alt SPRING×SPRING * 2 ( No.88 )

日時: 2007/08/30 22:20
名前: クリス
参照: http://crystals.blog.shinobi.jp/

 ―3―



 ハルの言葉を遮り、トレインは無我夢中に叫んでいた。

「行け!」

 彼女の頭の回転は早い。引き金を弾いた時にはスイッチが切り替わり、発砲音と同時に駆け出していた。

 つい今、傍に居られたと思っていた少女は遠く背後。けれど振り向くわけにはいかない。
 遥か前方に姿を見せた男こそ、他ならぬアーノルドだったからだ。
 目を逸らせば、一瞬で捻られてしまう。

 アーノルドへ向かって真っ直ぐに飛んだ回転弾は、狙いを全く外さず彼の足元を掠めた。
 牽制にみじろぎ一つしないのは、奴が見切っていたのだと認めざるを得ない。
 大胆不敵という風貌を冠し、ずかずかとアーノルドは歩み寄ってくる。

 カルバージ邸の死闘こそが過去最大の戦慄だと疑わなかったトレインだったが、その記録はどうやら非情にも塗り替えられたようだ。
 銃魔。サウザンドブリッツ。世界的な二つ名を与えられるには、必ずその世界を揺るがした背景がある。
 今もなお健在の伝説に対峙しているなら、どうすれば指先が震えずにいられよう。

 トレインはがっしりと銃を握った。落ち着いて弾を装填すると、固く冷たい銃身が精神を戦場に引き戻す。
 戦わねばならない。伝説と、父親と。
 ハルを死なせない為には、真っ先にアーノルドがこの戦闘から退席してもらうしかないのだ。
 それができるのは、アーノルドとまともな会話を交わせる自分だけだ。

「どうしてハルを狙うんだ!」

 息子は立ったままに叫び、父親は我関せず歩を進める。

「んなもん知るか、俺は雇われだ」
「撃つのは親父だろ、あんたの銃は金で人を殺すようなものだったのか!」
「あァあァ、テメェ勘違いしてんな」

 怪訝な表情をトレインは作る。
 今の問いかけに落ち度があったとしたら、一体何が違うというのか。
 説教するような威厳でアーノルドは言った。

「ガキは黙って大人の世界ってのを見ていくもんさ」

 アーノルドとの距離は、初撃の半分ほど(相当な遠距離だったが)にまで狭まっていた。
 親子は接近するほどに緊張が痺れを増す。その中で何も恐れが無い銃魔が、ためらいなく距離を詰めて行く。
 トレインは目まいがしそうだと感じた。
 対峙の威圧だけでこれだ。奴の底知れぬ氷山の一角に気圧されていては、話にならない。

「納得できるか」
「あん?」
「ガキだからで退き下がれるか! 訳も分からない理屈でハルは差し出さねぇ !! 」

 例えどこにどのような事情があろうとも、自分は一人の罪無き少女を守り抜く。それだけが唯一にて絶対の正義だと、己に言い聞かせるように。
 宣言がアーノルドまで届いた時、なぜか奴の表情は誇らしげだった。

「そりゃそうか、そうだよな。納得するほどヘタレに育てちゃいない」

 浸っているアーノルドが、銃を抜く気はまだ無さそうだ。
 機会は今かもしれない。トレインは本題を切り出した。

「親父、俺らの争いに弾は要らない。狙うのがハルだとしても、話せば何かが見えてくるはずだ」
「生憎だが、さっさとあの嬢ちゃんのところへ行かせてもらうぜ」

 アーノルドの即答はむしろ、清々しいほどだった。考慮する点が一切なく、自らの意志だけを貫こうとしている。
 彼は続けてこう放った。

「そっちの方が手っ取り早い。例え……立ちはだかったテメェをボッコボコにするとしてもな」

 足元で蠢いていた怖気がトレインを襲い、瞬く間に全身を支配した。危機感は峠まで登り詰め、さらに夜の闇空へと舞い上がって行かんとする。
 考えうる最悪のパターンかもしれない。
 息子を問答無用に蹴散らし、何の障害も無くハルへと接触する。この場で食い止め、ハルを自身の戦いに専念させたいとするトレインからすれば、目標達成どころではない雲行きだ。

「俺の話を聞いてくれ、親父!」
「おどけるなよ。ブン殴ろうって気もない主張で、俺が止まるとでも思ったか」
「……こいつで語れっていうのか」

 トレインは向けるようにして銃を水平に伸ばした。
 ひとたび銃口が息吹を生めば、そこから先は情け無用の殺し合いだ。戦いを避ける希望は恐らく絶たれる。
 本当は認めたくないだけで、アーノルドには妥協点が無いのだと、トレインは気付いている。戦争の最前線で意のままに暴れ回り、帰還したような男が、気分で方針を変えるような人道を辿っているものか。

