られてしまう。それを踏んだ上で行うと言うことは、やはり自分たちの存在を知らしめることが前提なのではないか――
 でも今の考えは、この騒動がただの脅迫と抗議ではないという上での前提。机上の空論。協会と警察の意図も、何をたくらんでいるのかも推測しか出来なくて、何が真実なのか自分には知りえないのだ、とユキネは考えた。ただ、警戒はしておこうと思う。何か、この出来事は不自然というか、完璧と言われるものの歪を見つけてしまった気がして気持ちが悪い。少なくとも、頭の隅にはその推測と直感を置いておき、後は何が起こるか身構えるしかない。

――協会の中で、見かけと素行には合致しない指折りの頭脳と力を持っていて、数々の異名を持つユキネの推測は名に違わないほど鋭敏なものであった。おそらく、現場にいてここまでのことを考え、この時点でそこまで気がついたのはユキネだけであろう。やはり、ユキネは並外れた優秀さを持っていたのだ。

 けれども、そのユキネですら”その事態”に気がつくことはなかった。

 まず最初に気がついたのは、先ほどユキネと話していた警官であった。警官はあれきり黙ってしまったユキネの近くに立っており、何かを話して場を取り繕うべきかを考えていた。現場は別段変わったこともないし、テレビで報道しているほど慌しくも無い。本当に何か起こるのか、ああ早く家に戻って子供の顔が見たいなあなどと考え、

 ふと、違和感を感じた。

 そして、警官はなんとなく横を見る。
 そこに女はいなかった。
「あれ?」
 と思わず警官は口にした。まさに、いつの間にかという言葉が正しい。先ほどまで異様なほどの存在感と威圧感を放っていた協会の女――自分のこの現場においての上司であり、本来の職場の上司から「変な奴だからあんまり関わらない方がいい」と言われていた女――は忽然と姿を消していた。思わずその忽然振りに警官は一瞬、テレポートでもしたのかと疑った。
「そりゃ、変なのも感じるよな」
 だが警官は、あの女の異様さからそれもありえるかもしれないと思った。きっと、自分が迷って考えている間に女はテレポートしたか、もしくはどこか別の場所に行ってしまったのかもしれないと。
 本当に、そう思うのも無理がなかった。
 そして、それが――ナイトブレード――と呼ばれるアサシンの仕業であったことからも――無理がないといえよう。





