alt 脳【No】 ( No.19 )

日時: 2007/03/16 16:03
名前: 赤山 なん :A

 始まりは4歳の時だった。
  喜びの根本はそこにあり、悲しみの根底はそこだった。
  ピアノ。ピアノは彼女に何かを供給し続けている。
  新堂 美由紀は4歳にしてピアノに触れ始めていた。
  黒色の鍵盤が何を意味するのか、白色の鍵盤が何の意味を持つのか、そんな事は
  物心付く前から既に知り始めていたし、故に今の美由紀が存在する。
  にしても、彼女に供給する概念はピアノから移行していたりもするが。
  人工的な音を作為的に響かせるその楽器は、少女一人の歩むべき道を
  いかな形を問わずとも変化させたと言っても過言ではない。
  元々歪曲に折れ曲がっていたのか、最初はまっすぐになっていたのか、
  それは当人である美由紀がほぼ自己中心的に考えつけばいいことだし、
  第三者がそれを考える必要は無い。考えたところで美由紀に何か影響はあるか?
  問われれば無いと答えざるをえないだろう。個人的主観が個々によって
  差異がある限りはずっとそのままだ。つまり今の現状がどういうもので定義するのは、
  美由紀自身のみに許可された特権だ。

  そしてどう定義しているかも、本人にしか把握出来ていないのだが。

「……ふぅ」

  美由紀が住むマンションの自室。
  女の子らしい、清楚な雰囲気の漂うこの部屋の一部を、ピアノが占領していた。
  そのピアノを、部屋の持ち主である美由紀が椅子に座って弾いている。
  曲目は分からない。ただ、その曲は何か独特の特徴があり、LAMP OF BIRDの楽曲の性質とは
  明らかに遠ざかった雰囲気を持っていた。故にLAMPでは無い何かの曲であることは簡単に分かる。

  ぴたり、と、彼女の両手が鍵盤を叩くのをやめた。

「……悪い曲ではないんだけどね。歌詞も良いし」

  旋律が綺麗で、深い。紡がれている歌詞が秀逸。
  これだけを聞けば、ダメ出し不要の曲のように聞こえる。

「…………」

  考えれば考える程、美由紀の頭の中は煮詰まる。間違いなく、この曲は優れている。
  演奏技術も高い。間違いではない。ないけれど、
  聴き手側にとある内情があった。その内情が、この曲を何か別の方向へ変形させている。
  忌々しさだけが異様に残っているような。

「……まぁいっか」

  彼女はそう言い捨てて、考えることをやめる。同時に美由紀は、鍵盤を覆うための蓋を下ろす。
  美由紀が小さい頃、よく蓋で指を挟んだらしい。

「痛ッ……」
 
  そして、今。別のことを考えすぎていたのか、原因は判然としないけれど、
  彼女の指は鍵盤と蓋の間に挟まれた。幸い、キーボードを弾くための大切な指に
  異常は無い。

「…………」

  なぜ指を挟んだか。
  少なくとも、彼女の小さな頃とは理由は違うはずだ。
  伏線。

  +  +  +

  さて、場面転換。
  今更の事ながら、新堂美由紀は軽音楽部員である以前に、キーボードの弾き手である以前に
  ツンデレである以前に、大学生なのである。大学生の本分が小中高と同じく勉強なのかどうか
  それは美由紀の知った事ではないが、とにかく一限目から彼女は講義を受ける。
  出席を取るタイプの授業。サボり魔でも出る気になることだろう。
  そもそも美由紀は授業を無断欠席する癖は無い。
  成績優秀、容姿端麗。それが彼女なのだから。一般男児からしてみれば憧れの対象である。
  そんな美由紀は、講義を受けるために椅子に座る。最前列の左から3番目の座席。
  広い講義室。授業開始が近づくにつれ、人が集まる。

  「あ、新堂」
 
  美由紀はその声を聞いて後ろへ振り向く。
  そこには────

  



=========

伏線伏線、と。
メンテ

alt 望んでいないツーショット ( No.20 )