「フン、精々やってみろ。テメェに俺が倒せるわけがない」

 奴が言う事はもっともだ。この戦いに賭博が張られるとしたら、トレインの勝ちに何千倍の配当が付くのやら。
 伝説と、トレイン自身が知る人物像と、どちらを取ってもアーノルドの完封は明らかだった。

「勝てねぇ……? なら、腕一本殺る」

 対するトレインの言葉も綾ではない。
 自分は一度、ハルに命を救われた身だ。奇跡の花という念願の、本来自らを救済へと導くはずだった好機を棒に振ってまで。
 果たして自分は、この世の奇跡を用いるまでの価値が、あの少女にとってあるのか?

 トレイン自身が示すことだ。決して『彼女の奇跡』を無駄にはしない。
 この命を燃やしてでも、今度はハルを窮地から救い出そう。
 そのためなら、アーノルドが、サウザンドブリッツが相手だって臆せず立ち向かえ。

 例え傷付いて力尽きても。彼女の命の礎となれ。

 ならばアーノルドは、敵だ。
 親父だろうが何だろうが、金で人を殺めるような銃士は、その腕を潰してしまうのだ。
 覚悟を決め、トレインは銃口を敵へと向ける。二人の距離は既に、狙撃手の戦いにしては十分なほど詰められていた。

「そういう問題じゃねぇっての」

 相変わらずアーノルドは、何かを知っているような口ぶりでトレインをいなす。

「テメェは俺の敵にすらなってない」

 言って、アーノルドは猟銃を傍らに放り捨てた。
 物騒な鋼が滑稽な音を立てて、街の煉瓦の上を転がって行く。
 得物を捨てた銃魔は丸腰になって立ち止まった。

「何のつもりだ」
「こいつは普段は使うつもりがない特別製でな」

 放られた猟銃が目に留まっているうちに、アーノルドは別の銃を取り出していた。
 拳銃ほどのサイズだが、この暗い街路でもはっきりと見える青く輝く銃身をしていた。まるで玩具に見える。カチカチとトリガーを引いても、青い銃はウンともスンとも言わない。
 あの銃は、一体。

「簡単に説明すりゃ、テメェを半殺しにするのには丁度良いってこった」

 半殺しとは、ゴム弾でも撃つつもりなのだろうか。
 だが、トレインの本能は何かを訴えている。あの銃は違う。トレインはある種の研究員に似た、専攻分野における新発見に立ち会うような緊張を憶えた。

「させるわけ――」

 トレインはその発砲を許さない。これほどの男を相手にするなら先手は必勝、反則は上等。
 用途が何だろうが、弾の出ない銃など鈍器扱いが関の山。ただの鉄だ。
 リロードもされていない銃、即ち無抵抗なアーノルドへとスナイパーライフルを向ける。

「ねぇだろ!」

 狙いは右肩。トレインは、この強襲によって本気で持って行く気だった。
 アーノルドは全く動じず銃を向け、トレインの発砲とほぼ同時にトリガーを絞る。

 ライフルの発砲音に重なり、弾の出るはずのない銃口が、カッと青白く火を噴いた。

 棒立ちでトレインはその有様を見せ付けられた。
 放火された何かは銃口から光の帯を迸らせ、人用銃器でも最高威力のSライフル照射をものともしない、絶対の一直線を描いて遠く後ろへ消えて行った。

 ドン! という地上で花火が爆発したような音が鳴り響く。
 光の弾道を追っていたトレインは、背後で起こった出来事を直視していた。
 謎の発砲物が着弾したのは建物の壁煉瓦だ。そこから何か不可視の力が煉瓦をたわませた、次の瞬間、内側から弾け飛ぶように数ブロックが粉々になってしまった。

「な……!」

 トレインは再びぎょっとした。銃を心得ているからこそ、今の狙撃を人に着弾させたらどうなるか、鮮明に想像できてしまったからだ。
 噛み砕いて解いておこう。煉瓦を粉砕したのだ。それより柔らかい物体は爆破四散するに決まっている。
 それに、砕き方も異常だ。
 一点から広がった亀裂ならまだ理解できる。だが今のは、着弾点を中心に直径三十センチを巻き込んだような破壊だった。これを弾痕としてカウントしていいのか、それすら判断をしかねる。

 巻き上げられた煉瓦の粒は壁の周囲五メートルほどに飛散していた。
 辺りからはどよめきが漏れ、街の混乱を囁いている。

「ハッ、今のは挨拶だ」
「おいちょっと待て、今のは」

 単なる動揺と呼び掛けはタイムロスだった。
 アーノルドは、言葉を添えつつも本番の攻撃を照準している。

「戦場にマテは無ぇ!」

 引き金を絞り、二撃目の宣言が闇夜を震わせる。

 トレインは怒涛の展開を、最低限の思考で処理した。
 未知のスペックと壮絶な火力、考慮の余地無し。
 銃口の定めとトリガーの指。その構えは〇.三秒後に、自分の足元手前およそ一メートルの位置へ着弾する!