 気がついたという感じであった。
 それまで、ユキネは脳みそのキャパシティをほとんど思考に使っていたのは事実だ。それに、何かに熱中するとたまに周囲のことを忘れてしまうことがあるのも、認める。けれど、それくらい他の人間にもある話であって自分がそこまで鈍感であるともユキネは思わない。
 けれども、気がつかなかった。
 先ほど、人工なライトで照らされ、警官たちが複数いて少しなりとも明るかった場所に、ユキネはいたはずだった。だが、今は違う。そこには薄暗く、つつ闇が支配して人工なんてものも一切なく、月と星の自然な明かりだけで視界と世界が構築された、本物の暗夜。あたりには昼ならば緑色をした景色を作っている木々が、夜の顔をして鬱蒼と暗闇を湛えて生え茂り、人の匂いを感じさせない冷たい空気が流れている。
 おかしかった。先ほどの場所からは想像もつかない場所。電気が消えて人が一瞬でテレポートしたとしたら、この静けさに説明がつくかもしれない。しかし、あたりの木々まで変化させることなどできないだろう。そうなると、自分の周囲が何かを起したのではなく、おそらくは――
「私が移動したってこと……かしら……」
 そんなことが出来るのだろうかと思う。いや、出来るのだろうということは認めざるをえないが、一体、どのようにしてどうやってやったのか、それこそ検討がつかなかった。
 しかし、わかることが一つある。
 ”これが何者かによって、何かよからぬ目的があって行った”ということ。
 ユキネは白いコートを翻して、腰についているモンスターボールを手に取り、ポケモンを出す。
 出てきたのは、薄い桃色の皮膚にとんがった耳と体の一部に見える翼を持ち、頭の上に特徴的なカールのようなものがあるポケモン。
「ピクシー、いいわね」
 ピクシーは頷くと、耳を済ませるかのように目を瞑る。
――ピクシーの耳は、一キロ離れた場所で落ちた針の音も見分ける、探索能力に優れた耳よ。
 ひとまずは、敵が見えないことにこちらが動く術は無いのだ。ユキネはピクシーの耳に雑音が入らないように気を使いながら、周囲を見やる。
 ”ノイズ”を張るべきか?
 いや、そこまでする必要は無いか……
 何度見ても、薄気味の悪い場所だと思う。確かに、今は夜なために暗いがその暗さとは違う――そう、まさに闇――それも、生気を奪い取ってしまいそうなほどに暗黒――
 しばらくして、ピクシーの耳がピクリと動いた。
 同時に、ピクシーは目を開け自らの右側を振り向く。そして、”でんげきは”を放った。電気の光線が一直線に、茂みの中へと打ち込まれる。
「そこね! ”でんげきは”は、ほぼ必ず当たる攻撃……姿を現しなさい!」
 ユキネが茂みに向かって叫ぶ。すると茂みの中から、闇に溶けそうなほど黒に近い灰色をした一つ目のポケモンが、姿を現した。
「あれは――サマヨール!」
 ”でんげきは”を受けたはずのサマヨールは傷一つつけず、その赤く鈍い光りを湛えた瞳を不気味に輝かせ、ユキネとピクシーに対峙した。
「くっ、ダメージを受けていない? でもピクシーにゴーストタイプのわざは効かないはず! ピクシー”サイコキネシス”」
 ピクシーが”サイコキネシス”を放つ。サマヨールがダメージを受け、茂みの奥まで飛ばされるのと同時に、
 ユキネの背中にぞくぞくと悪寒が走った。
 反射的に振り返るが、何もいない。
 何か、とてつもない違和感を感じた。
 体を縛り付けるような、無視できない感覚。
 だが、気のせいならばいつまでも後ろを向いている場合ではない。すぐさま正面を向き、視界にサマヨールが入る。
 茂みから再度現れたサマヨールは、”くろいまなざし”を放った。
「つまり、長期戦でもしかけるつもりってことかしら? ピクシー! もう一度サイコキネシス!」
 わざをかけた直後のサマヨールは、まともにサイコキネシスを正面から食らった。だが、今度はこらえサマヨールはふんばって立ち止まる。と、いきなりピクシーに向かって闇色の光を放つ拳を叩き付けた。それをまともに食らった、ピクシーはユキネの後ろまで吹っ飛び、木にぶつかって動きを止める。
「なっ……”しっぺがえし”!」
 しっぺがえしとは相手の攻撃の威力が高いほど、相手へのダメージが大きくなる、諸刃の剣のようなワザだ。
「面倒なワザを使うわね!」
 ユキネは舌打ちしながら、次のポケモンを出そうとして腰のモンスターボールを取り、

 いや。
 ユキネはモンスターボールを取ることができなかった。
 ユキネの手は、モンスターボールに触れるか触れないか程度の距離の場所で、一切動かなくなった。
「くっ……な、何よこれ……」
 一種の金縛り状態になったユキネは名のとおり、”かなしばり”をしていると思ったサマヨールを見るが、サマヨールにそんな様子は無い。それどころか、サマヨールはまたよからぬことをしているようにすら見える。
 サマヨールが手を自らの体の前に持ってくると、そこから黒い何かが生まれる。次第にその漆黒をした何かは大きさを増し、急激にあたりの空気を吸い込むような気流が現れた。サマヨールの出す『ブラックホール』である。本来のブラックホールのように重力によるものでもないし、強力な潮汐力も無い。だが、吸い込まれるという概念に置いては同じである。
 だから、ユキネもそれに引き寄せられた。悲鳴など上げる余裕も暇も何もなく、あたりの木の葉と一緒に吸い込まれたのだ。そして、吸い込まれる直前、月と星の光で出来ていたユキネの影から何かが飛び出した。