日時: 2007/03/21 10:01
名前: 桜姫りる



 日下圭介は、大学に入ってからの数週間の中で最も居づらい状況に陥っていた。
 原因は、隣を歩く相澤志保である。


 *   *   *


 圭介は普段よりも少し遅い時間に家を出て、大学へ向かう。

 遅くなってしまったのは良くある理由の寝坊では無く、服選びの為である。
 かれこれ一時間程洋服ダンスの前で格闘した彼は、いつもよりも少し格好良く見える自分に内心ツッコミながら、講義室へ続く廊下を歩いていた。

 授業開始十数分前。

 普段の到着が早い為、出席確認に遅刻する事は無さそうだ。
 携帯をジーンズのポケットから取り出し、独り言で「よし」と呟く――と、同時に気が付いた。

 相澤志保が、いつの間にか隣を歩いている事に。

「あっ、相澤 !? 」
「えぇ。楠先輩にでも見えましたか?」

 肯定と、何故か真央。
 これはただ軽音楽繋がりで真央を出しただけなのか。
 それとも……。

 圭介は、自分が真央に対する、良く分からない不思議な気持ち(恐らく恋愛感情ではない)が見抜かれているような気がして、無意識の内に顔を赤らめていた。
 そんな彼を見て、志保は無言のまま前を向き直した。


 *   *   *


 そして今に至る。

 志保は自分から口を開くタイプでは無い。
 また圭介も、女に、ましてや入学当時に噂になるような人物に、気安く話し掛けられる根性は持ち合わせていなかった。

(まずい、これはまずいぞ……)

 友人同士でわいわいと話しながら歩く者の中に、二人で歩いているように見えて何も話さない志保と圭介(圭介の方は脳内で話題を探していた)。
 しかも不釣合いなものだから、片方を知る者から見れば不思議な光景であった。

 脳の隅々に考えを巡らせていると、つい先日の光景を思い出した。
 長身の、圭介から見れば物凄い美形の青年と、相澤志保が仲睦まじくCDショップに居たことを。

 ハッと思い出して、それを掻き消すようにと首を振った。

「……」

 その行動は表面的に出ていたらしく、志保はお決まりの動作をした。
 傍から見れば、圭介はただの変人である。

「え、いや、何でも無い訳じゃないけど、その」
「先日のお話ですか? それとも」

 相澤志保という人物は読心術を心得ているのだろうか、それとも宇宙人なのか。
 だが読心術を心得ていない圭介でも、『それとも』に続く言葉は大よその検討はついた。

「あー、うん」

 この言葉だけは言ってほしく無い為、先日の話の流れを選んだ。
 話題が無いよりはマシかもしれないし。

「気になっていると思う彼は、ただの兄です」

 結論を言われ、いきなり話題がピンチを迎える。
 かといって、また話題を探す事も(志保相手では)難しいので、圭介は引き攣った笑いを浮かべて言葉を返す。

「そうだったのか。てっきり相澤のアレかと思った」

 彼氏、と言う言葉が口には出来なかった。
 カップル恐怖症が影響しているのかもしれない。

「新堂先輩にも言われました――と、目的地に着いたので、これにて」

 志保は返事を待たずに講義室へと早歩きで入る。

「……」

 圭介は絶句した。そこは彼の目的地でもあったから。


★後書き

文章を書いていない所為か、普段よりも荒削りな文章になってます、ごめんなさい。
今回は圭介メインに進めてみたつもりです。
後、志保と彼は同じ学部となってしまいました、勝手に決めてスミマセンorz>和尚さん

でわお次、頑張って下さいなー。
メンテ

alt イン・ア・サイレント・ウェイ ( No.21 )

日時: 2007/03/29 17:07
名前: 和尚 ◆ZbYYEnDztE  <shoutbravo@hotmail.co.jp>
参照: http://d.hatena.ne.jp/mach-3-wheeler/

 相澤志保と同じ講義室に日下圭介が入室してから、20分。

 早くもハゲた教授の強烈な催眠派を伴う講義にうんざりした圭介は、二列前の志保の頭にこっそりと視線をやる。

 後ろから見ているのだからバレないと分かっていても、圭介の表情には脅えというか、極度の緊張が見て取れる。
 女の子に慣れていない圭介にとっては、後頭部を見ることすら大罪であるように感じられてしょうがなかった。