 彼がリアクションをする間も無く、銃弾というあまりの速さに光線と化した一撃が、トレインのすぐ目の前へ突き刺さった。

「!」

 足元で拡散する光が、そのまま煉瓦通りを同心円状に抉り飛ばす。

 煽られた煉瓦の破片が、決して薄くはない衣服越しに脚を抉る。と思ったのも束の間、衝撃波に掻き乱された空気が渦を巻き、トレインをも巻き込んで空を歪ませた。
 身動きの取れないトレインに襲い掛かるのは、砕かれた煉瓦の嵐。粉々といっても大きい物は拳ほどもある。額へ欠片が直撃し、意識そのものが揺さぶられ、トレインはライフルを手放してしまう。

 辛うじて身を屈め、袋叩きから解放された時、彼の身体は地上三メートルにあった。
 背中から煉瓦通りに打ち付けられ、極めつけに煉瓦の雨が降り注ぐ。それでも目が眩みそうなトレインが目つきを変え、三メートルから頭に直撃する塊を一つ、抜き放った拳銃で撃ち除けた。

 たった一手でこの破壊。抵抗すら間に合わない圧倒的な暴虐。ガツンと傍らに、手放したスナイパーライフルが転がる。
 額からぼたぼたと血を垂らし、息も絶え絶えに口を開いた。

「答えやがれ親父。そいつは……ありえねぇだろ」

 銃を扱うトレインは、大体の専門知識がインプットされている。
 歴史上のガンスミス個人や銃の生産ラインのブランドから始まり、フォルム、装填数、射程範囲、精度、反動、部品構成、その他様々な背景。
 実際に触っていないので、性能の一部は把握していない面があるのだが、一通りの学習量はカバーしている。
 それは、軍隊を出ているアーノルドに教え込まれた事だ。

 だが、今見せられたそれは話に聞いた事もない。
 何の嫌がらせか、本人が持ち合わせているくせに。
 トレインの率直な感想通りに、その銃は全てが、彼の知識で有り得なかった。

 第一に外観が有り得ない。
 銃に語り継がれる尊厳も特性も、全てを切り捨てたようなフォルムは、素人のガンスミスが打ったにしては理論を詰められ過ぎている。
 その次に銃の仕組みが有り得ない。
 あれの内部がどうなっているかは知らないが、アーノルドはどう見ても装填をしていなかった。使う気の無かった銃に、あらかじめ弾を込めるような真似をするだろうか、否。

 そして何より、銃口が吐き出した異物が有り得ない。
 不可視の速度ゆえに青白い光線となっている軌道は、何が込められているのか全く理解できない。
 単なる鉛玉と発光物質というこけ脅しだとしても、あのふざけた着弾の破壊をどう説明しろというのか。

 だからトレインは、有り得ないと同意を求めた。
 こんな銃が世に存在してしまっては、銃の歴史は天と地がひっくり返ってしまう。

「そうさ、こいつは有り得るはずのない際物だ」

 手の中で遊ぶように回し、青く精巧なフォルムが一輪の何かに見えた。

「不可能を象徴する花――《青き薔薇〔ブルーローズ〕》って俺は呼んでる」

 そういえば、ハルが言っていたような気がする。
 天然の交配ではあまりにも生存力が弱く、種を広めるどころか花を咲かせることもままならない。
 青いバラの花は、星ほどの人がその存在を望み、咲くことの無かった不可能の象徴であると。

 トレインは膝立ちからゆっくり立ち上がり、青色のフォルムをまじまじと見つめた。

「万に一つも有り得るはずがないと思われてきたブツが、ここに存在しちまってる。そういうのをどう思う?」

 問われて、思い浮かんだ答えは一つしかない。
 今まで自分は、ハルは、どのような物を求めてきたのか。
 存在を認められない希望が具現化した際の、人々の呼び名は。

 トレインは首を振った。あれは花ではなく、銃だ。

「奇跡なんて素敵なカテゴリじゃないな、物騒にも程がある」

 そうかい、とアーノルドは軽く答えを受け流した。

「なんてことはない。鉛球要らずの魔導銃ってやつさ」



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後書き、注訳、感想はこちら
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