 ざわざわという葉の音だけが残り、

 そして、そこには誰もいなくなった。


― Cura posterior.
  (後の不安) ―

 MINAMO&TSUBASA GA NONBIRISHITEIRU AIDANI
 SHIDAKETAUN NIHA NANDAKA TADANARANUHUNIKIGA・・・
 HATASHITE KACHUNOSHIDAKE DE NANIGA? SOSHITE YUKINEHA?

→To Be Continued!!

メンテ

Re: 静かなるベルセルク 更新再開!( No.31 )

日時: 2009/02/07 18:17
名前: ところてん
情報: fl1-122-135-121-220.tky.mesh.ad.jp

 第四章 
 ナイトブレード 
 Bis repetita placent.

 1.ミナモはな

 ミナモの朝は遅い。
 まず間違っても、朝日を拝むこともないし鳥ポケモンの鳴き声を聞くことも無い。もし仮に起たりなんかしたら、その日は隕石でも落ちてくるかカビゴンが拒食症になるに決まっている。それくらいの可能性で起きないし、加えて職業を持つものが出勤する時間、いわいるラッシュアワーでもミナモは起きない。そんなミナモが起きるのは大体のところ、主婦が朝の仕事を終え一息ついた後の午前十時とかそこらである。
 ポケモンセンターの宿泊施設で目を覚ましたミナモは、包まった毛布から動こうとはしなかった。寝起きが悪いのもミナモの特徴である。しばらくの間、もぞもぞと体を動かして夢と現の狭間を行ったり来たりする。ポケモンセンターの宿泊施設はおおよそ十時ごろになると掃除係のラッキーが現れ、未だ寝ている寝起きの悪いトレーナーたちを叩き起こし追い出し掃除を始める。が、このシダケの施設は部屋の設備以外ホテルの様を呈している程に大きいので、日数分の金を払ってしまえばいくら部屋にいてもいいし、いくら寝ていようが誰にも文句は言われない。実に、ねぼすけには良心的である。
 小さい頃から、体内時計の簡易催眠をエスパーポケモンの術によって意識下にかけられたミナモは、今の時刻を大方予測する。現在時刻は十時半手前かそこら。薄目を開けて室内を確認してみると、ぺらぺらのカーテン越しから降り注ぐ光が見えた。
 ――改めて、ここが室内であると実感する。
 旅をするものにとって、ベッドがあること、冷気や風それに雨露をしのげる場所であること、というのは安心して時を過ごせるところなのだ。街から街へ行くには地上を歩くと随分時間がかかるために、野宿はつき物である。大体が自らのポケモンを所持しているために、野生ポケモンに襲われることなどあまりない。まあ、つい最近ミナモはバンギラスに襲われたわけだけど、あれは特別なケースであるし、野生ならこちらだってポケモンを出して対抗できる。とはいっても神ではあるまい、風や雨などは伝説のポケモンでもいない限りどうすることもできないのだ。加えてミナモの場合は一人身であり、心にまで冷たい風が吹き付けるのだから、このベッドでの平和な目覚めは心底落ち着くものだった。
 だから、このまま昼まで寝ることにした。いつまでもこの幸せな時と、毛布から伝わる温かさに身を委ねていたい。
 そんなミナモが二度寝へ入ろうかと、うとうとし始めた頃になって
 ごんごん。
 と、ドアを叩く音。
 音を聴いた瞬間に、ミナモの中で理性による会議が開かれ、一瞬で可決された。