 ――キッ、と音が聞こえた気がした。志保が一瞬、圭介を振り返って視線を送ったのだ。冷たい、戒めのような視線だと圭介は思った。
 圭介の緊張がさらに高まる。志保本人がどう思って圭介を見たのかは分からないが、圭介はいい気がしなかった。
 少し、恐怖していた。

 女性と会話した経験もほとんどない圭介にとっては、その視線がどういう意味を持つのか考えても考えても分かるはずもなかったが、
 圭介は講義の残りの時間中ずっと、相澤志保の視線の意味を考え続けた。
 もしかしたら圭介の視線を感じて振り返ったのかもしれないし、一緒に講義室に入った圭介の位置を確認したのかもしれない。
 
 もし前者ならあまり良い意味は持たないだろう。圭介はまた緊張した。
 
 圭介があれやこれや意味のない詮索を続けているうちに、講義が終わる。
 恐らく講義室中の誰よりも早く、志保がテキパキとノートを片付けて立ち上がった。
 そのまま志保は圭介の方へ歩いてくる。圭介は何か言わなくては、と思いながらノートを鞄にしまう。
 ガチガチとした手つきから圭介の緊張具合がどれほどかが比較的容易にわかった。

「――あの」

 虫の羽音より小さい声を圭介が発する。しかし志保は既に耳にイヤホンを装着していて、その声が届くことはない。
 そのまま志保は圭介の方を見ることもなく、無駄のない動作で講義室を後にした。

 10秒ほどして志保が行ってしまった事実を受け入れたのか、圭介はノロノロと鞄に道具をしまう。
 どことなく悔しそうな表情が浮かんでいる。
 生まれて初めて服を気にした日、圭介の自信は特に向上しないようだった。




*あとがき
相澤志保は他人に無関心って設定をもうちょっと使いたかった。
こういうキャラってリアルだと顔が相当良くないと…いや良くても(ry
どっちにせよ彼女にするまでの難易度は桁違いですな。怖い。

メンテ

alt 寝起きのドメスティックバイオレンス!? ( No.22 )

日時: 2007/04/20 18:00
名前: 黒猫






 朝。
 開けっ放した窓から、隙間風が春の香りを運び込む。
 空色のカーテンが踊り射し込んでくる陽光に目を細め、青年はゴロンと寝返りを打った。暖かな日差しと甘く香る春風は心地よく、このまま夢の世界にいつまでもしがみ付いていたい。
 そして今まさに青年は夢の世界へとしがみ付いていた。

「良」

 鮮やかで綺麗な色取り取りの花、これほどに美しいというのにどこか虚ろな花々の咲き誇る広大なお花畑で、子供のようにはしゃぎつつ、その先に見える川の方へとスキップ、スキップ、ランランラーンな良は聞き覚えのある声に笑顔で振り向いた。
 と、同時に全身を違和感が襲い出す。
 首はキリキリと絞め上げられるかのように、両腕は意思に反して背後に取られ、間接が悲鳴を上げ始める。

 良は思う。
 これは死の予兆だと。こんなことなら目を付けておいた新入部員や二大アイドルにもっとアプローチしておくんだった。
 血の気の引いていく良の脳裏を彼女たちの姿が過ぎって行く。それは決して事実と異なる内容が八割を占めていた事に、我ながら恐ろしい妄想力。
 否、想像力だと感心してしまう。

「白目剥いて泡吹いてるとこ悪いけど、さっさと起きてごはん済ませてくんない?」

 ふと、良は刺すような痛みと急激な加圧を喉に感じ取り、冷や汗びっしりに清々しい春風を全身に浴びる現実への生還を果たした。
 辛うじて留まったとも言うべきか。夢の中に続き自らの生命力の、生への執着力の強靭さにはまさに脱帽である。

「ゴガッ……!?」

 まるで壊れた機械のような、声ともいえないようなかすれ声が青い唇の隙間から漏れ出る。
 それもそのはず、良の首はうつ伏せながら、首の旋回角度のギネス記録にでも挑戦するつもりなのかと言わんばかりの不自然な角度に捻じ曲げられ、喉にはガッツリと爪を突き立てつつ力一杯握り圧迫する手があるのだ。
 ついでに言えば両腕は背中で組まされ体重をかけてガッチリ封印されている。おかげで腕の各部が壊れかけの駆動系さながらに悲鳴を上げている。

 良は自分の起床という、誰もが普段何の変哲もなくスルーしていくこの事実を、必死の思いで見開いた眼を向けることで訴えた。
 視界は涙でぼやけ、蒼白となった顔面からは眼を見開く力さえも失われつつある。
 ここまでか……。そんな、死闘の末力尽きるキャラクターのお決まりの様な科白が脳裏を過ぎる。ここで「でもただじゃ死なないぜ!」と、今まで馬鹿にしてきた格好つけて敵を道連れに死んでいくキャラクター達の勇敢さを知り、それのできない自分の惨めさに涙が出そうだ。
 もっとも、その状況で必須たる「ここは俺に任せて先に行け!」や「俺が時間を稼ぐから早く脱出しろ!」といった台詞を投げかける仲間はいないのだが。

 唐突に。首へ食い込む指が引き、絞めが解消される。
 まるで引き伸ばされたゴムが元の形状へ帰形するかのように、良の首は自分の枕へと顔面ダイブする。
 枕は溢れ出る涙を吸い、一時的な安堵は―――しかし理不尽に奪われた。

「やめてくれよ姉貴ぃ!!」
「ッチ、起きたみたいね」

 良を押さえ込んでいた女性、彼の実姉はそれはそれは残念そうに良の上から立ち退いた。
 開放される両腕、感覚を痺れが支配し指一本動かせないが壊死してはいないらしい。もう一ついえば鈍痛が響いてはいるものの関節も無事なようだ。
 少し時間をかけて荒い呼吸を整え、腕の痺れが取れるのを待ってから良はベッドから起き上がった。

 そして気づく、汗だくだ。
 一先ずシャワーくらい浴びてこよう、そう思い着替えを手に姉に食事の前に汗を流す交渉をする。
 結果は快諾。不服そうだったが実はあれで結構満足はしていたらしい。

 ドメスティックバイオレンスとは恐ろしいものだ。
 中々起きないからといって殺人未遂を犯し、それでも起きないからとさらに死の淵に追いやる事で人間の根源的な生命力を呼び覚まし、起床させる。
 我那覇良とその姉の二人暮しにおいて、寝坊とは死活問題。いまどき珍しい形の共同生活である、まず他の家庭はこんなではないだろう。

「げ、これ包帯でも巻かなきゃ隠せねえし……。やりすぎなんだよ馬鹿姉貴」

 首のあざと爪痕を指でさする良の頭に、湯気立つ人工の雨が降り注いだ。




 シャワーから上がると姉はしっかりテーブルについていた。
 じとーっと見つめる視線は、早く席に着けという命令をひしひしと良に感じさせた。
 これで何故か朝食だけは二人でそろって食うと決めているらしく、良がくるまでは手をつけないのだ。逆に先に良が食ったら、アウトである。

「いただきます」
「……たらきまーす」
「玉子もらうよ」

 姉の箸が良の皿の中からこんがり焦げ目のついた黄色い玉子焼きを、一瞬にして誘拐する。

「……あ」
「食べないの、そう。ウインナーもらうね」
「え、あ、待て食うよ」

 さらに誘拐されていこうとした姉のこしらえた可愛いタコさんウインナーを、良の神速の箸が姉の箸を打ち払い、宙へと投げ出された愛しのタコさんウインナーを打ち払った勢いを手首のスナップに乗せ見事に空中で救助する。
 感動の再会だ。
 まさに奇跡の逆転劇が生み出した感動の再会が卓上行われ、めでたくタコさんウインナーは良の口の中で噛み砕かれ、結果的に極刑が執行されたのだった。

 チラリと姉を覗き見れば、黙々と食事を続けている。それは何も無かったよと言わんばかりに。
 しかし、良は気づいてしまった。
 気づかぬほうが幸せでいられたのに、この日の良の注意深さと観察眼はそれに気づいてしまったのだ。