 結論、無視。
 だがまた、ごんごんと言う音がして、ミナモの眠りをじゃまする。
 挙句の果てには、
「おーい、ミナモー」
 という声。
 聞いたことのある声である。なんだよもう仕方が無いなあと思ったのだが、ミナモは結局起きずにそのまま寝続けた。
 部屋の住人が眠りこけていると考えたのか、ドアを叩いていた人物はドアノブを回した。するとドアは開いた。しまった鍵をかけ忘れていた、と心でミナモは舌打ちする。
「おい、いつまで寝てるんだっての」
 紛れもない、ツバサである。足元にヘルガーをつれている。
 ミナモは反応しない。
「もしもーし」
 返事が無い、ただのしかばねのようだ。
 まだ起きたくないミナモの潜む毛布の膨らみは、微塵も動かない。ふうとためいきを一つしたツバサは、頭に日光を当ててやろうと枕のある毛布の端を少しめくってみる。だが、そこにあったのは頭じゃなく、
「足かよっ!」
 一晩寝たら、ミナモは足になってしまったらしい。
「寝相悪いよな……相変わらず……」
 そういうわけで、ツバサは逆側の方の布団を引ん剥くことにする。
「うら、起きろー、もう十時だぞー」
 布団の中にいたのは、死骸のような格好のミナモだった。顔を横向きにして、光が眩しいのか目をぎゅっと瞑っている。日ごろ被っている赤い帽子は勿論していなく、それにより自由になった髪の毛がミナモの白磁のような肌の上で踊っていて、どこか艶かしさすら感じさせる。
 ごくりと唾を、ツバサは飲み込む。寝相が悪くて、寝起きが悪くて、朝に弱いのは変わっていなかったし、こうやって布団を開ける時に味わうこの戸惑いも変わってはいなかった。
 そう遠くは無いくらい前に失われて、ふと今蘇る平和の光景。
「……もうちょっと」
 蚊の鳴くような声で、ミナモはそんなことを言う。あんまり甘い声だったので、ツバサは思わず仕方が無いな、と言ってしまいそうになったがそうはいかない。言葉を飲み込んで、
「まー、確かに用事という用事はお前にないけどな……そうやってだらだらしてると癖になってよくないぜ。旅をしてるとなると、ベッドで寝れないのもわかるけどな……」
 そして、ツバサは起こしに来てから気がついた。
 これからミナモに、用事は無いのだ。
 一方で自分には昨日、頭を捻って捩って回して煮詰めて書いた反省文を、金髪白色のクソ野郎に出しにいかなければならないという、最大重要任務がある。自分の命の次に大事なものがかかっているんだから、無論行くに決まっている。
 けれども、ミナモは特に用事という用事はないはずだ。
 それじゃあ自分は何で、わざわざミナモを起こしにきたのか。
 答えには、すぐ気がついた。
 習慣だったから、である。
 先ほど変わっていないと言ったように、何故か知らないが孤児院にいた頃ミナモを起す役はツバサだった。いつだってそうだ。普段朝起しに行くのは無論のことであり、別のことだってしかり、飯が出来たから、風呂が沸いたから、先生が呼んでいるから、外へ出かけるから。うたた寝をしているミナモを起すのだってツバサがやったし、泣いてるミナモを慰めるのだって遠い昔はツバサがやっていたし、街で迷子になったのを探したのもツバサ。
 とてつもないおせっかいのごとく、ツバサはミナモの世話役だった。年下だというのもある。最終的には四人になったツバサとミナモじゃない、残りの二人がそんなんだったというのもあるし、なにより

 家族がいなかったから

 と、いうのもあるのだろう。
 だから、今日も起きていないミナモという状況に、ツバサは行動に出てしまった。
 ツバサは考え直してから、
「……うーん、ミナモはまだ寝てる? 俺はあの協会の人のところに行ってバイク取り返してくるけど」
「…………うん」
 ツバサはため息をついて、
「まったく、くさった死体みたいな声で言いやがって……しまった、ゲームが違えや」
 ミナモの布団を戻そうとした。
 が、そのとき、
「……うーん」
 と、いいながら一人が起きた。
 いや、正確にはもう一匹である。
 布団の中からもぞもぞと這い上がってきた、そいつ――マリルが眠そうな顔で目をうっすら開けた。
 うわっ、眉間にしわがよってる。
 マリルはしばらくの間、目を開けたり閉じたりしていた後、丸い身体を起して「んー」と伸びをした。手が短いので伸びているように思えない、っていうかお前はどこを伸ばしたのだ。伸ばす場所はないだろうが。
「……よっ」
「お、おう」
 たじろぐツバサを尻目に、マリルはひょいとベッドの上からジャンプして降りると、いつものようにツバサの後ろにくっついているヘルガーと目が合い、
「よっ」
「ガルッ」
「何だ、お前も寝てたのか」
「何だとは何だ、ぼくだってポケモンだぞ。寝るときは寝るし、食べるものは食べるし、クソだってする」
「ああそうかい。それよかお前、ミナモの布団の中で寝てるくらいだったらな、モンスターボールの中で寝ればいいじゃねえか。モンスターボールは冷暖房完備、湿度、防音防虫防震対策ばっちしだろ? そっちの方が寝心地いいに決まってるじゃん」
 いきなり、ジト目でマリルに睨まれる。
「ふん、いかにもニンゲンらしい意見を言うこったな」
「そりゃ人間だから仕方ねーだろ。そんなこと言われたのはこの方初めてだ」
「あーめんどくせー……」
 マリルはいまいましげに呟くと、
「お前、知らないだろ」
「何が?」
「モンスターボールの中で寝ることって無いんだぞ」
「あん? どういうことだ? なら、ポケモンはいつ寝ているって言うのさ」
「まあ落ち着け。モンスターボールの中はポケモンにとっちゃ、身体を癒せる空間になっているんだ。だから、寝る必要もないし食べる必要もない」
 ツバサはわけのわからない、と言う顔をした。
「それなら尚更だろう。寝る必要も無い、食べる必要も無い、しょんべんに行く必要も無いし筋トレする必要もないってことか?」
「そう。何もしなくても死なないし衰えない」
「ならいいんじゃねえか。夜寝る必要も無く、安定した安らぎが得られるってことだろ? わざわざ寒さを我慢する必要も無ければ、悪い夢を見ることも無いじゃんか」
 あーこれだから、とマリルは心底呆れたように言った。
「確かにな、言うとおり、モンスターボールの中は抜群な環境だよ。面倒なことなど何一つなく、苦労することもないんだからね。苦労しているやつにとっちゃ、絶好の場所。外で飢えて死にそうなやつが死ぬほど入りたがる場所だろうね…………でも」
 あそこには、何にも無いんだよ。
 と、マリルは続ける。
「何も無いって、どういうことだ?」
「あそこは確かにお前がくるくるモンスターボールを回そうが、野球選手が百六十キロで投げようが何も感じない。でも、あそこには布団もなければベッドもないし外界の空気も無い。それに、食べることもなければ寝ることもない。常に一定の空間が、寸分の狂い無く構築されてる。でも、それは温度も湿度も何も無く、変化が存在しないんだよ。まあ、意識すれば外の声だって聞こえるし、様子だって少しわかるけど」
「だって、そのための空間なんだろう? もともとは瀕死になったポケモンを入れても衰弱死しないように作られたもの。人間の持っている数少ない、ポケモンを超える能力の知恵を生かした、化学と科学と苦学でもがいた果てに生まれた道具だ。捕まえられたポケモンもしくは人につくポケモンなら、その中の方がストレスも疲労もないはずだろ?」
「確かにそうだ。でも人間だって変わらないはずだぞ? いくら快適で、何も感じない空間にいたとしても、もしそこにずっといたらどう思う?」
 ツバサは言われて、それは……と呟いた。マリルはそれだけでツバサの頭に浮かんだことを読み、
「そう、いかなる変化も存在しえない場所。呼吸をしてもしなくとも、何も変わらない空間。ずっとそんな場所にいたら――」
 唾を飲んで、ツバサはその先を紡いだ、
「――自分が生きてることを忘れるに決まってる」
「わかってんじゃん。まあ、他にも単純な理由として……」
 ミナモの方が、あったかいし。