「なあ姉貴、ウインナーの数が俺より多いぞ。はじめ一緒の三個だったよな?」
「……」
「俺のさらに姉貴の可愛いタコさんたちが一匹も残ってないのはどういうことだ、ええ?」
「…………」

 姉は黙秘を続け、ついには食事を終えてしまう。玉子焼きは二つ、タコさんもきっちり五匹たいらげて。
 そして彼女は言い放ったのだ、とても保育士三年目とは思えないような台詞を。

「    」

 と。





 時計の針は、生憎と一限目開始直前だ。今朝の騒動のおかげでテンションは最低である。
 そのせいか歩みのスピードはさして速くない。周囲が遅刻を避けようと走り行く中、ゆっくりと教室へ入室した。
 開始時間は少し過ぎていたが、教授はまだ現れていない。遅刻は免れたらしい。

「あ、新堂」

 教室の最前列の左から三番目の座席。
 彼女はそこに座っていた。いつもながら、彼女がまじめであると印象付ける理由のひとつにこの座席配置がある。
 何しろ初日から率先して最前列に進んで行ったのだからそんな印象がつかないはずもない。
 美人で真面目で頭脳明晰、こうも完璧で非の打ち所はないと思いきや、実は何気に性格に難ありで誰も攻略できない高嶺の花。
 その黒髪の美女は、無謀にも特に用があったわけでもなく何故か何気なく呼んでしまった男の方を振り返り。

「……」

 沈黙した。
 いや、良が話し出すのを待っているのか。時間経過に伴って不審の色が彼女の表情に滲み始める。

「お、おはよう」
「おはよ。で、何?」

 友人数名がこの様子に気づいたのだろう、好奇心満載な視線を周囲から感じる。
 えーっと……。そんな馬鹿丸出しな科白が漏れてしまった。それだけで美由紀には十分な判断材料となったらしく。

「授業始まるわよ、いつまでつっ立てる気?」

 と、会話は会話らしい形を形成する前に遮断された。
 おう、そうだな……悪ぃ。なんて完全敗北な言葉が美由紀に届くか届かないかぐらいの音量で吐き出され、どっと敗北感が良を襲った。
 失敗だ、これは失敗だ、ありえねーって。

 そんな良を微笑ましく見守りながら、温かく迎えるは同じ敗北感を味わった戦友、もとい学友たち。
 去年の間に敗北した男たちの中、唯一良だけがネバーギブアップと頑張っているのだ。
 もはや周りは楽しい見世物を見物する傍観者である。
 きれいに頭を丸めた教授が、走ってきたのだろう、息を切らしながらハンカチで額の汗をぬぐい、ついでにボーリング玉を磨くように頭まで拭きあげる。
 良もいつも通り、美由紀とは対照的な後方の席に腰掛け、鞄を探り講義が始まった。

 講義の間、美由紀はテキパキとノートをとり続けていた。
 余所見の一つもしないあたりはすごいと思う。何しろ良は一切授業が頭に入っていないのだし。
 ノートも取っていない、シャーペンも指の間をくるくるともてあそばれ、やる気は誰が見ても皆無といったところだ。
 そんなローテンションな良がこの講義の時間やっていたことは一つ。
 ただなんとなく、美由紀の姿を見続けていた。


 丸い頭の担当教授の、黒板消しによる懇親の一投が良を直撃。
 白墨の粉を盛大に吸い込み良がむせ返った。


 恐るべきコントロールと真正面から受けた良に室内にドッと笑いがおき、教授自身も快活に笑っていた。
 白墨にむせ、目に入った粉に涙しながら不意に視界に入った美由紀は、こちらを見ていたようだ。
 しかし、あいにくと涙でぼやけた視界の向こうの彼女がどんな表情をしていたのかは判らなかった。



「我那覇」

 講義終了後、白墨をはらった良は珍しい光景に出くわした。
 とにかく喉を潤し白墨の感触を忘れたかった良を、わざわざ自販機の前まで追ってきたのは、美由紀だった。

「新堂!? ケホッどしたんだよ? こんなとこまで来るなんて珍しいじゃん。あ! わかった、俺に会いたくて会いたくて仕方なかったんだな! そうかそうか嬉しいな〜新堂からこんなアプローチがあるなんて俺ってば罪つくりだなぁ〜♪」