 ツバサは少し呆然としながら、その話を聞いていた。
 確かに、モンスターボールの設備に関しては知識として知っていることだが、そんな風に思ったことなど一度も無かった。いや、そもそもそんなことに関して考えが及ばないというか、そしてモンスターボールをどう感じるかなど、ポケモンの考えていることなど知りようが無いのだ。うわさでときたまモンスターボールの中に入るのを頑なに拒否するポケモンがいる、と聞いたことはあった。けれど、その所以に、ここまで明確な意志と拒否があるとは夢にも思わなかったことだ。
 何より、最後の答え。
 生きることを、忘れてしまう。
 そんな空間だというのか。今まで、人間が当たり前のようにポケモンを収め、それが正しい手段だと信じてきた行動を、考えを、全てマリルは否定した。
 言われてみれば、その通りの話なのではある。生きると言うことは、酷く辛くて大変なことばかりを占めている。生きれなくて死ぬ生物がツバサの生きる一秒に、星の数ほど存在する。それほど過酷なものなはずなのに、モンスターボールの中はそれらから全て隔絶された、絶対に死なない世界であるというのだ。波がたたない静かな空間。変化は存在し得ない。
 完全にツバサは、打ちのめされていた。
 目の前の、わずか四十センチの生物に。
「ヘルガー……お前もそうなのか?」
 足元でいつものように、済ました顔で座っているヘルガーに声をかける。気がついた時からという表現が正しいくらいに、デルビル(ヘルガーの進化前)の頃から一緒にいたこのヘルガーを、ツバサはだいたい外に出している。それはただ、昔のように一緒にいるという習慣と感覚によるものという、それだけの理由だが――
 ヘルガーは特に、反応することはなかった。ただ、臙脂色をした鋭い目が、ツバサを見つめ返してくるだけだ。
「まあ、これはぼくの意見だからね。皆に当てはまることじゃないだろうから、気にしなくていいと思うよ。あの中が好きなやつもいるだろうし、むしろそっちのほうが多いだろうね。捕まえられたポケモンは人間と生きるしかないから、人間に全てを託す。だからあの中に入ることを苦とも思わず、楽とも思わない。それが正しい行動なんだろうねー」
 マリルはふぁあああと欠伸をしながら、のんきそうに言った。
 このマリルの意見は、あくまでも一つの意見に過ぎない。このマリルの他にもマリルはたくさんいて、ポケモンはそれの数百倍はいるだろう。その中の一つの意見で、全てを鵜呑みにすることはできない。
 それでも、語れる存在はこのマリルを入れて、数少ないはずだ。
 いうなれば、代表。
 ツバサは急に恐ろしくなった。このマリルに対しての感情でもあるが――それは今までの自分が無知で無恥で無智だったことに対するもの――
「あ、そういえば……ていうか――お前。凄く気にしてたんじゃないのか?」
「何がだよ」
「何がって、昨日散々話したじゃねえか」
 マリルは呆けた顔で、何をツバサが言っているのかさっぱりわかっていない様子であった。だが少しすると、
「あ」
 とぼやくように言って、丸い目を丸くして丸くない口を丸くして硬直した。
 実に見事な、硬直の具合だった。
 今のマリルの脳みそに信号を送っても、全てエラーと帰ってくるだろう。それくらいにマリルは呆けていて、固まっていて、マリルの時間は止まっていた。
 そして、止まっていた時間が再度動き出す。