 テンション急上昇。
 こういうまさかまさかのどっきりイベントが用意されていようとは思いもしなんだ。
 しかし、そんな良のテンションは一発でシリアスに引き戻される。

「……馬鹿じゃない?」

 なにやら妄想すら展開され始めていた良の思考は停止する。
 多少耐性はあるものの、彼女の一言はぐさりと来る。
 そんな良を気にするでもなく、しかし彼女の手はすーっと良の首元に伸びてきた。その顔には講義前にも見た不審の色。

「怪我?」
「ん? え?」

 なんですか、この展開。

「あ、ああ、今朝姉貴にやられたんだよ。かすり傷みたいなもんだって〜」
「そう」

 ああ、あの目は心配だったのか。
 そういえば包帯巻くような状態なんて久しぶりだし、彼女は見たことがないはずだ。
 尤も怪我ではなく、痕跡を隠すためのものなのだが。それでもやはり。

「嬉しいなー、新堂でも俺のこと心配してくれんだ」
「一応ね」

 伸ばされた手が引かれ、良に背を向け美由紀も自販機に小銭を投入した。
 ガコンッと小さめのボトルに入ったミルクティーが吐き出される。

「死なれたら誰がベースやんのよ」

 死活問題かよ! と元気に突っ込みを入れたかったが、あいにくそこまで気が回らない。
 良は極短いとはいえ、希少な幸せを満喫していた。脳内で過大妄想と化して。

「じゃ、お先に」

 奇しくも、この後の授業で彼が遅刻を取られたのは、彼の間抜けさゆえである。
 良は思った、たまには姉貴も役に立つのだな、と。





――――――――――――――――――†


あとがき*

 初参加の初回執筆。
 指摘するところがあれば指摘お願いします。
メンテ

alt 恋のチャンスはインスタント ( No.23 )

日時: 2007/05/25 17:24
名前: クリス
参照: http://crystals.blog.shinobi.jp/

 遅刻を取られた講義も終わり、今は昼休みになる。
 普段の連れは何やら用事があるらしく、珍しく良は一人で昼食ということになっていた。
 なんだか今日は食堂へ赴く気にならない。仲間がいないからだろう。校内設備のコンビニで大盛りのカップ麺を調達し、それで良は済ませることにした。

 第三部室棟、別名『音楽棟』の給湯室でカップに麺を注ぎ、割り箸を載せて部屋を出る。そこに広がる空間は、常に騒音止まない部室内から撤退したり、部同士の交流の場、一般に使われるのも構わない談話スペースだ。

 横長に柔らかい椅子と、横長に堅い木の机。真上から見ればサンドイッチのように机が椅子に挟まれている。
 椅子の端で邪魔にならないように、良はカップ麺とボトルのミルクティーを並べた。この場所は、部屋の隅にあるテレビを眺めやすく、良お気に入りの席でもあった。
 テレビはニュースの報道をしている。轢き逃げがあったらしい。折角だから画面に表示されてるデジタル時計で麺の時間を計ることにした。

 ぼーっとしながら、良は今日(とはいえまだ半日なのだが)の事を思い返す。
 首の痕跡は明日までに治っているだろうか。
 新堂の意外な一面を見れたとはいえ、延々と包帯を巻いてるのは酷だ。

「……」

 しかし新堂も新堂だと思う。
 確かにメンバーに再起不能者が出たら致命的ではあるが、あいつにしてはガッ付きが強いんじゃないか。
 本人は呑気に講義を受けてるのを見れば、ノープロブレムであるのは明らかであるのに。

 わざわざ追ってまでする事では……ないような気がする。
 あれは、何だったんだ?