「ぬああああああああああああああああああああああっ!」

 完全に人間の声だった。一体、これを聞いて誰がこのマリルをポケモンだと言うのか。
 マリルは頭を抱えて叫び声を上げた。ヘルガーがびっくりするくらいに大きい声だったし、ツバサが驚くには十分過ぎる声であり、バンギラスの咆哮と地震でも起きなかったミナモは、やっぱり起きなかった。
 尚も、マリルは叫んでもがいている。
「お前それを早く言えっていうんだ! アホか! アホなのかぼくは! やっぱり頭がいいとか言うのはウソでただのアホなんだな!」
 魂が抜けたように唖然としていたツバサは、我に返って説得を試みる。
「お、落ち着け! 別にそんなにビビることじゃないだろ! そりゃ、俺がやったらぬああああって叫びたくもなるけどな、別にお前ポケモンなんだしいいじゃねえか!」
「そういう問題じゃないんだバーカ!」
 バカと言われた。
 ツバサには、何をそうまで恥ずかしがるのかわからない。このマリルがオスだというのはわかるのだが。
「ふん、変なマリルだな! さっきまではミナモの方がぬくいとかそんなこと言ってた癖に!」
 マリルはまたはっとした表情になって、
「ぬああああああああああっ! 言うんじゃねーこのクソバーカ!」
 とうとう、みずでっぽうをツバサの顔にぶちまけた。
 綺麗なツバサの顔が水浸しになった。
「ぬあっ! てめえなにしてくれるんだよ!」
 ツバサが憤激したところで、マリルは動じない。ひたすらに自分のやった行い、つまりはマリルからしたら痴態を悔い続けていた。
 なんなのだこいつは。
 しかしまあ、
 言葉が喋れるとこんな感情を持つようになるのか、とツバサは思った。てっきり、ポケモンが口を利けるようになっても、ポケモンという存在は変わらないものばかりだと思っていた。けれどどうだ、このマリル。一緒にミナモとぬくぬく寝やがっただけでこんなに悶絶して、自分にみずでっぽうを発射してくる。一体、誰が予想することだろう。つい最近のことで言えば、この足元にいるヘルガーだってミナモに抱かれても恥ずかしがったりはしない……まあ、それはわからないから机上の空論なのだが、少なくともこんな風に悶絶するだろうかと思う。アニメやらで、ポケモンが人間に恋心のようなものを抱くという話はあるし、実際に無いとは言えないのだろう。
 ツバサは頭がこんがらがってくる。
 一体、ポケモンとは何なのだろう。ただ、このマリルは口が利けるようになって、人間のような意見を言えるから不思議に感じるのだろうか。けれど、自分のヘルガーや他のポケモンが口を利けるようになったとしても、ツバサはこのマリルのようになるとは到底思えない。
 それは、単純に都合の良さの問題なのだろうか。
 人間が夢のようなことを描いて、ポケモンにそのことを押し付けているだけなのだろうか。
 明確なコミュニケーションは、ある存在を変えうるのかもしれない――
「ああああ――ああああ、ああ……はあ」
「……そんで、気が済んだのか」
「済むもんか。しばらくすまないね」
「ふんふん。それで、ミナモはぬくかったか。そうかそうか」
「……殺すぞてめー」
 マリルが外見から想像もつかないような低い声と剣幕で言ったため、これ以上からかうのをやめることにしてやった。
「はいはい、わかったわかった。それで、俺はこれから出かけるわけだけどお前はどーすんのさ」
「どうするも何も、トレーナーが寝てるとなればやることもねーしな。ぼくが付き添ってやる。ありがたく思え」
「殺すぞてめー」
 そんなツバサを軽く無視し、マリルは座っていたヘルガーの背中に乗っかると、
「よし、じゃあ食堂へゴーだ」
「ガウガウッ!」
 お前ものるんじゃねーよヘルガー、とツバサが呆れながら、昨日のマリルとの会話を思い返しながら食堂へ向かった。


メンテ

クリスチャンルブタン 靴( No.32 )

日時: 2013/08/08 02:23
名前: クリスチャンルブタン 靴  <iuhsjdowlxv@gmail.com>
参照: http://louboutinshoes.house-m.jp/
情報: ns4006995.ip-198-27-82.net

白の一種で、皮膚の色、暗いまたは黄色の肌のためのスカートの花ではなく、美しさの精神で飾ら四から五クロムや光。 [url=http://louboutinshoes.house-m.jp/]クリスチャンルブタン 靴[/url]
メンテ

ラルフローレン tシャツ メンズ( No.33 )

日時: 2013/10/25 18:16
名前: ラルフローレン tシャツ メンズ  <numfwtd@gmail.com>
参照: http://www.rayban-discount.com/パーカ-yn-12.html
情報: ct38039.vrr-hw1.expeer.net

ラルフローレン ファミリーセール
メンテ

adidas サッカーシューズ( No.34 )

日時: 2013/11/13 22:31
名前: adidas サッカーシューズ  <aqevqesi@gmail.com>
参照: http://www.ingasadwe.com/
情報: 79.134.188.220.broad.nb.zj.dynamic.163data.com.cn

adidasオリジナル通販
メンテ

信頼花痴( No.35 )

日時: 2014/08/18 18:49
名前: 花痴販売店  <gfsdkfsdjf@yahoo.co.jp>
参照: http://www.top-seiryokuzai.com/
情報: zp126243.ppp.dion.ne.jp

花痴は成年女性の性冷淡に適用する有名な 催情剤です。花痴は無色、無味、お湯や飲料と酒に溶かす、女性が飲むと数分間以内に 膣内に痒くなり、心臓動悸が快速、直ぐに性欲が盛り上がります。
メンテ

勃動力三體牛鞭( No.36 )

日時: 2015/01/30 18:24
名前: 勃動力三體牛鞭
参照: http://www.hopekanpou.com/seiryokuzai-04.html
情報: v157-7-72-35.z1d10.static.cnode.jp

勃動力三體牛鞭(三体牛鞭)に賢臓に必要な栄養素、微量元素及び活性物質を有効的に補給し賢臓自体の調節促進な図り、賢臓の浸透性と分泌効果を高めます、また、血液内の合成物質量を増加し賢上腺の機能を強化して核糖酸代謝及び蛋白質の合成を促進し超酸化物の活性を高め、性腺新陳代謝と分泌を促進する事のとって血液過酸化脂質(LPO)の量を減少し、体内に自由基代謝を改善して賢臓機能のアップと修復を促進する効果がございます。
メンテ

RUSH 芳香剤( No.37 )

日時: 2015/02/05 19:09
名前: RUSH 芳香剤
参照: http://www.hopekanpou.com/adultgoods/sexhoukouzai/
情報: v157-7-72-35.z1d10.static.cnode.jp

RUSHラッシュ芳香剤媚薬は大人気な男女用情愛芳香劑、 女性の性機能を効果的に 改善できる有名な海外人気媚薬です。夜の熱情を再び体験しましょう!
メンテ

力多精( No.38 )

日時: 2015/02/11 14:53
名前: 力多精
参照: http://www.hopekanpou.com/product-52.html
情報: v157-7-72-35.z1d10.static.cnode.jp

力多精はドイツの先進技術を採用して動植物の精華を取り出して成が精致で、腎臓を 補って精力をつけます.ペニスの2回の発育を増大させます.増加するのは太くて、増加、 超えるのは硬くて、威風を盛り返します.
メンテ

kkk超強力催情水( No.39 )

日時: 2015/05/28 16:23
名前: kkk超強力催情水  <aewhorueaor@yahoo.co.jp>
参照: http://www.strong-one.net/biyaku-01.html
情報: li1065-21.members.linode.com

KKK超強力催情水へようこそ!媚薬、KKK超強力催情水などを輸入代行します。当店 の商品は100%正規品、秘密厳守、到着100%保証!KKK超強力催情水は禁断の最高級の無色媚薬です、激安価格で輸入できます。 女性 は飲用開始10〜20分後、心ときめき、心拍数の上昇、愛液の分泌促進、 クリトリスの 肥大など、性的に興奮した状態となれます。
メンテ
258 KB

Page: [1] [2]

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
文字色
コメント
   クッキー保存