「良ぉ?」

 声を掛けられてテレビから目を離し、振り向くとそこには真央が立っていた。
 学部の違う真央とこのような時間に会うのは少ない。今日は弁当持参で部室に来たのだろうか。
 ぱたぱたと足音を立てて真央は、良の後ろから正面へと回り込む。

「真央! 丁度会いたかったと思ってたんだぜ。俺らって引かれ合ってんのかもな」
「あははっ、こういう廻り合わせなら私歓迎しちゃうよ」

 美由紀なら一刀両断される調子付いたセリフでも、真央は健気に拾ってくれる。
 お向かいの椅子に座った真央は上着と鞄を隣の席に預けた。

 ちょこんと佇むと、一回り小さく見えつつも、ふんわりとした空気を身にまとう真央。一つ差、すなわち二十歳だとは思えない外見なのに、人懐こい中には年上の世話焼きを垣間見せる。
 背は小さいのに、器が大きい。
 上着を脱げば判明する事だが……実は胸も大きい。

 色々と反則を感想させられる真央なのだ。
 こんな美少女をオとせればと、無理だろうなと感じつつも、良は何度思ったことか。
 とはいえ、真央と知り合ってから早一年。彼女には男がいないということで、未だにチャンスには恵まれている(?)のだから、不思議なものだと良は感じた。

「いやぁ真央を見ない日ってどうも退屈なんだよな」
「ほんと? 私も今日は、良に会いたいなって思ってたとこだよ」

 え、マジ?
 すべり覚悟で放ったのに、もしかして真央って俺に好感――

「新曲のスコア、いい感じにまとまってるから渡しておこうと思って」

 かくんと、良は内心肩を落とした。
 持ち上げて持ち上げて、絶妙なタイミングでオチを投下するのは真央の得意技だ。
 真央を狙ってた男からすれば、巧妙な罠に落ちたら最後、回避不能の必殺技でもある。

「さすが我らがエース、仕事が早いぜ」
「どういたしましてっ」

 真央は髪をいじりながら屈託なく笑う。褒められた時の笑顔は、格別に可愛らしい。
 もっとも彼女の場合、この笑顔は誰にでも向けるようなお買い得品なのだが。
 不思議――、
 良は鞄をまさぐる真央を見て、ふと気付いた。

 というより、真央に男が居ないというのが、不自然なのだ。
 居て当たり前、居ないのがおかしい。しかもここ一年丸々となれば。
 薬指の指輪も見たことはないし、どんなに秘密でもここまで隠し通すのは無理があるし、そもそも真央は隠すような性格じゃない……はずだ。彼女と親しい女子生徒の話でも、男が居ないのは本当らしい。

「二メロとかはカットされてたから、もう少し待っててね」
「ふんふん」

 良は手渡されたベース譜を眺めつつ、その内容は全く頭に入っていないようだった。

 何故、真央に限って。
 それは一年間通して誰もが抱いた謎だった。
 分かりやすいのに分からない。透き通っても底が見えない。そんな不思議な女の子。

 気付けばそのニコニコ顔と、良は目を合わせていた。
 悟られないように視線を外したら、何となく目に止まったのは巨の字が付く丸み。
 さっとベース譜の紙を重ねて、遮るようにした。セーフ、か?

「ねぇ、何分なのそれ」

 直後に真央が沈黙を破り、良は心臓が止まるかと思った。
 そっとベース譜を手の中から降ろしてみると、お向かいで真央がとある物体を指差していた。

 割り箸の乗ったカップ麺。
 良はすっかり忘れていた昼食を見て、言葉を失った。
 そういえば給湯を済ませてから多少思考にふけって、それから真央が現れたもんだから、既に三分は明らかに経っていて、むしろ五分ものでも差し支えがないような……。

「あぁこれ? 長めのやつなんだよな、だから丁度今ぐらいだ」

 言うまでもないが、このカップ麺は例に漏れず三分ものである。
 端を残して蓋を剥がし、良は割り箸を押し開いて一気に掻き込んだ。これ以上はヤバいと踏んだからの早業だ。
 まばたきと共に髪を触り、真央は呆気に取られていた。

「……」
「……」
「良、私みゆちん達を探してくるね」

 凄味を感じたか沈黙に耐えかねたか、真央は席を立って上着を羽織る。
 これを良が止めるのは不自然だ。適当に返事をすると手荷物と共に真央は、ぱたぱたと歩いて行った。

「俺って進歩ねぇ……」

 伸びきった麺をすすり終えて、細々と呟く。
 あとに残ったのは、良とベース譜だけだった。



*F・O*

更新が遅くなってごめんなさい。
稚拙な文でごめんなさい。
メンテ